商業科発表会、当日
早朝。
エルクは戦闘服に着替え、両手にブレード付きの籠手を装備する。
何度か手を反らしてブレードの出し入れをして動作を確認。右目だけを覆う眼帯と口元を隠す一体型マスクを頭から通して首に下げる。
「よし、準備完了」
「ね、エルク。今日は気合入ってるねー」
「そりゃ、発表会だからな」
シルフィディが、大きなバスケットの中からひょこっと現れて言う。
女子たちが作ったシルフィディ専用のベッドだ。エマが作ったフカフカのクッションはシルフィディのお気に入り。取っ手付きのバスケットなので、好きな場所に移動して寝れる。
シルフィディは、このベッドを持って誰かの部屋で寝るようになっていた。
「シルフィディ。俺、今日はあちこち回るから、フィーネたちと一緒にいてくれ」
「ん、わかったー」
シルフィディは楽しそうだ。
発表会がどういうものかわかってはいないが、『楽しいイベント』と聞いている。
「あと、ヤトとカヤか……あいつら、大人しくしてればいいけど」
警備隊から『足手まとい』と言われたヤトとカヤ。
エルクがありのままを伝えると静かにキレていた。
もし、武装して発表会に現れたら問答無用で逮捕、退学になるので大人しくするようにとエルクが伝えたが、どういう対応をするのかエルクにもわからない。
二人がそこまで馬鹿じゃないことを祈り、エルクは部屋を出た。
リビングに出ると、マーマがいた。
「あれ、マーマさん……どうしたんです?」
「決まってるじゃないか。ほれ、お弁当」
「え……」
「朝はしっかり食べないとダメだよ? さ、持っていきな」
「マーマさん……」
ソフィアですら起きていない時間帯に、マーマはエルクのために弁当を作ってくれた。
警備隊は、日が昇る前に集合することになっている。エルクも朝は食べずに向かうつもりだった。
何も言っていないのに、マーマは弁当を作ってくれた。
バスケットの中はサンドイッチ。水筒にはスープが入っている。
エルクは笑顔で頭を下げた。
「マーマさん、ありがとうございます!」
「うん。警備、しっかりやりなよ!」
「はい!」
エルクは寮を出て、念動力で一気に上空へ。
バスケット、水筒を浮かべ、空中でサンドイッチを頬張る。
ハム、唐揚げ、タマゴにトマト……エルクが好きなものばかりだ。
「うまっ……へへ、なんか力出てきた」
スープを飲み干し、アイテムボックスに弁当をしまい、エルクは一気に集合場所である学園南東の中庭へ降り立った。
上空からの派手な登場に、警備隊の全員がエルクに注目する。
エルクは「ちょっとやりすぎた」と思い、周囲に会釈しながらエミリアの元へ。
「おはよう。派手な登場ね」
「いやぁ……朝ご飯、抜いてくるつもりだったんですけど、食堂のマーマさんが作ってくれて。なんだか嬉しくて上空で食べて一気にここに来ちゃいました」
「ふふ、朝はちゃんと食べないとダメよ?」
エミリアがエルクの頭をポンポン撫でた。
なんだか恥ずかしくなり、エルクは曖昧に笑う。
「あ、エミリア先輩……戦闘服ですね」
「そうよ。というか、全員が戦闘服よ」
エミリアは、赤を基調とした鎧を装備し、背中に赤い刀身の大剣を背負っていた。
三学年最強、『紅蓮の翼』エミリア。
エミリアのスキルは『紅蓮』……『炎』がスキル進化した炎使い。
たった1つだけの炎系スキルで、学園最強に上り詰めた天才。
「あらぁ~~~! エルクちゃん、おっはよぉ~~~っ!」
「お、おはようございます……」
冒険者組合長、カリオストロだ。
相変わらず筋骨隆々で、ドレスの胸元が弾けそうなくらい盛り上がっている。男性でありながら女性の心を持つガラティン王国最強の冒険者は、今日も腰を左右に振りながらエルクの元へ。
「うふふ。エルクちゃん、今日も可愛いわねぇ~~~? ん~食べちゃいたいっ!」
「…………あはは」
曖昧に笑うことしかエルクにはできなかった。
すると、大勢の騎士服を着た軍団が、中庭へやってきた。
それを引き連れているのは、騎士団長デミウルゴス。
デミウルゴスが登場すると、中庭にいた全員が不思議と会話をやめてデミウルゴスに向き直る。
「諸君、おはよう」
「おはようございます!……あれ」
意外にも普通の挨拶だった。
エルクだけが頭を下げて挨拶を返したが、他には誰も返さなかった。
数人の騎士が前に出る。
木箱を持った騎士が蓋を開け、一人が針と糸、一人が金槌を手に取った。
そして、物凄い速度で何かを作り始めた。
「な、なんだ……?」
「腕章を作っているの」
「わ、腕章って……警備隊の?」
「ええ。当日に造るって言ったでしょ?」
驚くエルクにエミリアが説明する。
一人が『裁縫』スキルで腕章を作り、もう一人が『彫金』スキルで警備隊の紋章を作る。腕章に紋章を縫い付け、最後の一人が腕章に何かをした。
それをデミウルゴスが受け取り、掲げる。
「この腕章が警備隊の証だ。付けた瞬間から、外すことは許されん」
つまり、ここにいるメンバーで腕章を付けていない者は疑うべき。
戦闘服、装備を認められているのは警備隊だけ。それ以外は敵だ。
さっそく、腕章が量産され配られていく。
エルクも受け取り、さっそく右腕に通した。触れてわかったが、ただの布ではない。頑強さとしなやかさがあり、簡単に破れそうになかった。
「それでは、チームに分かれて学園内の巡回を始めるように。いいか、全員気を引き締めてかかれ!!」
こうして、警備隊による学園内の巡回が始まった。
まだ早朝。だが、不審者が何かを学園に仕込む可能性がある。深夜は深夜で冒険者や騎士団による夜間警備が行われており、今のところ不審者や何かが仕掛けられているということはない。
エミリアは、腕章を付けてエルクに言う。
「じゃ、エルクくん。お互い頑張ろうね」
「はい、じゃあ失礼します」
エルクは念動力で浮かび上がると、一気に上昇した。
「……すっご」
エミリアが驚いているような、そんな声が聞こえた。
◇◇◇◇◇◇
エルクは、学園上空からガラティーン王立学園を見下ろしていた。
「女神聖教……来るなら来い」
上空から見て気付く。
王都ギャラハッドに、早朝から何台も馬車が入ってくる。
有名商家の紋章が刻まれた馬車が多い。間違いなく、今日の発表会を見に来たのだろう。
普通は、遅くても前日、早くて数日前に王都入りするものだとエルクは思っていたが。
「そういやニッケスが言ってたっけ。一流の商人は時間を無駄にしないって」
発表会は今日。なら、今日来ればいい。
それが一流の商人なのだろうか。エルクにはわからない。
「あの馬車に敵はいるかな……」
さすがのエルクもわからない。
今更だが、もし敵がいたとしても後手に回るしかない。事前に察知できればいいのだが……ラピュセルのダンジョン化のような場合、察知は難しい。
「ま、仮にまたダンジョン化しても大丈夫……今度は本気で、ラピュセルの心臓を握りつぶしてやる」
『
どんな相手だろうと、心臓を握り潰せば死ぬ。次にラピュセルが何かを仕掛けた場合、問答無用で心臓を破壊することをエルクは決めた。
それから上空で見守ること一時間。学園内の寮から、生徒たちが出てきた。
「お、商業科か。発表会の準備かな……あ」
エルクは見た。
エルクたちの寮から、ニッケスが飛び出してきた。
さらに、エマも。
「……よし、様子見に行こう」
エルクはゆっくりと下降し、エマとニッケスに激励をしに向かった。
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