4つの組織

 女神聖教本部。

 女神ピピーナの聖像を中心に、四人の男女が座っていた。

 聖像はゆっくりと回転し、その聖像を囲むように円形のテーブルが設置されている。

 机、椅子共に、女神ピピーナに相応しい造り。素材から装飾までが完璧だ。

 そこに座るのは、若い女性、老いた男性、美女、少年だ。

 最初に発言したのは、若い女性。女神聖教神官長ピアソラ。


「えー、では! 女神聖教へ合流してくれた『三組織』の皆さんの歓迎会を行います!」


 ピアソラはパチパチ手を叩く。

 同じように手を叩いたのは、十六歳ほどの少年だけだった。

 老いた男性はピクリとも動かず、美女は煙管を取り出して煙草を吸う。 

 ピアソラは、むすーっとしながら言う。


「もう、みんなノリ悪いなぁ。それに比べてアザゼルくんは優しいねぇ!」

「いやぁ、やっぱり仲良くなりたいですから」


 あははと、無垢な笑みを浮かべて頬を掻く少年。

 S級危険組織『暴王アザゼル』のトップ。名前は組織と同じアザゼル。

 サラサラのストレートヘア。人畜無害そうな、どこにでもいそうな少年だ。

 そして、しわくちゃの顔、太い眉、長い白髭の老人……S級危険組織『プルミエール騎士団』の総団長、バロッコが言う。


「御託はええ。それより、これからの目的を話してもらおうかの」

「……そうやねぇ」


 煙管を吸い、白い煙を吐く美女。

 ヤマト国の女性が着る『着物』を着崩し、肩や胸元が剥き出しになっている。髪は丁寧にまとめられ、金色の簪が何本も刺さっていた。

 S級危険組織『夜祭遊女よまつりゆうじょ』のトップ、時枝雛菊ときえだひなぎくことヒナギク・トキエダは言う。

 

「ピアソラはん。あんた……うちらに新世界見せる言うたの、忘れてへんやろな?」

「もちろん。女神ピピーナ様をこっちの世界に呼んだら、あなたたちの望む世界を創ってあげる」

「あはは、ぼくらの望む世界かぁ……ほんとに、そんなことできるのかな」

「できるよ! もう、疑うなんて酷いなぁ。わたしたち女神聖教の神官を見たでしょ? みんな、奇跡の力を得た新しい人間なんだから!」


 そう、このS級危険組織を率いるトップは見た。

 ピアソラ、タケル、リリィ、ラピュセル、ロロファルド、エレナの六人の力を。

 たった六人で、世界を滅ぼしかねない存在。

 従うのではなく、同士。

 女神ピピーナの復活。それの手伝いをすることで、望むものを与えられる。


「ふふ。いっぱい信者が増えてわたしは嬉しいよ~♪」


 ピアソラは、この三人にほんの少しだけ《洗脳》を使った。

 洗脳といっても、心を完全に操るのではない。ほんの少しだけ女神聖教に《好意》を持たせる……それだけで、三つの組織は簡単に味方をしてくれた。

 三組織もまた、悩んでいたのだ。

 女神聖教につくか、敵対するか。なら……その天秤を、少しだけ揺らす。

 それだけで、女神聖教はあっさり強大な下部組織を手に入れた。

 ピアソラは言う。


「女神聖教の目的はいくつかあるけど、最優先は二つ! 一つは信者を集めること。もう一つは……裏切り者を始末すること」

「裏切り者?」

「うん。あのね、女神ピピーナ様に力を与えられたくせに、わたしたちに敵対する子がいるのよ。最初は説得して改心させようと思ったんだけど~……どうも無理っぽくてねぇ。うちの神官、一人殺されてもう一人も負けちゃった」

「ふむ……難儀じゃのぉ」

「うんうん。いろいろ手段考えてるんだけどねぇ……」


 ピアソラはため息を吐く。

 すると、神殿の扉が開き、エレナとリリィが入ってきた。


「ピアソラ、いい?」

「エレナ、会議中~……どうしたの?」

「ええ。次の手を考えたから話をしておこうと思って。新しいスキルを与えた聖使徒と、使徒を何人か借りていいかしら?」

「いいよー「待った」

 

 と、ここでアザゼルが挙手。

 ニコニコしながら、ピアソラに言った。


「戦力だけど、うちから何人か出すよ。それと、騎士団と遊女からも何人か出せないかな?」

「え、アザゼルくん、なんで?」

「学園を襲撃するんでしょ? 二度の襲撃で警備も厳しいはず。信者より、戦闘に特化した兵隊を出した方がいい。それに……女神聖教に、S級危険組織が付いたってことも広められる。ふふ、どうかな?」

「採用!! エレナ、リリィ、それでいい?」

「面白そうね……ふふ、いいわよ」

「わたしはどっちでもいい」


 こうして、アザゼルの案が採用された。

 世界最悪のS級危険組織が四組、結託した瞬間だった。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 ガラティン王国。 

 エルクたちの学生寮リビングで、エマは一人で作業をしていた。

 就寝時間が近く、寮生は全員部屋へ戻った。

 そんな中、エマだけリビングで縫物をしていたのである。

 そこに、水を飲みに来たエルクが階段から降りてきた。


「あれ、エマ?」

「あ、エルクさん」

「何してるんだ?───……あ」


 エマが繕っていたのは、エルクの戦闘服だった。

 

「えへへ……その、ほつれを直していました」

「悪い。ってか、ほつれくらいいつでもいいのに。明日、発表会だろ?」

「その、緊張して寝れなくて……」


 よく見ると、籠手も磨いてあり、ブレードは分解掃除をしたのか油や工具が置いてある。驚いたことに砥石まで……エマが研いだのだろうか。

 ちなみに、エマはとても器用で、分解清掃のやり方をニッケスから一度聞いただけでものにした。

 籠手を嵌めて手を反らすと、ブレードが飛び出した。


「いい感じだ……ありがとな、エマ」

「いえ。と……エルクさん、これ」

「え?」


 エマは、小さな黒いポーチをエルクへ渡す。

 ポーチには、カラスの刺繍がされていた。


「その、あまり上手じゃないですけど……」

「おお……ありがとなエマ! 嬉しいよ」

「は、はい。えへへ」


 エマは嬉しそうに笑う。

 戦闘服の修理が終わり、眼帯マスクの汚れも綺麗に落としエルクへ渡す。

 

「エルクさん、ありがとうございます」

「いや、お礼を言うのは俺の方で」

「違います。その……この学園に入学できたこと、わたしの夢を応援してくれることです」

「……エマ」

「わたし、キネーシス公爵家のメイドを辞めて、家に戻って……お見合い結婚して、子供を産んで、子育てして、おばあちゃんになって……そんな人生を送るものだと思っていました。でも、エルクさんが目覚めて、わたしのためにいろいろしてくれて……この学園に通えて、お友達もできて、自分の夢に向かって頑張れる……全部、エルクさんのおかげです」

「あのさ、何度も言うけど……救われたのは、俺なんだ。エマのおかげで、俺はここに生きていられる」

「そんな……」

「お前の夢は絶対に叶う。俺、応援するよ」

「……はい」

「さ、明日はいよいよ発表会だ。そろそろ寝ようぜ」


 エマを見送り、エルクも自室へ戻る。

 戦闘服を壁にかけ、エルクは窓を開けた。

 夜の冷たい風が部屋に入り込み、エルクは身震いする。


「女神聖教……」


 二回の襲撃。

 一回目は個人戦、二回目はダンジョン化。蟲毒の巣を合わせれば合計三回の襲撃だ。

 明日、何か仕掛けてくる可能性は高い。神官にはロロとエレナ、学園に通っていた二人は、イベントのことを熟知しているはず。

 エルクは頬をパシッと叩く。


「来るなら来い。今度は絶対に逃がさないからな」


 エルクはそう呟き、改めて気合を入れた。

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