商業科発表会、もう間もなく
商業科発表会の日が近づいていた。
スキル学科では通常授業が行われていたが、商業科では発表会に向けての準備が進められていた。
一年生だけの行事だが、一年生が短い期間で何を考え、何を作るのか。才能や努力を見るための行事であり、多くの商人たちが『才能』を確かめに来る。
エルクの寮では、ニッケスとエマが商業科だ。二人はリビングでソワソワしていた。
「いや~……あと三日だぜ。ワクワクとドキドキがヤバいぜ」
「う、うぅぅ……わたしも、今から緊張してます」
貧乏揺すりをするニッケスを、メリーが冷たい目で見る。
「兄さん、その貧乏揺すりやめてくださる?」
「し、仕方ないだろ。出ちまうんだよ……」
「もう、鬱陶しいですね」
妹なりに心配しているのだが、それを素直に言えないのがメリーだ。
フィーネは、食後の紅茶と一緒に出されたクッキーをモグモグ食べながら言う。
「ね、商業科の発表会って、アタシら授業お休みでしょ? みんなでニッケスとエマの作品見に行くからさー」
「は、はい。えっと……そんなに大したものじゃないですけど」
「お、オレも」
「あはは。二人ともガチガチじゃん。だいじょぶー?」
すると、ソフィアがクスっと笑った。
「二人とも、そこまで緊張しなくても大丈夫ですよ。自分の教室に作品が展示されるのと、商業博物館に一点だけ展示されるだけですから」
商業博物館。
ガラティーン王立学園内にある、商業科の生徒が作った作品が展示される専用の博物館。エルクたちスキル学科でいう闘技場、訓練場のような場所である。
現在、商業博物館には有名商人となった卒業生の作品などが展示されている。発表会の日だけ全ての作品が撤去され、新入生が作った作品で一番自信のある作品が展示されるのだ。
この博物館に、各国の商人が押し寄せ生徒の作品を見る。もし商人に認められれば……スカウトが来るかもしれない。
ガンボはニッケスに言う。
「お前んち、デカい商家じゃねぇか。別にスカウト狙ってるわけじゃねぇだろ」
「そ、そういう問題じゃないんだよ。誰かに見られるのが問題なんだ……え、エマちゃんならわかるだろ?」
「わ、わかります。恥ずかしいような、見てほしいような、見せたくないような……見てもいいけど、作品の感想を言って欲しいような、欲しくないような」
「……わけわからん」
ガンボは首を傾げてしまう。
エマも緊張しすぎて何を言っているのかわからない。
エルクは紅茶を飲みながら言った。
「会場の警備は任せとけ。女神聖教が来たら、すぐに潰してやるからさ」
「は、はい」
「お、おう」
「それと……ヤト、カヤ。お前たちマジで手伝うの?」
エルクは、リビングの隅でボードゲームをしているヤトとカヤに聞く。
二人は同時に顔を向けて言う。
「何? 駄目なの?」
「駄目というか……そもそも、戦闘許可出てるの俺だけだぞ? 意味もなく戦闘服着て武器持ってたら、いくら学園の生徒でも不審者扱いになるぞ。そもそも、女神聖教の使徒は学園の生徒なんだし」
「なら、あなたが許可を取って」
「えー……」
「エルク、あなた……ヤトさんの言うこと聞けないの?」
「あーもうわかったよ。明日、警備の集会あるし、聞いてみる」
エルクはため息を吐き、なぜかニコニコしているヤトとカヤを見た。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
授業を終え、エルクは学園内にある大会議場へ。
今日は警備部門による会議が行われる。
会議場に入ると、冒険者組合長のカリオストロ、騎士団長のデミウルゴス、学園三年生のエミリアがいた。他にも、それぞれの組織の幹部らしき人たちが集まっている。
エルクが一番最後のようだ。
「すみません、遅れました」
「いいのよ。授業だったんでしょ?」
エミリアがニッコリ笑う。
エルクは一礼し、空いている隅っこの席に座った。
騎士団長のデミウルゴスが教壇に立ち、ごほんと咳ばらいをする。
「では、商業科発表会の警備体制について確認をする」
警備のトップは、王国騎士団のデミウルゴスだ。
デミウルゴスは、一枚の羊皮紙を手に取って確認をする。
「まず、警備人数から。騎士団からは120名、冒険者組合からはA級冒険者30名、B級冒険者100名。学園三年生は200名……合計450人による警備体制となる。
「お、多っ……そんなに」
エルクがボソッと呟くと、デミウルゴスがエルクを見た。
「女神聖教はS級危険組織。少なくとも、学園全体をカバーするために300名以上の人数は必要だと思っている。狙いは、商業科だけではない、学園全体と考えて動くべきだ」
「す、すみません」
デミウルゴスは笑って頷いた。
「それぞれ混合で5名ずつ。計90チームを作り、ルートを決めて学園内を見回る。そのさい必ず3名以上に『チャンネルリング』を持たせておくように」
「チャンネル、リング……?」
エルクの知らないリングだ。
ウェポンボックス、アイテムボックスとは違うリングなのは違いない。
デミウルゴスは、小声なのにちゃんと聞いていた。
「チャンネルリングは、装備すると連絡が取り合えるリングだ。ダンジョン内では使用できないという弱点はあるがな」
「へぇ~」
エルクはウンウン頷き……気付く。
「そんなことも知らないのか」という視線が、あちこちから感じられた。
「チーム編成は私、デミウルゴス、エミリアの三人で決める。そしてエルクくん」
「あ、は、はい!」
「きみは自由に動いて構わない。当日、戦闘服と武器を装備できるのは警備員だけだ。それと、警備員の腕章を付けた者だけ……それ以外は、いかなる場合も敵とみなして構わない」
「は、はい。あ、あの……」
「何かな?」
「俺の友達が、警備員に参加したいそうなんですけど……」
「誰かね?」
「え……」
「参加したい子の名前を」
「ヤト・シキバと、カヤ・シガラキですけど……」
「駄目だな。あの程度では、足手まといだ」
「…………」
「ふふ、腑に落ちんか? その二人の実力なら知っている。個人戦、そしてダンジョン内での戦いは『確認』したからね。その上で言っている。あの程度では、足手まといだ」
「…………」
本気で言っているようだった。
カヤとヤトは、間違いなく強い。
だがそれはあくまで、『新入生』の中で、だ。
エルクはカリオストロ、エミリアを見るが……二人とも苦笑していた。
否定はない。つまり、二人もそう思っている。
その後も、確認と警備体制についての話をして、最後にデミウルゴスは言う。
「警備の腕章は、偽造複製防止のため、当日にスキルで作成する。何度も言うが、絶対に外さないように。では……今日はここまでだ」
ようやく会議が終わった。
外はすっかり暗くなっている。
すると、カリオストロがクネクネしながらエルクに寄ってきた。
「はぁ~いエルクちゃん!」
「ど、どうも……」
カリオストロ。
浅黒い肌、筋骨隆々の肉体、豪華なドレスに整った化粧。男でありながら女性の心を持つ、ガラティン王国冒険者組合長……つまり、この国最強の冒険者だ。
そんなカリオストロが、エルクにすり寄ってきた。
「ふふ♪ エルクちゃん、納得してないと思って、お姉さんがフォローに来たの」
「お、お姉さん……?」
「あのね、エルクちゃん。ヤトちゃんとカヤちゃん……あの子たちは確かに強い。でもね、冒険者レベルで言うならBの上ってところ。わかる?」
「……つまり」
「ふふ。16歳でBの上よ? 間違いなく強い。でも、冒険者ではBの上なの。あと十年もしたらS級認定されてもおかしくない。でもね、今はまだダメなのよ」
「…………」
「エルクちゃんは、間違いなくS級。非の打ち所がないくらい最強なの」
「……わかりました」
「どうせ、その二人にお願いされたんでしょうけど、ちゃんと伝えてね? もし無視して当日に武器を持って警備の真似事するようなら───……」
一瞬だけ……ほんの一瞬だけ、殺意が見えた。
「逮捕しちゃうからネ!」
カリオストロは、可愛らしく(本人はそう思っている)微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇
カリオストロが去った後、エミリアが赤い髪をなびかせてやってきた。
「カリオストロさんに全部言われちゃったな……」
「エミリア先輩……」
「ごめんね、あたしも同じ意見。あの子たち、血の匂いもするし相当な修羅場をくぐってるみたいだけど、あたしたち3年生から言わせれば、まだまだ薄い血の匂いね」
「…………」
「修羅場なんて、学園に三年もいれば嫌でも経験する。知ってる? 入学生は毎年2000人以上いるけど、3年生になれるの、半分いればいい方なのよ? あたしたち3年生の総数、400人しかいないんだから。300人が冒険者志望で、残り100人は商業科なの」
「え……」
「ふふ。冒険者やってるとね、ダンジョン内で財宝を見つけた時や希少な魔獣、希少な素材を見つけた時の喜びは大きい。でも……それ以上に、仲間の死は辛いの。辞めたクラスメイトの顔は思い出せないけど、死んだ子の顔はよく思い出せるわ」
「…………」
「半端な気持ち、実力での警備はいらない。何かあった時に辛い思いをするのは、あなたよ」
エミリアはきっぱり言った。
そのまま、デミウルゴスの元へ行こうとするが。
「不思議。エルクくん……血の匂いなんて全然しないのに、それ以上に修羅場をくぐった戦士みたいな雰囲気を感じる」
そう言って、エミリアはカリオストロ、デミウルゴスの元へ行った。
エルクの出番はもうない。
エルクは会議室を出て、ヤトとカヤにどう言おうか悩み始めた。
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