アスレチック
午後の授業は、戦闘服を身につけてのアスレチック演習。
教師がスキルで作ったアスレチックで、スキルを使わず身体技能だけで進んでいく。
ジャコブは、木刀をブンと振り叫ぶように言う。
「いいか!! この『アスレチック演習』は本来、三学期から行う予定だった。だが、今年からは身体能力向上のために、一学期から行う!! クリアは期待していないが、全員気合を入れて進むように!!」
エルクたちがいるのは、学園内で最も広い『第二十二演習場』である。
ここを全て使い、アスレチック演習を行うのだ。
ジャコブがドアを開けると……そこは、まるで異世界だった。
「な、なんだこれ……」
思わず言葉が出たエルク。
ジャコブはニヤリと笑い、木刀を地面に突き刺す。
演習場内は、どう見ても『岩石地帯』にしか見えなかった。岩石地帯だが、所々にロープやらネットやら障害物らが多く設置されている。スキルなしで進むのはかなり難しいだろう。
no
「さぁ行け!! クリアした者にはご褒美をやるぞ!!」
「ご褒美!! よっしゃアタシが一番ッ!!」
フィーネは一番最初にアスレチックへ飛び込んだ。
次にエルウッド、ヤト、カヤ、メリーも走り出す。
ソアラはエルクの隣に並んだ。胸元から、シルフィディもひょっこり顔を出す。
「行かないの?」
「行くよ。ソアラは?」
「エルクと行きたい……ダメ?」
「い、いいけど」
可愛らしく小首を傾げるソアラ。
他のクラスメイトたちも、続々と走り出す。
エルクは、眼帯マスクとフードを被った。
「じゃあ、行くか!!」
◇◇◇◇◇◇
「よ、ほっ」
エルクは、池に浮かぶ飛び石を伝いながら池を超え、ネットをよじ登り高岩を上る。
飛び石で落ちたり、トラップの落とし穴に堕ちたり、泥沼にハマったり、粘着床に転んで身動きが取れなくなっている生徒が多い。
エルクは思う。「身体能力、みんな高くないなぁ」と。
だが、エルクの背後にはソアラがピッタリついていた。
「エルク、身軽」
「お前もすごいな。自分で言うのも何だけど、運動神経はいい方なんだ」
「わたしも、身体使うの自信ある」
エルクとソアラは高岩からジャンプ。回転して着地……した瞬間、地面に亀裂が入った。
「「!!」」
地面が割れる前に二人は跳躍。落とし穴を回避した。
「性格悪いな……まさか着地点に」
「セーフ」
二人が並んで走り出すと、巨大な蜘蛛の巣のようなネットがあった。
このネットが最後の障害なのか、見知った顔が多い。
「た、助けてくださぁ~いっ!」
「あ、ジャネット」
ネットの下は泥沼になっている。エルクとソアラがダンジョンでパーティーを組んだジャネットが落ち、泥まみれになっていた。
「うぇぇぇぇ……」
「クソが……」
「ふ、不覚……」
「あ、フィーネにガンボ。カヤもいる」
三人が泥まみれで藻掻いているのが見えた。
ネットを見ると、ヤトとメリー、エルウッドがネットを慎重に上っている。
すると、ソアラが気付いた。
「エルク、あれ」
「……なるほどな。ただのネットでガンボたちが落ちるワケないよな」
ネットには、中型の『蜘蛛』が十匹以上いた。
ただの蜘蛛じゃない。生物感のない金属製の蜘蛛だ。その蜘蛛が、上っているヤトやエルウッドに向かって素早い動きで襲い掛かる。
「くっ……」
ヤトは刀を抜こうとするが、不安定すぎるネットで刀は抜けない。
エルウッドは双剣の一本を口に咥えている。だが、ネットが細く掴まっているだけで精一杯なのか、思うように動けていない。メリーも同様だった。
「きゃぁぁぁぁっ!!」
「あ、メリーが落ちた」
どぽぉん! と、メリーが泥に落下。
「うぅぅ……ど、どろどろですわ」
「いらっしゃい、泥の世界へ……」
フィーネが温かくメリーを迎えている。
ソアラが後ろを確認し、エルクに言う。
「エルク、わたしたちが最後みたい」
「だな。どうする?」
「わたし、行くね」
ソアラは蜘蛛の巣ネットに飛びつき、素早い動きで上り始める。
エルクも負けじと飛びついた。順位を競うルールはないが、それでも一番になりたい。
だが───やはり来た。
「蜘蛛……へへ、念動力がなくても俺強いしな」
右手を反らしブレードを展開。手に持つ必要のない武器は、使う場所を選ばない。
エルクは左手だけでネットを掴み、腕力だけで自分の身体を思い切り持ち上げる。そして、右足を高く上げてネットに絡ませ、背後から襲い掛かってきた蜘蛛に、身体を倒して向かい合った。
足だけでネットに宙吊り状態だ。エルクは右のブレードを蜘蛛に突き刺す。蜘蛛は煙を吐き出して落下した。
「よ、っと」
足を持ち上げ両手でネットを掴む。そのままぐんぐんと上る。
どうやら、蜘蛛は一人一体しか襲って来ないようだ。
「っきゃぁぁ!?」
「あ、ヤト」
エルクが上っていると、ヤトが蜘蛛に弾かれ落下した。
すぐ近くのエルウッドも同時に落下したのが見えた。
そしてソアラ。
「あーん……もぐもぐ」
蜘蛛をかじっていた。
両足でネットに捕まり、両手でしっかり蜘蛛を掴んで食べる。
エルクは、ソアラの横を通りながら言う。
「な、それスキル使ってないか?」
「あ」
スキル『暴食』の力は、発動させるとあらゆるものを食えるようになる。
ソアラは「やっちゃった」と言い、蜘蛛を落とした。
二人はネットを乗り越え、最後の直線へ。
そして、ゴール。
ゴールには、ジャコブが木刀を持っていた。
「よし!! エルクは合格。ソアラ、お前はスキル使用により不合格!!」
「うぅぅ」
「やった。クリアだ! あの先生、ご褒美は」
「よし、褒美だ!! よーしよーし、よくやった!!」
エルクはジャコブに精一杯撫でられた……どうやらこれがご褒美らしい。
◇◇◇◇◇
その後も、クラスメイトたちは泥だらけのままアスレチックに何度も挑戦した。
冒険者なら、泥沼を進むことも森で野営することも珍しくない。多少の汚れや不衛生に慣れてもらう訓練も兼ねているようだった。
たっぷりアスレチックで身体を苛め、今日の授業は終わった。
クラスメイトの半数が息を切らし、今にも倒れそうになっている。
「今日はここまで。ふふ、辛いだろう? 身体を鍛えるのと使うのでは疲労度がまるで違う!! この感覚をモノにしろ!! では解散!!」
解散となり、クラスメイトたちはヨロヨロと演習場を後にした。
エルクはマスクとフードを外し、思い切り伸びをする。
「あ~終わった。ガンボ、ショッピングモールに甘いの食いに行こうぜ。疲れた身体には甘いものがいいってソフィア先生が言ってた」
「この体力馬鹿め……お前だけだぞ、そんないい顔してるの」
「いや、けっこう疲れたけど」
「オレ、今日は帰って風呂入るわ。じゃぁな」
ガンボは行ってしまった。
メリーを見ると首を振り、いつも元気なフィーネもヨロヨロ歩いている。ソアラはフィーネに付き添い、シルフィディもソアラの頭の上でフィーネを心配していた。
アスレチック演習。エルクは知らないが、新入生にとって地獄の教科の一つらしい。
「どうすっかな……甘いの食いたい……おっ」
エルクが見たのは、スタスタ歩くカヤとヤトだ。
「ヤト、カヤ、お疲れさん」
「お疲れ様……」
「お疲れ様。余裕そうで羨ましいですね」
「そう言うなって。な、腹減ったし団子でも食いにいこうぜ」
団子。そう聞くとカヤがエルクを見た。
「ヤト様?」
「カヤ、呼び方」
「あ、す、すみません」
「まったく、最初は普通に話していたのに、どうしてまた敬語に」
「え、えっと……やはり、恐れ多いので」
「……もう。好きになさい」
「おーい。団子、どうする?」
「……行くわ。カヤ、あなたも」
「はい。同行させていただきます」
エルクたちは着替え、ショッピングモールの茶屋へ向かった。
◇◇◇◇◇
ヤトの行きつけ茶屋で団子とお茶を満喫する。
最初は会話が少なかったが、カヤがポツリと言った。
「ごめんなさい」
「え」
「あなたを避けていた。その……悪かったわ」
「ヤト様!」
「カヤ、あなたも謝りなさい。彼は私たちの素性を吹聴するような男じゃないわ」
「……はい。申し訳ございませんでした」
カヤがエルクにぺこっと頭を下げた。
やっぱり信用されてなかったのか……と、エルクは思う。
だが、カヤとヤトは警戒を解いた。
「あなたの言う通り、これからはクラスメイト、同寮の仲間として接するわ」
「俺は最初からそのつもりだったけどな」
「そうね。じゃあさっそくお願いなんだけど……あなた、発表会の警備をやるのよね」
「ああ。自由に動いていいことになってる」
「なら、私も一緒にあなたと警備してもいい? あなたと一緒だと、楽しい戦いが起こりそうだから」
「動機が不純だろ……カヤは?」
「私はヤト様についていきます」
「決まりね」
「いやいや、決まりなのかよ?」
発表会まで、あと十日。
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