いざ、ダンジョンへ

 休憩を取ることなく七キロ歩き、森の中を進む。

 そうして到着したのは、巨大な遺跡。

 遺跡の中心に、地下へ続く階段があった。さらに、遺跡周辺には建物がいくつか並んでいる。

 道具屋、武器屋、鍛冶屋。さらには宿屋まであった。

 それに、意外にも人が多い。全員、装備を固めていることから冒険者であることがわかる。

 ボブは、遺跡地下入口を差して言う。


「ここがダンジョン、『蟲毒の巣』だ」

「けっこう賑わっていますね。少し驚きました」

「ははは。ダンジョン周辺ってのはこんなモンだ。王家が管理するダンジョンと、『冒険者組合』が管理するダンジョンじゃあ管理の仕方が違うからな」

「冒険者組合……」

 

 エルクがポツリと言うと、ボブは「おっと、説明し忘れてた」と苦笑する。


「冒険者組合ってのは、まぁ……冒険者を管理する団体だな。国が運営してるんじゃなくて、熟練冒険者たちが運営している」

「なるほど」


 と、ここでエルウッドがエルクに軽く耳打ち。


「王家が管理するダンジョンと冒険者組合が管理するダンジョンは、管理方法がまるで違うんだ。それに、管理しているダンジョンの数も、王家より冒険者組合のが多い。でも、ダンジョンの質では王家の管理するダンジョンは遥か上……まぁ、こんな感じだから、あまり仲が良くないんだよ」

「痛いとこ突くねぇ……」


 ボブに聞こえていたのか、苦笑する。

 エルクも、なんとなく察したのかこれ以上は聞かない。

 ボブは、入口前の受付でプレートのような物を見せた。


「ようボブ、こっちに来るなんて珍しいじゃねぇか。お……ははは、新人の育成かい?」

「そんなところだ。ほれ、確認しろ」

「はいよ。A級冒険者ボブ、確認したぜ。それとルーキーたち、ダンジョンへようこそ!」


 受付は楽しそうに笑っていた。

 

「ちなみに、このプレートは冒険者の等級を表すプレートだ。ま、今はそれだけ知っとけばいい……ではお前たち、準備はいいな?」

「「「はい!」」」

「はーい」

「……ええ」

「では、これより『ダンジョン実習』を始める。気を抜くなよ、お前たち。


 エルクたちの、ダンジョン実習が始まった。

 エルクは眼帯マスクを着け、フードを被り……静かに、指をコキコキ鳴らした。


 ◇◇◇◇◇◇


 ダンジョン内部。

 石造りの横幅の広い通路。高さも五メートル以上あり、不思議と通路内は明るかった。

 エルクたちは周囲を見渡す……すると、ボブは言う。


「ここから警戒していけよ。すでにダンジョン内……魔獣たちの住処、腹の中だ」


 ジャネットがゴクリと唾を飲み込む。

 エルウッドはダンジョン経験者。双剣に手を置き、周囲を警戒する。

 エルクも同様に警戒していた。カヤも特に緊張せず、ソアラも変わらない。

 そして───エルクは気付く。


「……いる」

「え?」

「魔獣がいる───……そこか」


 エルクが壁に手を向けると、灰色の壁に数匹の昆虫が止まっていた。

 保護色。壁と同化していたのは、『ギタイスパイダー』という小型の蜘蛛魔獣。

 エルクはギタイスパイダーに手を向け、念動力の弾を発射。魔獣はぶちゅっと潰れ消滅した。

 ボブは「ヒュウ」と口笛を吹く。


「やるな。ギタイスパイダーの擬態に気付くとは」

「なんとなくわかりました。ソロソロ動いてたし、ジャネットを狙ってたのかな」

「!? そ、そういう脅かしはやめなさい!!」

「いや、ホントに───……うわ、まだまだいる」

「ひっ!?」


 カサカサ、カサカサ……と、壁に貼り付いていたギタイスパイダーが動き出した。

 ボブは背負っていた斧を手に持つ。


「さぁて、ここからは戦闘指南だ!! ダンジョン内、とくにこういう狭い道では……同士討ちに気を付けろよ!!」


 エルクは気付く。

 ジャネットの手が、震えていた。

 震える手で矢を番え、ギタイスパイダーを狙う……だが。


「げっ!? おい気を付けろ!!」

「ひっ!?」


 ジャネットの放った矢が、ソアラに向かって飛んだのだ。

 エルクは念動力で矢を止め、せっかくなのでそのまま操作する。


「飛べ!!」


 念動力で意思を持ったように飛び回る矢は、数体のギタイスパイダーを貫通。念動力の力を纏わせたので、矢が壊れることもない。


「おお、やるじゃねぇか!!」

「念動力───……やはり、信じがたい力だ!!」


 ボブがギタイスパイダーを踏み潰し、エルウッドが切り刻む。

 エルクは矢を操作しながら、自分に向かって飛び掛かるギタイスパイダーをブレードで突き刺す。

 ジャネットは、誤射の恐怖から二の矢が放てない。

 ソアラは───……ぼんやり立ったままだった。

 そして、カヤ。


「信楽流薙刀術、『針雀』!!」


 薙刀による連続突きが、ギタイスパイダーを蹂躙する。

 そして、薙刀の先端がスポッと取れ、まるで小剣のような形になり、カヤは接近するギタイスパイダーを見事な剣術で斬り裂く。

 さらに、分離した『棍』が三つに割れ、細い鎖で繋がっている。その棍を器用に振り回し、ギタイスパイダーを薙ぎ払っていた。


「すっげぇ……」

「なるほど。あれはヤマト国の『薙刀』だったかな? さらに『小剣』と『三節根』……一つの武器に、三つの形態を持たせ、それを自在に操る闘士か。いつか手合わせ願いたいね」


 エルクと背中合わせになったエルウッドが説明するように言い、ギタイスパイダーを斬り裂いた。

 カヤは、かなり強い。

 当然、ボブも。エルウッドも。もちろんエルクも。

 だが───ジャネットは。


「う、ぅ……」

「だいじょうぶ?」


 ジャネットは二の矢を番えず、ソアラになでなでされていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ギタイスパイダーを全て討伐した。

 戦っているうちにエルクは気付いた。足下に、緑色の小さな石がたくさん転がっている。

 その一つを拾い、ボブに見せる。


「先生、これって……」

「ああ、魔石だ。小さいが、売れば金に化ける。ダンジョン内の魔獣はほぼ魔石を落とす。強さや等級によって、大きさはバラバラだがな」

「へー……」


 エマやニッケスの土産にいいかも。エルクはそう考え、せっかくなので収納リング『アイテムボックス』に魔石を二つ入れた。

 

「おいおいケチらないでいっぱい入れとけ。ヤマト国の言葉でこんなのがある。えーと……ちり、ちりも、えーと」

「塵も積もれば山となる、でしょ」

「それそれ。ははは、知ったかぶりするモンじゃねぇな。まぁ、そういうこった。全員で山分けだ」


 カヤ、エルウッドは黙々と拾うが、ジャネットは俯いていた。

 様子が気になったエルクは話しかける。


「拾わないのか?」

「……その資格があると思って?」

「え?」

「……何もできなかった」

「は?」

「私は、仲間を……ソアラさんを、射抜くところでした。あなたがいなかったら、私は……」


 なんて声を掛ければいいのか、エルクはわからない。

 そこに、ボブが言う。


「気にすんな」

「……は?」

「上品に整った舞台での戦いじゃねぇんだ。それに、最初の最初。上手く立ち回れるなんて思っていないし、お前に戦力として期待もしていない」

「な、な……」

「だが、忘れるな」

「……え」

「今日、この時を忘れるな。確かにお前は動けなかった。仲間を撃ちかけた。そのことを忘れるな。この経験は、きっとお前を強くする……だから、乗り越えろ」

「…………っ」

「さ、魔石を拾いな。拾って、次に進もうぜ」

「……ええ!! 当然ですわ!!」


 ジャネットは魔石を拾い始めた。

 そして、ソアラに言う。


「ソアラさん、ごめんなさい……あなたを射抜くところでしたわ」

「ん、だいじょぶ。見えてたし、避けれたから」

「そ、そう……」


 ソアラは無表情でブイサインした。


 ◇◇◇◇◇◇


 ダンジョン『蟲毒の巣』の最深部に、一人の男がいた。


「うひ、うひひ……きた、きた」


 『醜悪』を司る神官、バルタザール。

 バルタザールのいる空間は、粘着質の糸が無数に伸びていた。

 そこに、醜悪な笑みを浮かべたバルタザールがいる。


「むぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~……グォゥェェェッ!?」


 バルタザールの腹が、一気に膨らんだ。

 そして、口から吐き出されたのは……巨大な、二足歩行の昆虫。

 全身オレンジ色。巨大なカブトムシのような体格に、しっかりと五指でカマキリの鎌を握っている。

 背中の羽をブワッと広げ、バルタザールに跪く。


「我が父よ、命令を」

「うひ、うひひ……待ってて、もうちょっと」


 バルタザールは、同様に二体の『昆虫』を吐きだした。

 一体は、ダンゴムシのような、もう一体は蛾のような羽を持つ女性型の虫。

 二体は、跪いたままの一体と並んで跪いた。


「わが父、ご命令を」

「パパ、なんでも命令してね!」

「うひひ。と~っても強い力を込めて生み出した『蟲人』たち……このダンジョン内にいる人間たちを、残らず狩っちゃって」

「かしこまりました。我が父」

「は~い! パパの命令!」

「わかった。任せろ、父」


 蟲人。

 バルタザールのスキル『昆虫精製』により生まれた、人の形をした蟲。

 一日三体しか精製できないが、そのぶん強さは折り紙付き。

 バルタザールは、それぞれを指さす。


「お前はムスカ。お前はダンタリオン。お前はフェリーチェ。さ、さ、暴れておいで。うひひひひ」


 『醜悪』を司る神官バルタザール。

 バルタザールの生み出した『蟲人』たちが、ダンジョンに放たれた。

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