女神聖教七天使徒『醜悪』のバルタザール①/虫の脅威

 ダンジョン『蟲毒の巣』に入った新入生たちは、当然だがエルクたちだけではない。

 ほかにも、いくつかのチームが蟲毒の巣内部を探索。さらに、一般的な冒険者もまた、財宝や『秘宝』を求めて探索していた。

 その中の一つ。C級冒険者チーム『セインズ』のリーダー、アガトは水のボトルをごくごく飲む。


「っぷは……久しぶりにこのダンジョン入ったけど、虫キモいな」

「違いねぇ」


 アガトの仲間たちはゲラゲラ笑う。

 C級冒険者として、そこそこの経験は積んできた『セインズ』たち。秘宝を探そうという想いこそあるが、そこまで危険を冒さずにそこそこの財宝を見つけ、そこそこの生活を続ける……彼らは、そんな冒険者の集まりだった。

 こういう考えの冒険者は多い。ダンジョン最深部にあるという『秘宝』は、一国を支配滅亡できる力を持つが、そんな物騒な物を探したいと思う冒険者は、一握りだ。

 だが、ダンジョン内にある『財宝』を求める冒険者は多い。

 金銀財宝。それを見つければ、一生金には困らない。そこそこの財宝を見つけて仲間で分け合っても、数年は遊んで暮らせる。

 さらにさらに……『財宝』は、リポップする。

 秘宝をダンジョンから回収すると、ダンジョンは消滅する。だが、秘宝さえとらなければ、ダンジョン内の財宝は復活するのだ。

 アガトたちは、この『蟲毒の巣』の財宝を求めてやってきた。

 もちろん、危険はある。だが、アガトたちの経験、強さならダンジョン中間地点ほどにある財宝を手に入れることは、難しくはないが危険はあまりなかった。

 そんな時だった。


「強者……」

「あん?」


 アガトの前に現れたのは、なんとも奇妙な『虫』だった。

 二足歩行。そして、両手に『カマキリの鎌』を持つ、カブトムシみたいな虫。

 しばし、首を傾げるアガトたち。


「汝らは、強者であるか」


 そして、虫が喋った。

 手に持った『カマキリの鎌』を、アガトに突きつける。

 アガトたちは、戦闘態勢をとった───が。


「……気のせい、か」


 消えた。

 視界がブレた。

 アガトが最後に見た光景は、首のない自分の身体。そして、同じように首のない仲間たち。

 よく見ると、足元に生首……仲間たちの首が落ちていた。


「は?」


 最後に、なんとも間抜けな声が出た。

 アガトは最後まで気付かない。一瞬で『虫』がアガトたちの間をすり抜け、持っていた鎌で首を綺麗に切断したのだ。


「強者を、探さねば」


 アガトたちの死体を放置し、オレンジ色カブトムシことムスカはダンジョンを進む。


 ◇◇◇◇◇


「きゃは、きゃはははははっ!!」


 舞うのは、餓のような虫。

 そして、光の粒のような鱗粉。

 ヒトのような餓ことフェリーチェは、ダンジョンの一室に鱗粉を撒いていた。

 室内には、全身が紫色になり斑点だらけの冒険者。口から緑色の泡を吐き、ビクビク痙攣している。

 殺すのは造作もない。

 殺さないのだ。苦しめているのだ。

 流れるのは、どす黒い涙。体内の液体が変化を起こし、黒く染まっているのだ。


「あん。まだ死んじゃダメよ~~~……まだまだ遊び足りないんだから!」


 スキルを超えたスキル、『チートスキル』によって生まれた自我。

 フェリーチェは、『生』を楽しんでいた。


「いっぱい、い~~~っぱい遊んじゃおっと!」


 無邪気で残酷な『蛾』の少女は、鱗粉を撒きながら次の部屋へ向かった。


 ◇◇◇◇◇


 グチャグチャと、咀嚼音が響いた。


「うまい、うまい、うまい……美味」


 ダンゴ虫のような人。人のようなダンゴ虫。

 ダンゴ虫の蟲人ダンタリオンは、冒険者を食っていた。

 不思議な身体だった。人間でいう胸の部分に、いくつもの手が生えている。まるでダンゴ虫のような、手とはよべない触覚のような腕。

 それで人間を拘束し、生きたまま喰らっていた。


「肉、肉……うまし」


 ダンタリオンは、初めての食事に歓喜していた。

 もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐと、ひたすら肉を喰らう。

 もっと食べたい。もっと食べたい。

 そう思い、口から骨をペッと吐き出し立ち上がる。


「肉、肉……肉」


 肉を求め、ダンタリオンはダンジョンを歩く。


 ◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇


「さて、みんな、準備はいいかしら?」

「はい!」「うっす」「「「はい」」」


 フィーネ、ガンボ、そして三人のチームメイト。

 ガンボたちのチームも、エルクたちから少し遅れて『蟲毒の巣』に到着した。

 ガンボたちを率いるのは、腰に剣を差した四十代半ばの女性剣士。女性だが、ガンボよりも体格がよく、ガンボよりも身長が高い。

 名前はカレナ。A級冒険者である。


「お、カレナ。お前もここか?」

「ああ。ほれ確認」


 カレナは、冒険者プレートを受付へ。

 受付はプレートをチェックし、カレナへ渡す。


「さっき、ボブもここに来たぜ? というか、今回の新人研修はここかよ? いきなり昆虫系の住処とは、学園も厳しくなったもんだ」

「あはは。ま、時代は変わったってことさね」

「だな。じゃ、気を付けてな」

「ああ」


 カレナは、ダンジョンの入り口で改めて言う。


「ここからはダンジョンだ。いいかい、あたしの言うことをちゃんと聞くこと。死んでも生き返ることはできるけど、金がない奴は蘇生しないからね。あたしら冒険者は自己責任。全ての責任が自分にあるってことを、忘れるんじゃないよ」


 死んでも生き返ることはできる。

 蘇生スキル。蘇生魔法。

 だが、それらの力は非常に希少だ。蘇生には莫大な金が必要になる。

 そして、多くの蘇生スキル、蘇生魔法に共通するのは、『ダンジョン内で死亡した場合に限る』という制約がある。その制約に縛られないスキルを持つのがナイチンゲールであり、彼女が『五星』に数えられる理由でもあった。

 

「初ダンジョン! 先生! 昆虫系ってグロイですか?」

「ああ、グロイね」

「うぇぇ」


 フィーネはげんなりする。

 ガンボはため息を吐いた。初めてのダンジョンなのに、フィーネのテンションがやたら高い。

 チラリとほかの三人を見ると、緊張こそしているが戦意に満ちている。

 カレナも気付き、頷く。


「さ、行くよ。中でいろいろ説明しながら進むからね」


 カレナたちのチームは、ダンジョン内に踏み込んだ。


 ◇◇◇◇◇


「───…………」


 ヤトは、ダンジョン入口で立ち止まった。


「ん、どうした?」

「…………」


 指導冒険者が声をかけるが、ヤトは動かない。

 すると、メリーが言う。


「ヤトさん、どうしたんですか?」

「…………気持ち悪い」

「え?」

「…………まぁ、いいわ」


 それだけ言い、歩きだす。

 指導冒険者も、チームメンバーも首を傾げた。

 ヤトはダンジョン内に踏み込み、感じた。


「……気持ち悪いわね」


 それは、直観。

 嫌な気配。嫌な予感。嫌な感じ。

 それらが混ざり合い、ヤトにぶつかった。


「……ふん」

「ヤトさん、本当に大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫」


 『蟲毒の巣』内で、強大な『蟲人』たちが暴れている気配……ヤトは敏感に感じ取っていた。

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