ダンジョン《蟲毒の巣》

 夜。

 エルクは、寮生(メリー除く。すでに寝たようだ)に談話室で今日の出来事を話した。

 すると、ソフィアが言う。


「冒険者ボブですか。彼はA級冒険者の中では上位の強さを持つ優秀な方です」

「強いんですか?」

「ええ。今日、学園に来たA級冒険者の中では一番ですね」


 ソフィアがにっこり笑い、エルクは「なるほど」と頷いた。

 ガンボ、フィーネも訓練場でエルクと似たような『模擬戦』を行ったそうだ。

 エルクはソフィアに聞く。


「あの、ソフィア先生。ボブ先生が指輪を付けてて、そこから魔獣が出てきたんですけど」

「ああ、モンスターボックスですね。低級魔獣を捕獲できる指輪です。もちろん、容量などがありますが」

「モンスターボックス……」

「他にも、ウェポンボックス、アイテムボックスなどがあります。冒険者に配られる『収納リング』の一つですね。エルクくんたちもダンジョンに入る前にもらえるはずですよ」

「おお、うれしい」

「ふふ。でも、レベル1のリングは、少し大きなカバン程度の容量しかありませんから、荷物を入れる際はお気を付けて」

「……レベル?」


 収納リング。

 道具、武器、素材など、それぞれ収納できる物が決まっている。

 リングには拡張機能があり、スキルと同じレベルで収納量が決まる。レベルを上げるには、お金を支払い『リング技師』にレベルを上げてもらわなければならない。

 

「ちなみに、私も持っています。ほら」


 ソフィアは胸元のネックレスを取り出すと、先にリングが下がっていた。

 

「冒険者の証でもありますので、もらったら大事にしてくださいね」

「「はい!」」


 エルクとフィーネは元気に返事をした。

 ガンボ、ヤトは知っていたのか特に興味を持っていない。

 ニッケスは、エマに言う。


「エマちゃん。オレら商業科は、リングはもらえないけど『商印』をもらえるんだ。自分だけの印で、自分の商品なんかに押すんだ」

「へぇ、そうなんですか?」

「ああ。有名商会の印は、その商会長の『商印』が押されている。印を見ればどの商会の、どの商人の印なのかすぐにわかる。エマちゃんも、デザイナーや服屋をやるなら、自分の印は大事にしないとな。一度デザインを決めたら、一生変えることはできないから」

「ごくり……」


 エマは緊張していた。

 ニッケスは逆に、嬉しくてしょうがないような感じだ。


「さーて、オレは部屋に戻って装備の確認をするぜ。明日はダンジョンなんでな」

「ガンボ、嬉しそうだな」

「ふん。ダンジョン……ワクワクしねぇのはあり得ねぇだろ。じゃあな」


 ガンボは部屋へ戻った。

 そして、フィーネが立ち上がる。


「アタシはお風呂に入る!! エマ、行こう!!」

「え、わ、私もですか?」

「うん。一人じゃつまんないし。ヤトは一緒に入ってくれないし。メリーはもう寝ちゃったし」

「わ、わかりました。私でよければ」

「ん~エマ大好き!!」

 

 二人はじゃれあいながら部屋へ戻る。

 ヤトは静かに立ち上がった。


「私も、失礼するわ」

「ああ、ダンジョン楽しみだもんな」

「そんな子供じゃないし。ただ眠いだけよ……おやすみ」


 ヤトは少しだけ微笑み、軽く手を振って女子寮へ。

 いつもと違う別れの挨拶。なんとなく、ヤトも楽しんでいるのがわかった。

 エルクは思った。


「そういや、カヤのこと聞けばよかった。ヤマト国出身だし、知り合いかと思ったけど」

「エルクくん」

「あ、はい」


 ソフィアは、真面目な顔で言う。


「高位冒険者と一緒とはいえ、ダンジョンでは何が起きるかわかりません。決して油断しないように」

「……はい!」

「では、今日はもう休みなさい。体調管理も、冒険者の仕事ですよ」

「はい! ソフィア先生、おやすみなさい」


 エルクは部屋へ戻った。

 談話室に残ったのは、ソフィア……そして、キッチンから湯気の立ち上るマグカップを手に、マーマが現れた。


「先生、やってるねぇ」

「先生ですから。まぁ、監督教師ですけど」

「ふふ。そうだねぇ」


 マーマはソフィアにマグカップを渡し、にっこりと微笑んだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 朝食を食べ、戦闘服に着替え、装備を確認し……エルクは寮を出た。

 ガラティーン王立学園東口が集合場所。予定時間の五分前に到着したが、すでに全員揃っていた。

 最後に到着したのはエルク。これにジャネットが怒りだす。


「遅いですわ!!」

「す、すまん。でも時間前……」

「十分前行動が原則です!! 私たちの貴重な時間を「まぁまぁ、落ち着いて」……はい♪」


 エルウッドがジャネットを押さえると、あっさり引いた。

 ボブは「ははは」と笑い、ソアラはぼんやり空を見上げ、カヤは我関せずと黙り込んでいる。

 ボブは、エルクに言った。


「ま、オレらが早かっただけだ。気にしなくていい……だが、遅刻したら置いて行くつもりだった。時間を守れないやつは、何も守れない。ま、オレの持論だがね。と、まずは全員にこれを渡しておく」


 ボブは、全員に「収納リング」を渡す。

 白い石がはめられたリングだ。エルクはソフィアの真似をして、ガンボからもらったチェーンに通し、首から下げた。

 エルウッドは右手の指にはめると、サイズが自動で変わった。


「魔法がかけられているのか……」

「拡張レベルは当然1だ。リング技師に金を払えば拡張できる。あとは自分で好きにするといいさ」

「はい。あの、先生がつけてるモンスターボックスは?」

「リング技師の元に行けばいろいろ扱ってるぜ。ま、値段は高いけどな……ああ、リング技師は気難しいから、金積んでも動かない時がある。気を付けろよ?」


 最後の言葉は、『たとえ王太子でも気に入られなければ難しい』ということだ。もちろん、エルウッドは気付いているし、立場を使ってどうにかするほど子供でもない。

 指輪をはめたジャネットが質問する。


「ダンジョンはどこにありますの?」

「ガラティン王国から東へ七キロ先にある森林の奥……その名も、『蟲毒の巣』だ。昆虫系魔獣が住む、迷宮型ダンジョン。ちなみに、ここの『秘宝』はまだ発見されていない」

「秘宝! ん~、ココロが踊りますわ!」

「ははは。気合も入ったな。じゃあ、行くか」


 ボブを先頭にエルウッドが続き、その隣をジャネットが、後ろにカヤが付く。

 エルクが歩きだすと、ソアラも付いてきた。


「…………ふあぁ」

「……眠いのか?」

「うん。おなかいっぱいで」

「そ、そうか」


 だぼだぼのパジャマみたいな戦闘服。武器らしい武器はもっていない。

 ソアラ。彼女のことも謎だった。

 エルクは、ソアラに聞く。


「あのさ、お前……戦えるのか?」

「うん」

「武器とか持ってないようだけど……スキルで戦うのか?」

「……うん」


 ちょっとだけ、ソアラは言い淀んだ。

 エルクも、あまり深く聞いては失礼かと思い、会話を打ち切る。

 これから向かう『昆虫系ダンジョン』とは、どんなところなのか。


「虫かぁ……好きでも嫌いでもないけど、グロイのは嫌だな」


 そう呟き、大きく伸びをした。

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