蟲の叫び

 女神聖教本部。

 七人の神官たちは、女神聖教本部『女神の間』にて祈りを捧げていた。

 祈る神はもちろん、偉大なる女神ピピーナ。

 神官の一人、『虚無』を司る少年ロロファルドは静かに涙を流す。祈りは静寂でなければならない。本来のロロファルドなら、女神ピピーナへの愛を叫んでいるだろう。

 

 『聖女』を司る少女エレナ。彼女もまた、静かに祈りを捧げる。

 彼女にとってピピーナは『愛すべき女神』である。だが『聖女』としてのエレナはそれをよしとしていない部分がある。エレナのココロは、常に複雑だ。


 『聖典泰星』を司る少女リリィ・メイザース。

 彼女は神官の中では一番幼い。だが、女神に対する『愛』は本物だ。


 『醜悪』を司る少年? 青年? バルタザールも、その容姿から考えられないほど、慈愛に満ちた笑みを浮かべ祈りを捧げていた。女神ピピーナこそ、バルタザールが愛と忠誠を捧げた偉大なる神である。


 『飛天皇武ひてんおうぶ』を司る青年タケル・クサナギは、眉間にしわを寄せて祈りを捧げていた。無口で不愛想な彼は、同じ神官相手にも気を許してはいない。


 『愛教徒』を司る女性ラピュセル・ドレッドノートは、ロロファルドと同様に涙を流す……神官の中で最も『愛』が深い彼女は、この祈りの時間こそ至福の時間であった。


 そして。『永遠』を司る神官。七人の長である少女ピアソラは、静かに顔を上げる。


「ありがとう───……」


 感謝の言葉。

 この言葉をもち、祈りの時間は終わる。


 ◇◇◇◇◇


 三日に一度の『神官会議』が行われていた。

 本部の会議室。部屋の中央には女神ピピーナの像が安置され、その像を囲むように七人の神官は座る。

 ピピーナの像は、静かに回転していた。まるで、神官たちに顔見せするように。

 ピアソラは、ポンと手を叩く。


「さて、本日の議題は……『八人目』の彼をどうお迎えす「却下!!」……ロロファルド、まだ最後まで言ってないんだけど」


 ピアソラは、苦笑していた。

 ロロファルドは、その愛らしい顔に合わない青筋を額に浮かべている。


「あのクソ野郎……女神様を『友達』とか抜かしやがった。あのクソが、クソが……あのクソはオレが、バラバラに刻んで豚の餌にしてやる!! あのクソの頭蓋骨を叩き割ってクソ溜めにブチ撒けてやる!!」

「……女神の御前だ。汚らしい言葉は慎め」

「!? あぁぁぁぁ!? もも、申し訳ございませんピピーナ様ぁァァァァァァァァァァ!?」


 タケルの言葉に、ロロファルドは額をテーブルに打ち付けた。テーブルに亀裂が入り、ロロファルドは額から大量出血するが、誰も気にしていない。

 すると、エレナが挙手。


「あのさ、ピアソラ。ロロファルドじゃないけど……エルクくんは女神聖教には相応しくないと思う」

「ん? なんでかな?」

「リリィの人形の記憶を取り込んだけど……あの子、ピピーナ様にまるで感謝してないの」


 人形。

 ガラティーン王立学園に潜入していたロロファルド、エレナは、メイザースが作った『人形』だった。

 人形は、モチーフとなった人間と完全に同一人物。メイザースが魔法を解除するか、破壊されれば、蓄積された記憶は元の人間に戻るのだ。つまり、今のエレナは学園に通い、エルクと話をしたエレナであることと同じだ。


「というか、彼はヤバいよ? あの子の大事にしていた女の子を傷つけたら、本気でキレちゃったのよ……うーん、本来の半分以下の力しか出ないとはいえ、ロロファルドの人形をあっさり倒しちゃうし」

「……自信作だったのに」


 リリィはムスッとする。

 すると、漆黒の鞘、柄、鍔の刀を抱くタケルがニヤリと笑う。


「それほどの強者、ぜひ試合たいものだ」

「はいはいそこまで。う~ん……私としては、八人目をお迎えしたいんだけど、みんなは反対? あ、じゃあ多数決しよっか。加入賛成の人は挙手~」


 ……手を上げたのは、ピアソラ。そしてラピュセル。

 それ以外の五人は、誰も手を上げない。

 ピアソラは苦笑し、あっけらかんと言った。


「じゃ、消しちゃおっか。女神聖教の邪魔されてもウザいしね」


 ◇◇◇◇◇


 エレナが再び挙手。


「あのさ、エルクくんは新入生だから、そろそろダンジョン実習が始まるの」

「そうなの? でも、それがどうかした?」


 いきなりの話にピアソラは首を傾げる。

 エレナは人差し指を振った。


「はっきり言う。真正面からでは絶対に勝てない。だから……小細工しましょ」

「小細工?」

「ええ。ダンジョン実習……これを利用する。いくらエルクくんでも、ダンジョン内なら隙ができる。一人ならともかく、仲間と一緒ならねぇ」

「ふーん? ダンジョンねぇ……なら、ラピュセルの出番かな?」

「…………」

 

 『愛教徒』ラピュセルは、両手を静かに合わせたまま目を閉じていた。

 そして、一言。


「たとえ裏切り者だとしても、女神ピピーナ様が愛を与えた子を殺すことなどできません」

「いやいやいや、あのさ、女神ピピーナ様を裏切ったのは、そのエルクって子だよ?」

「それでもです」

「あー……じゃあさ、ダンジョンに手を加えるだけでいいよ。始末は別の子に任せるから」

「…………ダンジョンの改造。それだけでしたら」


 めんどくせえ。

 ピアソラはそう思っていたが、顔には出さなかった。

 そして、手のひらでダンゴムシを転がすバルタザールへ。


「バルタザール。あなたの『蟲』を使って、ダンジョンで遊んでおいで」

「え、え……いいの? ぼくの虫、あそばせて」

「いいよ。いっぱい食べさせてあげなよ」

「えへ、えへへ……ありがと、ありがと」


 グチャリ……と、バルタザールは醜悪な笑みを浮かべた。

 そして、手に持っていたダンゴムシを口に入れ、バリバリと咀嚼する。


「ね、エレナ。もういちど、その子の名前おしえて」

「エルク。『死烏スケアクロウ』のエルク……油断しないでね」

「うん。ぼく、いっぱいたべるね。えへへ……」


 のそりとバルタザールは立ち上がり、部屋を出ていった。

 それを見送りながら、ピアソラは言う。


「いちおう、バックアップも付けよっか……誰が行く?」


 少しだけ揉め、会議は無事に終了した。

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