監督教師ソフィアと食堂のマーマ
エルクは、新寮の自室で目を覚ました。
「ん、ん~……あぁ、よく寝た」
新しい部屋は、以前の部屋の二倍以上広い。
教師用の部屋だからなのか。机や椅子はもちろん、クローゼットに本棚、ソファまで備え付けられていた。エルクは部屋に満足し、念動力で机の上にあった水差しとコップを引き寄せる。
水を飲み、大きく伸びをしてカーテンを開ける。
今日は休日。そして、ニッケスたちが入寮する日だ。
「よし。着替えるか」
エルクは着替えをする。
そもそも、今日は休みではなかった。
だが、武道大会での一件から、ガラティン王国の調査団が闘技場などを調べ、魔法の痕跡などから何があったのかを詳細に調べるというのだ。
こればかりは、専門家に任せるしかない。子供であるエルクにできることは、今のところ何もない。
エルクは着替え、部屋を出て一階へ……すると、いい香りがした。
「くんくん……なんだろ、いい匂い」
「おはようございます。エルクくん」
「あ、ソフィア先生」
薄手のセーターにロングスカートを履いたソフィアが出迎えた。
眼鏡をかけ、キリッとした表情が大人っぽい。
昨日、全裸で談話室に出てきた人とは思えなかった。
「あの、もしかしてソフィア先生が料理を?」
「違います。昨日、エルクくんの話をしたら、来てくれました」
と、キッチンから出てきたのは……なんとも体格のいい女性だった。
「おはよう。アンタがエルクだね? ささ、いろいろ聞きたいことあるだろうけど、まずは飯にしな。アンタみたいな子供はまず飯。何をするにも、まずは飯!!」
「は、はい」
「……マーマさん。言いたいことはわかりますけど、自己紹介くらいしては?」
「あはは。確かにね。初めまして、アタイはマーマ。見ての通り『食堂のおばちゃん』さ!! ささ、座った座った」
食堂のおばちゃん。
正確には『学園調理師』だ。
調理スキルを持つ者だけが得られる『調理師』の資格を持った、学園専属の料理人。
マーマ。年齢五十七歳。スキル『調理師』でレベルは78。
かつては王宮料理人であったが、高級料理より大衆料理を好む。
王宮料理人を辞め、学園に勤める『食堂のおばちゃん』という経歴の持ち主だ。ちなみにポセイドンの飲み友達でもある。
ガンボに匹敵する体格を持ち、筋骨隆々。食材を調達しに一人でダンジョンに潜り、高レベルモンスターを仕留めることも多くあるという。
エルク、ソフィアは談話室の食堂スペースに座る。すると、たくさんの料理が運ばれてきた。
朝から豪勢な食事ばかり。エルクはつい微笑んでしまう。
「おおお~! すごい」
「たっぷり食べな。ソフィア、アンタもだよ」
「ありがとうございます。マーマさん」
朝食は、エルクが今まで食べた食事の中で最高の味だった。
◇◇◇◇◇
今日は休日。
エルクは、談話室でソフィアとのんびりしていた。
ソフィアは、紅茶を飲みながらエルクに聞く。
「エルクくん。今日はお友達が入寮するのよね?」
「はい」
「そう……じゃあ、その時改めて、みんなの前で挨拶するわね。わたし、監督教師だから」
「わかりました───……お、噂をすれば」
寮のドアがノックされ、開く。
そこにいたのはニッケス、メリー、エマ、ガンボ、フィーネだ。
全員、大きな荷物を持っている。
「よ、来たぜ!」
「よろしくお願いします」
「エルクさん、おはようございます」
「……おう」
「わ~広ぉい!!」
各々が挨拶する。
すると、ニッケスが「おお?」とソフィアを見て姿勢を正す。
ソフィアは、前に出てニッコリ笑った。
「初めまして皆さん。わたしは、この寮の監督教師ソフィアです。さ、中に入って。まずはお部屋に案内しますね。エルクくん、男子の方は任せていいかしら?」
「はい、わかりました」
「では皆さん、中へどうぞ」
ソフィアは、非常にしっかりした雰囲気で女子を部屋へ案内していた。
昨夜、全裸で大浴場から談話室に来た人とは思えない。
「あれ? そういや、ヤトは?」
「知らね。一緒に行こうとは言ったけど、集合場所に来なかった」
「ほっとけ。おい、それより部屋」
「ああ、男子寮はこっち」
女子寮へ向かう階段とは反対側の階段を上る。
男子寮の各部屋にプレートが下がっており、ニッケスとガンボの名前のプレートへ案内する。
二人は適当に荷物を部屋に投げ、すぐに出てきた。
「探検しようぜ!!」
「お前な……」
「おいエルク、でけぇ風呂あるんだよな? 見せろよ」
「大浴場は下だ。そういや、俺も昨日は入ってないな……今夜入るか」
三人は一階へ。そして、『男湯』の暖簾をくぐり脱衣所へ。
脱衣所は、そこそこ広い。
浴場のドアを開けると、かなり広い大浴場があった。
洗い場も広く、ゆったり休めそうだ。
「教師は激務だから、風呂でゆっくりくつろげるように広くなってるって聞いたことあるな」
「へぇ、そうなのか」
「なかなかだ。それに見ろ……これ、『熱湯』スキル持ちが必要ない、魔法で沸かす湯だ。ここまで水を引いて、この装置で湯を張るみたいだぜ」
ガンボが見ていたのは、湯沸かし装置。
魔法を込めることができる『魔石』という鉱物が埋め込まれた装置だ。地下水脈と直結しており、スイッチを入れるだけでお湯が出る。
つまり、いつでも風呂に入れるのだ。
浴場から出ると、女子が談話室に集まっていた。
「あ、ヤト」
「……ん」
いつの間にか合流したのか、ヤトもいる。
さらに、食堂のマーマも腕組みしてニコニコ立っていた。
ソフィアは、軽く手をパンパン叩く。自然と全員が談話室のソファに座り、ソフィアに注目した。
「さ、皆さん。全員揃ったようですので、改めて自己紹介します。わたしは、監督教師のソフィア。そしてこちらが学生寮の調理担当、マーマさんです。皆さん、これからよろしくお願いします」
パチパチパチ……と、拍手。
すると、フィーネが挙手。
「質問! ソフィア先生は何歳ですか?」
「十九歳です。学園を卒業後、教員資格を得ました。まだ壇上に立てるような教師ではありませんがね」
「恋人いますかー?」
「こほん。いません……今は、仕事が恋人です」
「じゃあ好きな食べ物っ!」
「食べ物は特に。飲み物でしたら、紅茶が好きですね」
「ふむふむ。ソフィア先生のこと、わかってきました!」
「そ、そうですか」
フィーネはぐいぐい攻める。メリーが小突き「やめなさい」と言った。
ソフィアは、軽く咳払いする。
「基本的に、あなたたちはこの寮から学園に通うことになります。それと、生徒誘拐事件のことはご存じですね?……クラスメイトが大勢誘拐され、学園はその対応に追われています。まだはっきりと決まっていませんが、クラスの再編成なども考えているそうです」
「…………」
エルクは考えこむ。
女神聖教。学園側は、攫われた生徒の親になんと説明するのだろうか。
「それと、ダンジョン実習も控えています。スキル学科の皆さんは、戦闘服や装備の確認を怠らないように。商業科の皆さんも、宿題などを忘れないように」
「ダンジョン実習……えっと」
「おいエルク、お前……」
ニッケスが気の毒そうな表情でエルクを見た。
すると、ソフィアが説明する。
「ダンジョン実習とは、その名の通りダンジョンを使った実習です。危険度小から中のダンジョンに、上級冒険者と共に潜って、実際のダンジョンを肌で感じていただきます。この世界には、まだまだ未調査のダンジョンが多くあります。みなさん、冒険者としてダンジョンを探索し、経験を積んでくださいね」
「は、はい」
「はーいっ」
「ふん」
「……」
エルクは頷き、フィーネは元気よく挙手、ガンボは不敵に笑い、ヤトは無言だった。
ダンジョン実習。
エルクは、どうにも嫌な予感がしていた。
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