ダンジョン実習について

 入寮から数日後。

 まだいろいろ調査は残っているが、学園は再開となった。

 攫われた生徒たちの行方現在調査中。カルト組織『女神聖教』は、ガラティン王国が『S級危険指定組織』に認定。多額の賞金がかけられた。

 フリーの傭兵、戦闘系冒険者たちも動き出した。

 エルクは、学園の廊下をニッケスと並んで歩きながら話をする。


「賞金か……」

「ああ。危険指定、さらにS級ときたもんだ……いやはや、ヤベェな」


 『S級』とか、『危険指定』ってなに? とは聞きにくいエルク。

 ニッケスはニヤニヤしながら手を振った。


「知りたいことあるなら、ヤトちゃんやガンボに聞けよ。じゃーな」

「お、おう……」


 ニッケスは商業科の教室へ。

 エルクも、自分の教室へ。

 教室にはクラスメイトたちが楽し気に会話している。エルクが入ると一瞬だけ会話が止まるが、すぐに目を反らされた。


「はぁー……」


 授業が再開されてから、ずっとこんな感じだ。

 恐怖。興味。触れるべからず。そんな雰囲気が伝わってくる。

 エルクは、座って本を読むヤトの隣へ。


「おっす」

「……ん」


 エルクの席は、ヤトの隣。

 同じ寮だからと、全員仲良く登校するわけではない。

 特にヤトは、早朝からマーマにお弁当を作ってもらい、一人で誰よりも早く学園へ行く。

 理由は、早朝鍛錬。詳しく教えてはくれなかった。

 エルクは席へ座り、ガンボを見た。

 エルクの席から少し離れた場所に、ガンボは座っていた。

 特に何かをしているわけじゃない。ぼんやりと欠伸をして、椅子をカタカタ揺らしている。

 エルクは、ヤトに聞いてみた。


「な、ヤト。『女神聖教』が『S級危険指定組織』になったらしいぞ」

「知ってる」

「その、S級とか、危険指定とか」

「危険度の等級。S級は三つしかない。そして四つめに『女神聖教』が入った」

「そ、そうか」


 そっけない。

 だが、ちゃんと説明はしてくれる。

 よく考えたら、S級は等級、危険指定はそのまま、危険な組織に指定するという意味だ。エルクはむやみやたらに聞くのをやめ、自分で考えようと決意する。

 決意を新たにすると、予鈴が鳴り、担任教師のシャカリキが入ってきた。


「はいは~~い。じゃあ授業はじめま~~す。座ってすわって~~~……ああそうだ。授業前にお知らせです。生徒の誘拐事件で各クラスの人数がだいぶ偏っちゃったんで、クラスの再編成するそうです~~~……そんで、新クラスで『ダンジョン実習』を行います。あ、ダンジョン実習の説明いります?…………いりますよね」


 シャカリキは「あはは」と笑う……絶対に、面倒くさいんだろう。エルクはそう思った。

 そして、わざとらしく「こほん」と咳をする。


「ダンジョン実習というのは、B級以上のベテラン冒険者さんと一緒に、ダンジョンでどのようなことをするかを学びます。財宝調査、魔獣との戦闘、ダンジョントラップの見分け方……くっくっく。最初は怖いかもですけど、慣れると楽しいですよ?」

「「「「「…………」」」」」


 生徒たちはゴクリと唾を飲む。

 緊張する者もいれば、あきらかに不敵な笑みを浮かべる者もいた。

 すると、生徒の一人が挙手。


「先生、ダンジョンってどこのダンジョンですか?」

「いい質問ですね。チーム戦では『森林ダンジョン』でしたが、実習では『迷宮ダンジョン』に入ります。ああ、迷宮といっても調査が完了し、危険度の少ないダンジョンですのでご安心を。死んでも生き返りますよ。まぁ、ナイチンゲール様みたいに完璧な蘇生とはいきませんけどね。例えば、生き返る代わりに寿命が半分になったり、命の対価に内臓の一部を使ったり……ナイチンゲール様は特別なんです。普通、蘇生レベルの魔法やスキルを使えば、何らかの『対価』を支払う……っと、話が逸れました。あはははは」

「…………あはは」


 質問した生徒は席に座った。

 シャカリキは、にっこり笑う。


「新しいクラスは、そのうち発表されます。あははは。入学して三ヶ月も経たないうちに新クラスになるとか、学園始まって以来の珍事ですねぇ……っと、不謹慎不謹慎。では、授業を始めます」


 シャカリキは教科書を開き、授業が始まった。


 ◇◇◇◇◇


 その日の夜。

 エルクは談話室のソファでのんびり過ごしながら、対面に座るエマに聞く。


「な、エマたち商業科はクラス替えとかある?」

「いえ。商業科は特に。その……攫われた生徒たちは、戦闘系スキルの方が殆どだったようです」

「そっか……スキル学科だけか」


 エマは編み物をしていた。

 何を作っているのか。よく見ると……それは、黒いマスクのように見えた。

 なんとなく嫌な予感がするエルク。


「あの、エマ……それ、なに?」

「これですか? えへへ……エルクさんの、新しいマスクです。『スケアクロウ』……かっこいい名前に相応しい、眼帯マスクにしますからね!」

「…………ありがとうございます」


 コメントが思いつかないエルクだった。

 エルクは、新入生の間で『死烏スケアクロウ』と呼ばれていた。

 両手を水平に上げる構えが『黒い案山子カカシ』や『翼を広げたカラス』に見えたらしい。しかも、凄腕の暗殺者だの、ヤマト国のアサシンだの言われまくっていた。

 それが、エマの中にある妙なスイッチを押してしまったらしい。


「エルクさん。ニッケスさんがいろいろ手配してくれまして、戦闘服のブレードに新しい武器を付けられそうなんです。期待しててくださいね」

「…………ありがとうございます」


 ニッケスはいない。談話室にいるのはエルクとエマだけだ。

 すると、大浴場のドアが開いた。


「ふぅ……」

「あーいい湯だったぁ!!」


 ヤトとフィーネだ。

 共に湯上り。フィーネはタンクトップに短パンというラフな格好。ヤトは『浴衣』というヤマト国の寝間着を着ていた。

 妙に色っぽい二人を見ないようにしながら、エルクは念動力で水差しを浮かしコップに水を注ぐ。

 それを口元まで運び、水を飲む。

 すると、フィーネがエルクの背後から肩越しに顔を出した。


「ね、エルク!!」

「ぶふぇっ!?」


 いきなり現れたフィーネに、エルクは驚いた。

 しかも、エルクの肩にフィーネの胸が触れている。

 下着を付けていないのか、妙に柔らかい。


「な、なん、なんんんだ???」

「なに上ずってんの? あのさ、クラス変えの話聞いた?」

「あ、ああ。ってか近い……」

「むぅ……」


 エマがちょっとだけ頬を膨らませていた。

 フィーネは気にしないのか、エルクの肩をバシバシ叩く。


「別にいいじゃん。で、クラス変えだけどさ、一緒になれるといいね!!」

「あー、そうだな」

「なんか適当だし。もちろん、メリーやヤトも一緒がいいな!!」

「そうね」


 ヤトは適当に返事をする。いつの間にか手にはコップがあり、水を飲んでいた。

 フィーネは、会話に飢えているのか。話は続く。


「ダンジョン実習もあるしさ、マジで楽しみ!!」

「それは俺も楽しみ。ダンジョン……どんなところだろう」

「……面白いところもあれば、退屈なところもあるわ」

「あれ? ヤト、知ってるの? アタシ知らないけど」

「昔、ちょっとね」


 ヤトは適当に返事をして、自分の部屋に戻っていった。

 エルクもフィーネから離れ、風呂道具を取りに部屋へ。フィーネはエルクの座っていたソファに座り、エマとお喋りを始めた。

 エルクは、風呂道具を手に浴場へ。


「ダンジョン実習か。あ、その前にクラス変えかぁ……ガンボとヤト、離れ離れになっちまうのかなぁ」


 そう、エルクは思いっていた。

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