その頃のロシュオ、サリッサ

 攫われたと理解できた。

 ロシュオは、サリッサと共に闘技場内でロロの戦いを観戦……退屈な暇つぶしだった。

 そんな時だった。突如、黒い穴が空中に開き、二人は吸い込まれてしまったのだ。

 実にあっさりとした『誘拐』だった。

 誘拐され、到着したのは……豪華絢爛という言葉がピッタリな『神殿』だ。

 ロシュオは、周りを見る。すると、サリッサが倒れていた。

 サリッサだけではない。大勢の新入生が、倒れていた。


「おい、サリッサ……おい!!」

「ぅ……お、お兄様」

「起きろ。どうやら、どこかに連れてこられたみたいだぜ」


 ロシュオは腰の剣を確認。落ちていたサリッサの杖を拾い、押し付けた。

 サリッサは不安そうにしていたが、深呼吸するとすぐに顔を引き締めた。こう見えて、公爵家の一員としてダンジョンに潜ったこともある。当然、ロシュオも実戦経験ありだ。

 他の生徒はそうでもない。

 慌てふためく者、とにかくキョロキョロする者、友人同士抱き合う者。

 ロシュオは、ニヤリと笑った。


「全員、互いの無事を確認しろ!! 何か身体に異常がある者はすぐに言え!! 回復系スキルを持つ者を中心にして、戦闘系スキルを持つ者は囲むように並ぶんだ!!」

「お、お兄様? どうしたのです」

「馬鹿。これはチャンスだ」


 ロシュオは剣を抜く。

 すると、他の生徒も武器を確認したり、回復スキルを持つ者はまとまり出す。


「クソ兄貴のせいで、オレの評価は地に落ちた。でも……ここでいいところ見せれば、オレはまた返り咲ける」

「で、ですが……」

「サポート任せたぜ。安心しろ、どんな野郎が出てきても、オレが負けるわけねぇ」


 サリッサも覚悟を決めたのか、杖を構えた。

 キネーシス公爵家の兄妹が指揮を執る。

 これだけで、誘拐された生徒たちは安心したのか、指示に従いだす。

 周囲を警戒し、辺りを観察するロシュオ。


「それにしても、なんだここは……?」


 豪華絢爛な神殿。 

 天井に吊るされたシャンデリア。巨匠が描いたような壁画。柱の一本一本には彫刻が施され、床に敷いてある絨毯も高価そうな刺繍が施されていた。 

 まるで、どこかの王城。

 そして───……ロシュオと、気配に敏感な者だけは気付いた。

 コツン、コツン……と、足音がした。

 そして、神殿奥の壁画が開く。扉に壁画が描かれていたようだ。

 現れたのは───美しい、銀髪の女性。

 透き通るヴェール。黄金の刺繍がされた司祭服。まるで、神話の世界に登場するような、神様みたいな女性だった。

 女性は、そっと目を開ける。

 そして、意外にも子供っぽく微笑んだ。


「初めまして。皆さん」


 透き通るような、美しい声だった。

 外見年齢は二十代半ばほどだろうか。その笑み、その声は優し気だが、警戒を解く者はだれ一人いない。

 誘拐メンバーの中心人物であるロシュオは、剣を油断なく構えつつ言う。


「何者だ」

「女神聖教七天使徒。『永遠』を司る神官長。ピアソラと申します」

 

 丁寧すぎる自己紹介だった。

 不思議だった。

 敵対心がないような、警戒心もないような、声色だけで全てを許したくなるような、甘い───……。


「ッ!!」


 パシン!! と、ロシュオは自分の頬を叩く。

 ロシュオは気付いた。


「まさか……」

「あら、これは面白い」


 ピアソラはクスクス笑う。

 その笑みが、急に冷たくなった。

 ロシュオは振り返る。すると、生徒たちの目がトロ~ンと、夢見心地に曇っていた。

 ロシュオ、サリッサ。そして数名の生徒だけが抗っていた。

 サリッサは、頭を押さえつつ言う。


「まさか、洗脳……」

「正解。私のスキルは『洗脳』……大丈夫、すぐ楽になるわ」

「洗脳スキルは、発動条件、使用条件があるはず。くっ……こんな簡単に、これだけの人数を」

「使用条件は簡単。『私の声を聞く』だけなの。楽でいいわ♪」

「ぐっ……」

「でも……低レベル設定したとはいえ、私の『愛LOVEピピーナアイラブユー・ユーラブアイ』に耐えるとは、なかなか見込みある子たちね。よし! 耐え抜いた子たちは特別に、素敵な処置をしてあげる」

「ま、待った!!」

「ん~?」


 ロシュオが剣を捨て両手を上げる。

 サリッサも杖を捨てた。


「あんたに、いや……あんたの組織に従う。だから、心をいじるのはやめてくれ」

「あら、どうしたの急に」


 ピアソラは首を傾げた。

 サリッサも、ロシュオの考えを素早く汲み取った。


「どうせ、あちらの学園に居場所はありません。だったら……ここにいる生徒たちを率いる役目を与えてくれませんか? あなたの『洗脳』は無敵。あなたが何を成し遂げる人間なのか、私とお兄様は見届けたいのです」

「ふ~ん……」


 ピアソラは、ロシュオとサリッサをジロジロ見て……頷いた。


「いいよ。使徒じゃないけど、組織に迎えてあげる。信者が一気に増えたし、それを束ねる子も必要だしね。私の『声』を耐え抜いた子たちと、あなたたち兄妹を『信者部隊』の隊長に任命しま~す!」

「「あ、ありがとうございます!!」」


 こうして、ロシュオとサリッサは学園を裏切り、女神聖教の一員となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る