後始末
『女神聖教』の襲撃から、一日が経過した。
怪我人は『五星』の一人ナイチンゲールが全員治療。死者も復活させ、全員が後遺症もなく完全完治。
ガンボの切断された腕も、元に戻った。
だが、行方不明者は総勢二百六十人も出てしまった。
エルクは、ロロファルドと戦い話をしたということで、学園長室へ呼び出されていた。
学園長のポセイドンは、エルクが来るなり両手をパンと打ち付ける。
「すまんかった!! いやー……観戦しとったんだが、持病の腰痛でナイチンゲールのところに行ってたんじゃ。そうしたら闘技場内に『黒い壁』みたいなのが現れて、内部に入れなくてのぉ……エルシにも迷惑をかけたわい」
「い、いえ」
そういえば、あれだけの騒ぎだったのにポセイドンがいなかった。
まさか腰痛で闘技場外の医務室にいたとは思わなかった。
エルシはため息を吐く。
「エルク。ところで……きみが戦った神官は、人形だったのだな?」
「はい。感触とか、人のそれだったんですけど……」
俯くエルク。
すると、光り輝く女性……ナイチンゲールが言った。
「あれは魔法の中で最も習得が難しい『傀儡魔法』です。人形に魔法をかけ、肌の質感、身体の動き、構造までも再現する魔法。血の流れ、飲食、挙句の果てにスキルの使用まで可能にするとは……間違いなく、『チートスキル』の魔法ですね」
「チート、スキル……」
エルクがポツリと呟くと、ポセイドンが言う。
「女神ピピーナが使徒にのみ与えた特別なスキル、か。スキルを無効化する空間を作り出すスキルなぞ聞いたことがないわい。ダンジョンの秘宝でも難しいじゃろうな」
「……ピピーナ」
「して、エルクくん」
「あ、はい」
ポセイドンは、にっこり笑った。
「きみは、女神ピピーナのことを知っているじゃろ?」
「───!」
「あーあー、警戒せんでもよい。きみが『女神聖教』の使徒だとは思っとらんよ。だが……何かを知っているなら、話してほしい。きみの『念動力』も無関係ではないのだろう?」
「…………」
もう、隠すことはできなかった。
◇◇◇◇◇
エルクは、ポセイドン、エルシ、ナイチンゲールに言った。
「俺は、女神ピピーナに会ったことがあります」
「なんと」
「……まさか」
「興味深いですね……」
ポセイドンは目を見開き、エルシは信じられないといった感じで、ナイチンゲールは興味深そうな反応をしていた。信じてもらえるかどうか不明だが、エルクはもう真実を話すしかない。
「先生たちは、俺の正体を……?」
「キネーシス公爵家長男。エルク・キネーシスだろう。六年前、弟のロシュオと決闘し破れ、死亡したという……表向きは病死となっているがな」
「……違います」
キネーシス公爵家のやりそうなことだ。
表向きは病死。だが、調べれば決闘をしたと簡単にわかる。だから、決闘の事実のみ『調べればわかるように』隠し、『キネーシス公爵家ぐるみでエルクを陥れた』ことを厳重に隠したのだ。
エルクは言う。
「俺は、ロシュオと一対一で決闘しました。もちろん勝てなかったですけど……俺は、サリッサの魔法で打たれて、模造剣での決闘のはずなのに真剣で斬られたんです。俺は生死の境をさまよい、六年間意識を失っていました」
「「「…………」」」
「俺がピピーナと会ったのは、その六年間……俺の、夢の中です」
エルシが表情を険しくするが、ポセイドンがスッと目を細めただけで表情をやわらげた。
「『生と死のはざま』……そこで俺はピピーナに会い、『チートスキル』を与えられそうになりました」
「与えられ……そうになった?」
「はい。俺は拒否しました」
エルクはきっぱり言った。
「その代わり、ピピーナは俺の『念動力』を鍛えてくれたんです。生と死のはざまにレベルって概念はないし、時間の流れも違うようでしたので……ざっと、二千年。俺は二千年、『念動力』を鍛えてもらったんです」
「……冗談、だろう」
「本当です。だから、俺の念動力は強いんです」
「興味深い……」
エルクは言う。
「ピピーナは、今この世界に『自分が力を与えて生き返らせた人間が七人いる。そいつらが自分をこの世界に呼び出そうとしているから止めてくれ』って俺に言いました」
「ふむ……それが女神聖教ということじゃな」
「はい」
エルシはまとめる。
「女神聖教。数年前から活動を始めたカルト教団だ。女神ピピーナの復活を掲げる七天使徒……まさか、こんな大胆な方法で、生徒を攫うとはな」
「ロロ……ロロファルドが言ってました。攫った生徒は『洗脳』するって」
「…………ふむ」
ポセイドンが目を閉じ、ゆっくり開く。
「あいわかった。エルクくん、人形だったとはいえ、決勝戦で戦うロロファルドを倒したんじゃ。個人戦は中止になったが……優勝はキミじゃ。おめでとう」
「え、あ……は、はい」
「しきたりでな。優勝者には望むものを与えている。何か望みはあるかね?」
「望み……」
エルクは、少し考えた。
そして、少し強い声で言う。
「じゃあお願いがあります」
「うむ」
「俺は、実家のキネーシス公爵家に復讐するつもりです。もし、キネーシス公爵家が俺の友達や周りの人間に手を出してきたら、守ってやってください」
「それは叶えられん願いじゃ」
「……そうですか」
と、ポセイドンは笑顔で言う。
「この学園にいる限り、生徒は我ら教師が守ろう。今回のような不祥事があったばかりで、信じてもらえるかわからんが……」
「……ありがとうございます」
「じゃ、願いはどうする?」
「え、えーと……うぅん」
エルクは迷う。
ぶっちゃけ、願いたいことなんてない。
「そうじゃな~……歴代生徒の願いだと、ショッピングモールの商品を卒業まで半額とか、学園の敷地内に家が欲しいとか、ショッピングモールに出店させて欲しいとか、自身の研究施設が欲しいとかじゃな」
「……敷地内に家、いいな」
「お? なら家にするかの? この学園、無駄に敷地が広いからのぉ……家を建てるなら全然問題ないぞい。どうするどうする?」
「うむむ、魅力的……」
「ショッピングモール優待券なんてのもいいぞい。どうするどうする?」
「むぅぅぅぅ……でも、学生寮でワイワイしながら食べるメシも捨てがたいし」
エルクは悩む。
エルシは「女神聖教の件より悩んでいるな……」とため息を吐き、ナイチンゲールはクスクス笑いながら苦笑していた。
すると、ポセイドンが名案を思い付く。
「なら、学生寮にするかの?」
「え?」
「きみに使ってない学生寮をプレゼントしよう。そこに、きみの友人たちを寮生として住まわせるのはどうじゃ? 毎日友人同士で美味いメシは食えるし、交友の場所にもなる。ああ、不純異性交遊はダメじゃぞ? 監督教師も付けて、食堂のおばちゃんも付けてやろう」
「……!」
「校長。さすがにそこまでは」
「いやいや、ワシも昔、個人戦で優勝した時の願いが『ハーレム御殿』だったんじゃ。ワシ好みの女生徒を寮に住まわせ、男はもちろんワシ一人……クックック。実に楽しい学園生活じゃったブフェッ!?」
エルシにブン殴られ、ポセイドンは机にめり込んだ。
ポセイドンが顔を起こすと鼻血が出ていた。鼻を押さえつつ言う。
「ど、どうずる?」
「……じゃあ、お願いします」
「ほっほっほ。くれぐれも、下半身の暴走ギャハァッ!?」
ナイチンゲールの持つ杖にブン殴られ、今度こそポセイドンは気絶した。
とりあえず話は終わった。
エルシは、エルクに言う。
「とりあえず、女神聖教の件は気にしなくていい」
「……でも」
「これは、国の、大人の仕事だ。お前は復讐と学園生活のことを考えておけ」
エルシは、いつの間にか『対等な相手』としてエルクに接していた。
「それと……言っておく。キネーシス公爵家のロシュオ、サリッサだが……今回の件で行方不明になっている。女神聖教に攫われたに違いない」
「……そうですか」
「何かあったらまた話を聞くかもしれん。それまでは、学生生活を楽しめ。学生寮の件は追って伝える」
「はい。ありがとうございます」
「武道大会が終われば、次はダンジョン実習が始まる。楽しみにしておけ」
「はい。では、失礼しました」
エルクは頭を下げ、校長室から出ていった。
ポセイドンは、殴られた部分をさすりながら起きる。
「校長。エルクの話、にわかに信じがたいですが……」
「ま、ワシも半分くらいしか信じとらんよ。さすがに、女神ピピーナに会い、二千年修行したというのはなぁ」
「…………」
「むぅ? どうした、ナイチンゲール」
「いえ。不思議な子だと思いまして……」
嘘はない。
少なくとも、ナイチンゲールはエルクの話を信じていた。
◇◇◇◇◇
エルクが向かったのは、ショッピングモールの飲食店街。
個室のある、わりと大きな食堂。そこに、友人たちが集まっていた。
エマ、ニッケス、メリー、ガンボ、フィーネ。そしてヤト。
エルクが個室に入ると、一気に注目される。
そして、ニッケスが言う。
「どうだった?」
「ちょっと話聞かれただけ。あとは大人の仕事だってさ」
「そっかー……あ、座れよ。メシ頼むか?」
「ああ。腹減った」
エマの隣に座ると、エマがおしぼりを差し出してきた。
受取り、手を拭く。
「エマ、怪我……大丈夫か?」
「はい。傷も残ってないです。あの、ナイチンゲールさん、本当にすごいです」
「死んだ人間も生き返らせることができるってさ。スキルってすごいな」
食事を頼み、みんなで食べた。
そして、食後のジュースを飲んでいると、ヤトが言う。
「……女神聖教、どうするの?」
「……向かってくるなら容赦しない。と言いたいけど……なんの情報もない。でも、新入生も大勢攫われたし、学園も動くと思う」
ロシュオ、サリッサも行方不明。
不思議なことに、エルクはあまり気にしていなかった。
「それまで、学生生活を楽しめだとさ……あ」
と、エルクはここで全員を見た。
「な、みんな。実は俺……学生寮、もらったんだ」
「「「「「「は?」」」」」」
エルクは、個人戦の商品について、みんなに説明を始めた。
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