『醜悪』を司る神官バルタザール

「ぐっ……」

「うええ、動けない……っ」

「何、これ……!!」


 ヤト、フィーネ、メリーの三人はピクリとも動けなかった。

 『醜悪』を司る神官バルタザール。

 その名の通り、醜悪な男だった。見た目も、心も、とにかく最悪。

 いざ戦おうと武器を構えた瞬間、三人はピクリとも動けなくなったのだ。


「ぼくのスキル、動けねぇでしょ? ぐへへ。ぼく、神官の中で、いちばん多くスキルもらったから」


 バルタザールが指をクイクイ動かす───すると、メリーたちは、胸元のボタンを外し始めた。


「「「!?」」」

「ぐっへへへ。はだか、見せて?」

「い、嫌ぁぁ!? ちょ、マジでキモいぃぃぃっ!!」


 フィーネが叫ぶが、手が止まらない。

 ボタンが外れ、胸を包む下着と綺麗なお腹が見える。

 バルタザールがハァハァ興奮しているのが、また気持ち悪い。


「クソ……ッ!! っぐ」


 天井に磔になっているガンボは、切断された右腕の痛みを堪え何とかしようと周囲を見渡す。

 すると、どうしていいのかわからず青くなっているニッケスと目が合った。


「お前、何とかしろ……ッ!!」

「む、無理だ。オレのスキルは『計算』だぞ? それに、逃げたら狙い撃ちされちまう……!!」

「テメェの妹が剥かれてんだぞ!? 兄貴なら守れ!!」

「~~~っ」


 はらりと、メリーが上着を脱いだ。

 均整の取れた肢体があらわになる。下着姿で、羞恥に震えていた。

 

「ッっっ!! くそ……オレは」


 足が震える。

 どうにもできない。

 妹が、友人が、得体の知れない醜悪な男の手でオモチャにされかけているのに。

 スキル『計算』で、何ができる?

 何を計算する? それとも、特に鍛えていない肉体で拳を振うか? 

 無理だ。殺される。

 バルタザールは、メリーたちに夢中だ。そもそも、ニッケスなどその辺の瓦礫と同じような存在としか思っていない。

 

「ぐひゅひゅ……きれいな肌。きれい」

「く、ぅ……」


 メリーは恐怖している。

 涙を流し、羞恥に震えている。

 ヤトは歯を食いしばり、フィーネはキャーキャー言いながら首を振っていた。

 

「くそ、くそ……オレには、何も」


 ───ぽたっ。


「……え?」


 何かが落ちてきた。

 上を見ると、磔にされたガンボ。

 落ちてきたのは、ガンボの血……だが。


「……これは」


 ガンボの血が、何かを伝って落ちてきた。

 ニッケスは眼鏡をくいッと持ち上げ、それを見る。

 そして、見えた……それは。


「……糸?」


 そう、糸。

 ガンボの身体は、糸で拘束されていた。

 

「待てよ。身体を拘束するスキルなら、指一本動かせないはず。エルクのスキルがそうだからな……でも、おかしい」


 ニッケスはフィーネを見る。

 

「いやーっ!! いやーっ!! ちょ、ブラやめて、ブラまじでやめて!!」


 胸を覆う下着に手を掛けている。

 だが、フィーネは、首をブンブン・・・・・・振っていた・・・・・

 ニッケスは確信した。


「そうか、糸……こいつは、糸でみんなを拘束してるんだ。それなら……ッ!!」


 ニッケスは覚悟を決めた。


「メリー!!」

「ッ!! に、兄さん……?」

「ああ? なんだおめぇ?……邪魔、すんな」


 この瞬間、ニッケスは横っ飛びした。

 スパン!! と、ニッケスの立っていた地面が切り裂かれる。

 大汗を流しつつも、眼鏡を押さえ側頭部をトントン叩く。

 土壇場の、命を賭けたやりとりが───ニッケスのスキルを進化させた。


「スキル、『予測』……!! へ、へへ、お前の攻撃を『予測』できた」

「あぁぁ?」


 だが、ここまで。

 ニッケスは、『予測』を戦闘に使う身体能力がない。

 市場の流通、流行する商品を『予測』するのがニッケスの使い方だ。商人であるニッケスに、戦闘力など必要がない。

 だから───愛する妹に託す。


「メリー!! 全身放電!!」

「え……?」

「兄ちゃんを信じろっ!!」

「───はいっ!!」


 メリーの髪が逆立ち、全身から紫電の雷が放出される。


「あぁぁ!? ぼくの『糸』がぁ!?」


 糸が焼き切れた。

 ガンボが落下し、ヤト、フィーネ、メリーの身体がガクンと落ちる。

 最初に動いたのは、ヤトだった。


「よくも辱めてくれたわね。六天魔王、『獅子空斬』!!」

「おぎょっ!?」


 一瞬で刀を抜いたヤトの連続斬り。バルタザールの身体に無数の切れ込みが入り、一気に裂ける。


「次、アタシ!! 乙女の身体を弄んだ罰!!」

「腕の借り、返すぜぇ!!」


 フィーネの『加速』による強烈な蹴りと、怒りに青筋を浮かべ左手を硬化させたガンボの拳が、バルタザールの顔面に突き刺さった。

 そして、下着姿のメリーが紫電を纏い、剣を構える。


「雷迅剣、『雷竜砲』!!」


 紫電が竜となり、バルタザールを包み込む。


「あばばばっばばばばばぼぼぼぼぎゃぎゃぎゃ!?」


 感電、電熱による全身火傷を負いながら、バルタザールは吹き飛んで壁に叩きつけられた。

 こうして、『醜悪』のバルタザールは討伐───。


「うぅぅん。いててて……あぁぁもう、せっかくのお乳が見れなかったぁ」

「「「「「!?」」」」」


 バルタザールは、全身黒焦げの状態で起き上がる。

 そして、ヤトたちの目の前で異常事態が起きた。

 黒焦げの皮膚に亀裂が入り、ずるずると水っぽい音を立てながら『割れた』……そして、その中から、無傷のバルタザールが現れたのだ。


「『脱皮』……えへへ、ぼく、不死身なの。えへへ」

「ぅ……」


 あまりのおぞましさに、メリーが口元を押さえる。

 バルタザールは、額に青筋を浮かべていた。


「ちょっと怒ったぞぉ……」

「「「「「っ!!」」」」」

「えへへ。えへ───……あらら? あぁ~ごめん、帰らなきゃ」


 だが、バルタザールはすぐにグチャっと笑みを浮かべた。

 そして、ずるずると水っぽい音を立てながら、あっけなく帰っていった。


「「「「「…………」」」」」


 五人はしばらく茫然として……ニッケスが言った。


「た、助かった、のか……?」

「さぁな。っぐ……クソ、いてぇ」

「お、おい。大丈夫かよ!?」


 ニッケスは汗拭き用の手拭いを荷物から出し、ガンボの止血と手当てをする。


「わりぃな」

「いいって。おい、お前らは大丈夫……おぉぅ」

「私たちは大丈夫です。兄さん……ありがとうございます」

「うんうん。ニッケス、すごかったよね! ね、スキル進化したの?」

「え、あ、まぁ」

「ガンボさん、腕は大丈夫ですか? あの、兄さんを叱咤してくれたようで……ありがとうございます」

「あ、ああ。気にすんな」

「お? ガンボ、照れてる?」

「うっせぇ……」


 ガンボとニッケスは目を反らす。それを照れていると勘違いしたのか、メリーが苦笑しフィーネが茶化す。

 だが……ヤトが言った。


「あなたたち、さっさと服着なさいよ」

「「え」」

「「…………」」


 すでに服を着たヤトは、呆れたように苦笑した。

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