死烏
エレナは、何の抵抗もできずメイザースの隣の壁に叩き付けられた。
エルクの目は、初めからロロに向いている。
ロロは、ナイフを構えた。
「スキル、『スキルキャンセラー』!!」
ロロを中心に、『スキル使用不可能』空間が広がる。
エルクは念動力を発動したが、小石すら動かない。スキルを完全無効化するチートスキル。ある意味、『洗脳』スキルより厄介だ。
だが、エルクは意に介していない。
ロロはエルクに向かって走る。両手に持つ短剣を弄びながら。
「やるじゃないですかエルクさん!! でも、ボクの領域内ではスキルが使えませんよ!! このまま切り刻んであげましょう!!」
「…………領域」
エルクは左手をロロへ───ではなく、ロロの左側へ向けた。
その間、ロロはエルクに迫る。
「短剣技の最上位スキル。『ジャックザリッパー』の力をご覧ください!!」
短剣聖よりも上位。
最終スキルである『ジャックザリッパー』のナイフ技だ。
ロロは両手を器用に使い、十本のナイフを同時に操っている。
指先、手首、肘、肩関節を最大限に使い、宙にナイフを飛ばしつつ迫ってきた。
「ッしゃぁ!!」
ロロはナイフを投擲。
エルクは両手のブレードを展開し、ナイフを弾き飛ばす。
すると、すでにロロは接近していた。
エルクの弾いたナイフを脚で蹴り、再び手元へ。
踊るように、ナイフ攻撃を繰り出すロロ。芸術のような動きっぷりに、エルクも舌打ちした。
「あはは!! スキルが使えないんじゃ仕方ないですよねぇ!?」
「ぐっ……」
ナイフが、エルクの右腕を掠る。
血が出たが、エルクは無視。
両手のナイフを振り下ろすエルクに向かって、右手を向けた。
「スキルは使えがぼっ」
ガツン!! と、どこからか岩が飛んできた。
頭に命中したせいで、ロロの目がちかちかする。
そこに───エルク渾身のアッパーカットが顎に突き刺さった。
「っごが!? なな、にゃんで」
舌を噛んだのか、ろれつが回っていない。
スキルキャンセラーが解除されたのを確認し、エルクは言った。
「お前の『スキルキャンセラー』だっけ? 領域ってことは効果範囲があるはずだ。だから俺は、領域外に落ちてる石を念動力で操作して、お前が隙を出す瞬間まで待ってたんだよ」
「な、な」
「ロロ……ここからは、マジでツブしてやるからな!!」
怒りに燃えるエルクの反撃が始まった。
◇◇◇◇◇◇
エルクは念動力でロロを引き寄せ、カウンターの勢いで顔面を殴り潰す。
地面に激突したロロを念動力で拘束。そのまま闘技場の壁という壁に、とにかく叩きつけまくった。
全身の骨が折れたのか。それでもエルクは止まらない。
自らの身体を浮かし、闘技場舞台ごとロロを持ち上げ、はるか上空へ。
エルクは、ガラティン王国郊外の平原にある大地を、念動力でくりぬいた。
その大きさ、直径800メートル。数は600以上。
「た、たふけ」
ロロが何かを言ったが、エルクは聞いていない。
くりぬいた大地を舞台へぶつけ、さらにぶつけ、さらにぶつけ、さらにぶつけ───を、600回繰り返す。すると、上空には直径数キロの巨大な『球体』が浮かんでいた。
エルクはそれを限界まで上昇させ───全力で、地面に向けて叩き付けた。
「思い知れ」
地震が起きた。
エルクによってつくられた『球体』が地面に激突。球体は粉々に砕け散った。
念動力により大地が守られていたので、ガラティン王国の被害は震度5程度の地震で済んだ。この地震がたった一人の『念動力』使いによって引き起こされたなど、解明されることはなかったという。
そして、球体の中から……両手両足がぐにゃぐにゃに折れ曲がり、全身血塗れの少年が出てきた。だが、少年が現れた瞬間、恐ろしい勢いで引っ張られ、闘技場に戻ってきた。
エルクの念動力により引っ張られたロロは、半死半生のまま倒れた。
◇◇◇◇◇◇
女神聖教の神官三人を倒したエルクは、エマにそっと触れた。
エマは、死んでしまった。
念動力で出血を押さえているが、もう意味はない。
「大丈夫」
「……え?」
「ありがとう、少年」
「…………あ」
だが、突如として現れた『輝く女性』が、エマにそっと触れた。
次の瞬間。エマの傷がふさがり、顔に赤みがさし……エマが、目を開けた。
「……う、ん。あれ?」
「エマ……エマっ!!」
「きゃぁ!? ええ、エルクさん!?」
「よかった、よかった……うう、ありがとう、ありがとう」
輝く女性はにっこりと微笑んだ。
すると、腰を押さえながらポセイドンがやってきた。
「おお~いナイチンゲール。怪我人わんさかじゃぁ!! 早く治療、素早く治療をぉぉ!!」 うぐぐ。腰が、腰が……」
「わかりました。先生……では少年、また会いましょう」
「あ、はい……あの、ありがとうございました!!」
「いえ。こちらこそ。あなたが『壁』を破壊したおかげで、こうして闘技場に入れるようになりました。それと……申し訳ございません。女神聖教との戦いをあなただけに任せて」
「……い、いえ」
「ですが、『人形』が破壊された程度では、諦めないでしょう。少年、あなたとはまた会う必要がありそうですね」
「…………」
輝く女性ことナイチンゲールは、ポセイドンと一緒に行ってしまった。
メイザースの魔法により闘技場に入ることができなかったが、エルクがメイザースを倒したことで、闘技場に入れるようになったのだ。最初に目に入ったのが、死亡したエマだったという。
そして、気付く。
「ん? 人形?……あ!? 噓だろ」
ロロ、メイザース、エレナは、『人形』だった。
木製の、デッサン人形のような物が転がっていた。どうやらスキルで操られていた偽物らしい。
さすがに、わけがわからない。
だが……いくつか、わかった。
「女神聖教……」
女神ピピーナを崇める組織。
エルクとは違う、ピピーナを崇拝する連中だ。
間違いなく、これからの敵となるだろう。
学園の新入生が、二百人ほど攫われた。さらに、怪我人多数……個人戦は、どうなったのだろうか。
「エルクさん……」
「エマ。ごめん……今度は必ず、守るから」
「はい……」
そう言って、エルクは力強く頷いた。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
「あ───……壊れちゃった」
女神聖教本部。
『聖典泰星』メイザースは、自分が作った『人形』が破壊されるのを感じ取った。
それを見ていたのは、『虚無』のロロファルドに、『聖女』のエレナ。
「人形、壊れたの? ま、仕方ないね。スキル使える人形魔法でも、本人の十分の一以下しか力出せないんだから」
「そうね。ね、メイザース。なんでバルタザールの人形は作らなかったの?」
「キモイから」
「あはは。わかるわかる。ボク、あの醜いやつ嫌いなんだよね」
「あ、まって。壊れた人形から情報きた」
メイザースは、壊れた人形から破壊前の情報を手に入れていた。
頭の中に、当時の情報が───。
「う、ごぶっ!?」
「「!?」」
メイザースが、吐血した。
鼻血、血涙、耳からも血が出た。
「め、メイザース!? お、おい、どうしたんだよ!?」
「ぅ……」
「どいて」
エレナがメイザースに手を添えると、メイザースの不調は一気に回復する。
聖女エレナ。人類最高の『回復スキル』を持つ聖女である。
メイザースは起き上り、真っ青になっていた。
「伝えなきゃ……」
「な、何を……?」
「神官長に、伝えなきゃ。あの学園に、わたしたちと同じ使徒がいる。あの使徒……
メイザースが見たのは、死の使いであるカラスが、大地を割るほどの念動力でロロを潰す光景だった。
エレナは言う。
「まだダメよ。神官長は、送られてきた生徒……ううん、新たな信者たちを『説いている』最中だから」
「う、うん……でも、本当にやばいの」
「まぁまぁ。まずはボクらに話してよ」
こうして、女神聖教はエルクが『神の使徒』であることを知る。同時に……女神を裏切った許せない使徒であるということも。
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