六割まで

 エルクは走った。

 目的地はただ一つ。闘技場舞台。

 そこに、ロロが……ロロファルドがいる。

 闘技場内に入ると、ロロファルドが舞台の中央に立っていた。


「ロロ!!」

「あ、エルクさん」


 ロロは、先程と同じ……エルクとふざけあったのと同じ笑みを浮かべていた。

 足下には、無数に転がる死体。

 壁際に、エルシ教頭の死体も転がっていた。

 エルクは歯噛みする。空を見上げると、得体の知れない『黒い球』が、生徒たちを吸い込んでいるのが見える。教師や護衛の騎士たちが必死の抵抗をしているのも見えた。

 黒い騎士。恐らく、ヤトの鎧武者と同じ……だが、数が桁違いだ。


『暇な時でいいからさ、その子たちを『始末』してくれない?』


 ピピーナは、そう言った。


「くそ……っ!!」


 女神聖教。

 ピピーナが力を与えた七人の『チートスキル』持ち、七天使徒。

 ロロファルドを、エルクは倒さなければならない。

 だが……相手は、つい先ほどまで笑い合っていた、ロロなのだ。


「ね、エルクさん。エルクさんも、『女神聖教』に来ませんか? エルクさんがいれば、ボクたちの組織も……」

「ロロ!! こんなことやめろ。こんなこと、ピピーナが望んでるわけないだろうが!!」

「女神様を呼び捨てすんじゃねぇぞコラァァァァァッ!! テメェ、何様のつもりなんじゃワレェェェ!? め、女神様、女神様を名指し、名指しだとぉアァァァァァッ!?」


 ロロは、顔を歪め吠えた。

 女の子らしい顔が、凶悪に歪む。

 だが、すぐに呼吸を整え、にっこり笑った。


「エルクさん。やっぱりあなた、女神の使徒だったんですね」

「女神の使徒?」

「とぼけちゃって。エルクさんもなんでしょ? あの空間で・・・・・、女神様から『チートスキル』を授かった、そして生き返ったんでしょ?」

「俺は、何ももらっていない」

「またまた!! ま、話はあとでゆっくりと。今は、信者を集めるのに忙しいんです。エルクさんと本気で戦ってみたい気持ちはあるけどね……ね、エルクさん」

「……なんだよ」

「ボクと、一緒に来ませんか? これは本気の勧誘です」

「…………」


 ロロはエルクに向けて手を差し伸べる。


「ボク以外にも六人います。女神様から『チートスキル』を授かった仲間が。ボクたちは絶望し、命を諦めかけたことがある……そんな時です。女神様が、ボクらに……う、うぅぅ、ボクらに、奇跡を授けてくれた。あぁ、あぁぁっ!! あの時のうれしさ、眩しさはもう、もう……っ!!」

「…………」


 ロロは涙を流し出す。

 異常。これがロロの本性。

 どうすべきか、エルクは悩む。


「エルクさん。エルクさんも、女神聖教の本部へ行きましょう? そこに行けば、ボクらの仲間が『女神ピピーナ様』の素晴らしさを教えてくれる。神官長は、素晴らしい方で」

「洗脳、か? あんな風に攫った信者たちを押さえつける方法なんて、洗脳くらいしかないもんな。俺でもわかるし、授業でも習った……『洗脳』スキルは、所持するだけで犯罪だ!!」


 スキル『洗脳』は、所持するだけで大罪である。

 もちろん、生まれ持ったスキルである以上仕方ない。なので、洗脳スキルを持って生まれた人間は、スキルの使用を許可しない代わりに、両親を含め一生困らないだけの生活を約束される。

 ロロは、つまらなそうに言う。


「ま、正解です。洗脳しちゃえば、どんなに嫌がっても言うこと聞いちゃいます」

「ロロ……ッ!!」

「怖いなぁ」


 ロロは肩をすくめ、ナイフを指先で弄ぶ。

 すると、ロロの隣に黒い穴が空き、そこから一人の少女が現れた。


「や、メイザース」

「その名前やめて。リリィって呼んで」

「はいはい。で、どうだい?」

「もうすこしで終わり。でも、数多すぎて全員は無理。がんばって二百人くらいかなぁ」

「少なっ……え、それだけなの?」

「選別しながらだから仕方ないの。で……誰? これ」

「エルクさん。すっごく強い人なんだ。たぶん、ボクらと同じ『使徒』だ」

「えー?」


 リリィ・メイザース。

 十四歳くらいの少女だろうか。豪華絢爛なローブを纏い、大きな魔女帽子を被っている。手には巨大な杖を持ち、エルクを胡散臭そうに見つめていた。

 女神聖教、七天使徒。『聖典泰星せいてんたいせい』を司る神官。

 ロロは、メイザースに言う。


「メイザース。エルクさんを拘束して。本部に連れて帰る」

「本気?」

「うん。エルクさんも、ボクらの味方になる。女神様のためだ」

「ならいい」

「……っ!!」


 メイザースが杖を向ける。

 すると、またしても『黒い穴』が開き、そこから人が現れた。

 エルクは、驚愕した。


「え……エレナ、先輩?」

「ごめんね、エルクくん」

「───……エマ!?」


 エレナの背後には、エマが立っていた。

 目の焦点が合っていない。フラフラしながら、ようやくと言った感じで立っている。

 ロロは首を傾げた。


「うわ、何したの?」

「ちょっと薬嗅がせただけ。エルクくんのこと、いろいろ知ってそうだったから……でも、ハズレね。エルクくん、本当に『念動力』しか持ってないみたい。女神様の使徒っていうのも考えられないわ……『あの世界』に行ったなら、チートスキルを得ないとおかしいもの」

「エマ!!」


 エルクが右腕をエマへ向ける。

 だが───ロロは笑った。


「じゃあ、いらないか」


 エマが引き寄せられない。

 エルクは驚愕に目を見開き───ロロが、ナイフをエマの胸に突き刺した。


「あ───」

「あ、こら。もう……」


 どさりと、エマが倒れた。

 血だまりが広がる。

 エルクは、呆然として動けなかった。


「エマ? エマ……」

「あーあ。やっちゃった。ロロってばひどい」

「あはは。メイザース、覚えておきなよ。神官長の『洗脳』は、空っぽのほうが入りやすい・・・・・んだって。エルクさん、この子のこと気にしてたみたいだし……目の前で殺したら、きっと心が壊れるかなって」

「悪趣味」

「同感。この子、けっこう可愛かったのに」


 エルクは、倒れ血を流し動かないエマを、ジッと見つめた。

 そして、目の前にいる三人。

 ロロ、メイザース、エレナを見る。


「…………」


 ◇◇◇◇◇◇


『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』

『全力は六割まで、いいわね?』


 ◇◇◇◇◇◇




「………………………………七割半・・・




 ◇◇◇◇◇◇


 それは、怖気だった。


「「「───っっ!?」」」


 ロロ、エレナ、メイザースがエルクを見た。

 エルクは……眼帯マスクを着け、フードを被る。

 左目だけしか素肌が見えない。だが、その左目もまた、真っ黒に染まっていた。

 ロロは、思わずナイフを構える。


「な、なんだ? さ、寒い……」

「…………ね、ねぇ、ヤバくない?」

「…………鑑定」


 メイザースが、エルクに向けて『鑑定』魔法を使った───次の瞬間。


「ぅ!? っげぇあっ!? ごぼぼっ、げっぼぉぉあ!?」


 吐血、嘔吐。

 舞台を吐瀉物と血が汚す。

 メイザースは、ガタガタ震えながら言った。


壊れてる・・・・スキルが・・・・壊れ狂ってる・・・・・・……」

「ど、どういう……」

「ね、念動力だよ。こいつのスキル、念動力……でも、ヤバい。これ、ヤバい。こいつ、関わっちゃいけない。こいつ、女神様の使徒なんかじゃない……ロロ、エレナ、やば───」


 バゴン!! 

 メイザースが、消えた。

 エルクの念動力で、壁に叩き付けられて失神したのだ。

 

「殺す」


 両手を広げ、どす黒いオーラを纏いながら、死の使いである『死烏スケアクロウ』は両手を広げた。

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