チートスキル

 チートスキル。

 それは、伝説のスキル。

 この世界を生み出した『女神』が、選ばれし者のために作り授けた、唯一のスキル。

 チートスキルを宿し者は、世界の覇者となれる。


「これが、チートスキルです」


 ロロことロロファルドは、舞台の上で両手を広げた。

 その足下には、幾人もの教師、冒険者、騎士が無惨な姿で転がっている。

 ロロファルドは、顔に付いた返り血をベロリと舐める。


「全く、問答無用で襲い掛かってくるなんて。まだ『大事なお話』があるのに」


 会場はパニック寸前だった。

 逃げ惑う生徒たち。だが、なぜか闘技場の入口に『黒い壁』があり出られない。

 さらにさらに、どこから現れたのか、漆黒の騎士が数百名ほど現れ、生徒たちを観客席に押し戻したのだ。生徒たちは逆らえず、全員が元の席へ座る。

 ロロファルドは、女子のような甘い笑みを浮かべる。すると、彼の目の前に小さな棒が現れた。


「ありがとう。メイザース。あー、あー……よし」


 ロロファルドが棒を掴み、口元へ。


『えー、聞こえますでしょうか。会場の皆さん』


 それは、魔法で強化したマイクだった。


『とりあえず、落ち着きました? 大丈夫、ボクの話が終わったらちゃんとここから出れますので。では、ボクの大事なお話、聞いてくださいね』


 ロロは両手を広げ、クルクル回りながら言う。


『皆さん、ボクたちの仲間に……敬遠なる女神の使徒へお迎えします。若く強く逞しい、十六歳からニ十歳以上の男女を、我ら『女神聖教』へお送りします!! 怖がることはありません。女神様はあなたたちを温かく迎えてくれますので』


 ───と、ここで、炎弾がロロファルドへ飛んできた。

 が、炎弾はロロファルドに直撃する前に霧散する。


「ふざけるな、貴様……ッ!! 女神聖教の目的は、信者集めか!!」


 学園教頭のエルシだ。

 ロロは「あはは」と笑い、頬をポリポリ掻く。


「ま、そんなところです。女神聖教は七人の『神官』と信者が百名ほどの小さい組織でして。せっかくなので、今年の新入生を根こそぎいただいちゃおうかなぁと」

「ふざけるな!!」


 エルシが飛び出す。

 舞台の上に立ったエルシは、ナイフを構えた。


「あ、ボクと同じですか?」

「黙れ!!」

「あはは。教頭先生、意外と熱くなるタイプなんですね」


 短剣聖。

 短剣技がスキル進化した、短剣の高位スキル。

 ダブルであるエルシのもう一つのスキル、『時間操作』と合わせ、近接戦では無類の強さを誇る。五十年以上前、武道大会個人戦優勝もしたことがある女傑───。


「───!?」

「あれ? どうしたんです?」


 エルシは急停止した。

 そして、己の身体……顔に触れる。


「なっ……」

「あれれ~? 教頭先生、けっこうなおばあちゃんなんですねぇ? ふふ。若作りしてたんですか?」


 一瞬で身体が重くなる。

 エルシの『時間操作』が、解除されていた。

 それだけじゃない。短剣聖としての力も何も感じない。

 まるで、スキルを失った人間。

 エルシは勘づいた。が……ロロファルドは、すでにエルシの目の前にいた。


「気づきました? そう、これがボクの『チートスキル』です。その名も、『スキルキャンセラー』……ボクが展開した領域内のスキルとその効果を、完全に無効化するスキル。まさに、スキル殺しの力」

「馬鹿な……」

「これがチートスキルです。では」


 ドドドドドドッ!! と、ナイフによる突きを連続で食らったエルシは吹き飛び、血を噴き出しながら場外へ転がった。

 ロロファルドは、上空に向けて言う。


「メイザース、やっちゃって」


 すると、観客席にいくつか大きな『黒い穴』が開き、生徒たちが飲み込まれ始めたのだ。

 

「きゃぁぁぁぁ!?」「うわぁぁぁ!?」「な。なんだこれ!?」

「怖いよぉぉぉつ!!」「た、タスケ」「嫌だぁぁぁぁっ!!」


 無差別に、黒い穴は生徒の飲み込んでいく。

 

「大丈夫!! 女神聖教は、あなたたちを優しくお迎えします!! 女神ピピーナ様を信じる者は、きっと救われます!! あはは、あははははははっ!!」


 ロロファルドは、まるで踊るように舞台の上で回っていた。


 ◇◇◇◇◇◇


「───……ロロ」


 エルクは、投影板からこの光景を見ていた。

 女神聖教

 女神ピピーナ。

 そして、チートスキル。


「な、なにこれ……どういう」

「え、エルクさん……」


 エレナ、エマも驚いていた。 

 特にエマ。顔色が悪い……怖いのだろう。

 エルクは言う。


「エレナ先輩、エマ、ここから動かないで」

「え……エルクさん?」

「俺、あいつのところに行く。ロロ……あの野郎」

「エルクさんっ!!」


 エルクは控室を飛び出した。

 すると、こちらに向かってくるガンボ、フィーネ、メリー、ヤト、ニッケス。


「みんな、無事だったか!!」

「お、おう。みんなでメリーの見舞いしてたんだ。そしたら、投影板にロロちゃんが……あんな、凶悪な笑み浮かべて」


 ニッケスが困惑していた。

 すると、ヤトが静かに言う。


「あれが本性なのよ。人は誰でも裏の顔を持っているものよ」

「へぇ、まるであんたもそうだって言わんばかりだな」

「ええ、そうよ? 知りたい?」

「え、遠慮します……」


 ニッケスはガンボの背中に隠れた。

 ガンボは鬱陶しそうにニッケスを引き剥がす。


「で、どうすんだ。あの野郎、外でとんでもねぇことしてるぞ。闘技場内にいる生徒を、黒い穴に放り込んでやがる」

「あれは、転移魔法か、転移系スキルか……でも、人間そのものを転移させる魔法、スキルは高レベル。あのロロ……ロロファルドのお仲間も、相当な実力者でしょうね」

「ね、ねぇ~……」


 フィーネが挙手。

 全員、フィーネを見た。


「『女神聖教』って、なに?」

「「「「…………」」」」


 全員、黙り込む。

 答えは、外で猛威を振るうロロファルドから聞くしかない。

 だが、エルクは言った。


「みんな、女神ピピーナってわかるか?」

「なんだよいきなり。『創造神』がどうかしたのか?」

「創造神……?」

「この世界とスキルを作った神様のことだろ。そんなの、子供の読む絵本でも、歴史の教科書にも載ってるぞ。まぁ、神様なんて存在、過去の誰かがスキルを与えた『誰か』を崇拝するために作り出した虚像ともいわれてるけどな」

「…………違う」


 エルクは首を振った。


「ピピーナは存在する。ロロファルドは、きっとピピーナに力を与えられた人間だ」

「……おま、何言ってんだ?」

「悪い。みんな、俺はロロを止める。あいつは……俺が止めなくちゃ」

「あ、おい!!」


 エルクは走り出した。

 振り返らず、ロロファルドを目指して走り出す。

 だからこそ───気付かなかった。


「あいつ、どうしたんだ?」

「兄さん、それより……ここから脱出する方法を考えないと」

「だな。まずは、先生たちと───」


 と、ニッケスがメリーを見た瞬間。


「く、ふふふ。はははぁ~……お、女の子、いっぱい。や、やわらかそう……食べてみたいな。さわってみたいな。えへ、えへへははは」


 ナニカ、いた。

 ボロボロの布切れを身に纏い、とんでもない猫背でほぼ前かがみになっている。

 顔つきは醜悪で、顔じゅうイボだらけ、目はずっと潤み、頬がだらりと垂れさがっていた。

 腕は枯れ枝のように細く、爪が異状に長くボロボロ。口から吐き出される声は、聞くに堪えない悪音だった。

 ガンボ、フィーネ、ヤト、メリーがすぐに戦闘態勢を取る。


「えへ、えへへ。あのね、ぼく、『醜悪』のバルタザールっていうの。しゅうあく、どういう意味かよくわかんないけど。えへへ、女神様から力をもらって、女神聖教の神官に選ばれたの。えへへ、えへへ。ぼくね、女の子だいすき。やわらかくって、はだかにして、いっぱい舐めて……うへへ、へへ」


 醜悪。ただそれだけ。

 ガンボはニッケスを押しのけ、誰より速くバルタザールに殴りかかった。

 こんな醜い生物、女子に触れさせるわけにはいかない。

 彼にそんな気遣いがあったのかは不明だが、それでもガンボは動いた。


「おとこ、いらね」

「───ッッッ!?」


 バルタザールが指をクイッと動かした瞬間、ガンボの右腕が肘から切断された。


「な、っがァァァァァぁぁつ!?」

「おとこ、じゃま」


 バルタザールが指を動かすと、ガンボは大の字になり天井へくっついた。

 ヤトは言う。


「まさか、念動力……」

「ち、ちがう。あんなクソスキルじゃない。ぼくのスキル、知りたい? ぼく、女神様からいっぱいスキルもらった。えへ、えへへ」

「…………」


 ヤトは『六天魔王』の柄に触れる。

 果たして、斬れるのか。

 目の前にいる得体の知れない『生物』に、ヤトは嫌悪感と───わずかな恐怖を感じた。

 女神聖教、『七天使徒』の一人。『醜悪』を司る神官バルタザール。


「ね、ね、脱がしていい? おんなのこって、硬いおとこと違って、いろいろやわっこいの。ぼく、おんなのこのお胸、好きなんだ」

「「「……気持ち悪い」」」


 ヤト、メリー、フィーネは、あまりに嫌悪に心が一つになった。


 ◇◇◇◇◇◇


 エマは、投影板を見て恐れていた。

 村にオークが来た時よりも怖い。

 だけど、それと同じくらい……エルクを信じていた。


「怖い?」

「……はい」


 エレナが、エマの手をそっと握る。

 少し驚いたが、エレナも怖いのかと思い、その手をそっと握った。

 エレナは、エマの手を握る。


「優しいのね。あなた」

「そんな……私だって怖いです。でも、エルクさんがいますから」

「そう……信じてるのね」

「はい。エルクさんは、昔から───」


 そう呟き、エマは胸に手を当てる。


「ね、あなた。エルクくんのこと、知ってるの?」

「はい。小さなころから、その……知り合いで」

「そうなんだ……じゃあ、彼のスキルも?」

「はい。念動力です」

「あれ、本当に念動力なの?」

「ええ。昔はもっと弱かったんですけど、いろいろありまして……」

「ふ~ん」


 と、エレナはエマの手を握る力を強めた。


「あ、あの……」

「ね、エマちゃん。私に全部、話さない?」

「え?……あ、ぁれ?」


 キィィ~ン……と、エマの頭が痛くなる。

 エレナの目を見ていると、どうも気分がいい。


「大丈夫。私、言わないから」

「…………エルクさん、キネーシス公爵家の仕掛けた罠にかかって……死にかけたんです。そのあと、六年眠って、起きたらすごく強くなってました」

「そうなんだ……ね、エマちゃん。私とお出かけしない?」

「おで、、かけ?」

「うん……ちょっとそこまで、ね」

「……………はぃ」


 女神聖教、七天使徒の一人。『聖母』を司る神官エレナは、エマを連れて控室の外へ出た。

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