ロロとエルク

 エルクは、控室に戻る。

 すると、エレナが苦笑いで出迎えた。


「いやー……何かあったの?」

「え?」

「すごく怒ってたみたいだから」

「……まぁ、そこそこ」


 エルウッドは、担架で運ばれていった。

 きっと、傷跡も残らず治療されるのだろう。問題は、エルウッドをあそこまで叩きのめしたことで、エルクが非常に目立っているということだ。

 エルクとしては、特に問題はない。


「エルクくん。トリプルスキルの天才少年を無傷で倒しちゃったね……きっと、いろいろ調べられると思うよ?」

「別にいいです。俺、やましいことなんてないし」

「ならいいけど……」


 エレナは困ったように笑い、投影板を見た。

 投影板には、ロロが映っている。対戦相手は剣を持った少女だ。

 ロロは少女にペコリと頭を下げる。


「ロロ、頑張れよ」

「あら? 知り合いなの?」

「ええ。予選会で一緒でした。それと、そこそこ話しました」

「ふぅん」


 エレナはさほど興味なさそうに投影板を見る。

 試合が始まった。

 少女の剣と、ロロの短剣が何度かぶつかって火花が散る。

 ロロのスキルは短剣技。対する少女は剣技だ。

 

「やぁっ!!」

「きゃっ!?」


 ロロが少女の剣を弾き、手首を斬りつけた。

 少女の手から血が出る。片手では剣を握れないと判断したのか、少女はギブアップした。

 ロロは手を上げ会場の歓声に応えている。


「……勝ったけど、なんだか普通ね」

「いや、これが普通ですよ。これまでの戦いのレベルが高すぎたんじゃないですか?」

「そうね……全員、A級並みの強さを持ってるし、新入生ならこれが普通なのよね」

「……A級」

「あら、知らないの? 冒険者の等級よ?」

「…………」

「ふふ、授業で習うと思うけど、簡単に教えてあげる」


 エレナ曰く。

 冒険者には等級があり、最低ランクがF、通常ランクがE~A、最高ランクがS級だ。

 単純な強さ、冒険者としての素質を合わせた評価で決まるらしい。

 

「ちなみに、新入生は全員Fランク登録の冒険者よ。ま、見習いね」

「なるほど。さすがエレナ先輩」

「もう、おだてても何もでないわよ?」


 エルクとエレナは笑い合った。

 二回戦、最後の試合も終わり、三十分の休憩となった。

 エルクは控室から出て外の空気を吸う。

 会場の外には出れないので、入口付近でのんびりしていると……ロロとばったり会った。


「お、ロロ。お疲れさん」

「エルクさん! えへへ、勝ち残っちゃいました」

「いやー、お前すごい強いな。びっくりしたぞ」

「そんな。エルクさんのがすごいじゃないですか。あの王太子エルウッドをコテンパンにやっつけちゃうなんて……本当に、すごいスキルを持ってますね」


 近くにベンチがあったので、ロロと並んで座った。


「いやー……あっという間だなぁ」

「ですね。あの、エルクさん」

「ん?」

「その、聞いていいですか? エルクさんのスキルって……」

「念動力」

「……あの、嘘ですよね? 念動力って、軽い物を引き寄せるだけで、レベル10までしか上がらないし、スキル覚醒もしないんじゃ」

「だな。まぁ、俺の念動力はちょっと特別だから」

「特別……」

「ああ。たぶん、世界最強の念動力だと思う」


 エルクは、数メートル先に落ちていた小石を念動力で引き寄せる。

 右手にパシッと小石が収まり、エルクは人差し指で小石を浮かす。


「みんな、信じないんだよなぁ……俺のスキルのこと」

「…………」

「ダブルスキルだの、嘘ついてるだの、スキルを隠してるだの……そんな嘘ついて何の意味あるんだっつーの。俺は念動力しか使ってないし」

「あはは……でも、信じられませんから。念動力って、その……」

「はずれスキル、だろ」

「は、はい……」


 ロロは言いにくそうだった。

 エルクは、「あはは」と笑う。


「ま、何だっていいさ。目立とうが、嫌われようが、俺は俺。スキル『念動力』で戦うだけ」

「……エルクさんは、なんで冒険者になりたいんですか?」

「…………」


 そう言われ、エルクは考えた。

 別に、冒険者になりたいわけじゃない。

 ただ、ガラティーン王立学園に入学すれば、ロシュオやサリッサ……キネーシス公爵家に近づきやすくなり、復讐する機会が増えるから。

 確かに、ダンジョンには惹かれる。復讐だけの人生ではつまらない。

 なら、全て終わった後、冒険者としてダンジョンを冒険するのも楽しいだろう。


「楽しそうだから、かな」

「…………」

「ロロ、お前は?」

「ボクですか? ボクは別に、冒険者になりたいわけじゃないです」

「え、そうなのか?」

「はい」

「じゃあ、なんで?」

「それは秘密です。えへへ」

「なんだよ、言えよー」

「わわ、エルクさん、頭撫でないでくださいっ」


 エルクとロロは、笑いながらじゃれ合っていた。

 エルクは忘れていた。

 次の対戦相手が、ヤトだということを。


 ◇◇◇◇◇


 準決勝戦。

 エルクは眼帯付きマスク、フードをかぶって舞台へ上がる。

 ヤトはすでに立っていた……が、装備が少し変わっていた。


「あれ、ヤト……武器、どうした? 追加か?」

「ええ。あなた相手に手加減できないから。ふふふ……生まれて初めて、全力を出せそう」


 ヤトは、腰に四本、背中に二本『刀』を装備していた。

 それぞれ、鞘の装飾が違う。

 ジロジロ見ていると、実況のアナウンスが入った。


『さぁ、いよいよ準決勝……美しきヤマト国の剣士ヤト、無慈悲なる暗殺者『死烏スケアクロウ』!! 果たして、決勝戦に進むのはどちらの選手か!?』

「俺の名前、言わなくなったし……」

『それでは準決勝第一試合……始めぇぇぇっ!!』


 準決勝が始まった。

 すると、ヤトは身体を捻り、全ての剣を同時に抜く。

 空中に剣が舞う───驚いたことに、剣の形はそれぞれが独特だった。

 細すぎる剣、丸みを帯びた剣、扇のようにバサッと開いた剣、じゃらりと蛇のように垂れる剣、真っ黒な刀身で硬そうな剣、そしていつもの剣。


「『一式馬更いっしきばさら』、『二高天蓋にこうてんがい』、『三弧烈震さんこれっしん』、『四仙桟獄しせんさんごく』、『五柱鉄巻ごちゅうてっかん』、そして『六天魔王ろくてんまおう』」


 ヤトが、呪文を呟くように剣の名前を呼ぶ。

 すると……剣が地面に落ちる前に、変化があった。


「スキル───『武神分身』」


 ヤトの身体が一瞬だけ光ると、その光が五つに分かれ……なんと、鎧武者の姿となり、剣を掴んだ。

 顔は見えない。肌の露出がない完全な『鎧武者』だ。

 スキル『分身』のスキル覚醒は『分身×レベル数』だ。

 分身の最大レベルは100。分身の強さは本体の十分の一。

 そのレベルを超えると、分身は更なるスキル覚醒をする。

 それが、『武神分身』だ。本人と全く同じ戦力を持ち、スキルまで使用可能。

 『洞察眼』、『居合』、『武神分身』……三つのスキルを持つヤマト国の剣士。『人斬り夜叉姫』と呼ばれた少女、式場夜刀の本気だった。


「エルク。手加減は無用よ……全力でかかってきなさい」

「…………わかった」


 エルクは両手を広げた。

 ヤトが本気を出すなら、エルクも多少本気を出す。


「五割で相手をする。行くぞ、ヤト」


 『念動力』と、『人斬り夜叉姫』の戦いが始まった。

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