メリー対ヤト

 舞台の上に立つ、二人の少女。

 一人はメリー、もう一人はヤト。

 二人の間には、闘気と殺気が渦巻いている。会場内もその空気を感じ取ったのか、重い沈黙に包まれていた……断じて、新入生、ましてや16歳の少女に出せる雰囲気ではない。

 エルクも、控室で二人を見ていた。


「投影板越しでも伝わる……この二人、強い」

「ええ。すごい……」


 エレナも、ごくりと唾を飲み込む。

 重い雰囲気の中、メリーが言う。


「ようやく、見せられますね……私の剣を」

「ええ、楽しみ」

「言っておきますが、手加減……いえ、不要ですね」

「……あなた、面白いわね」


 ヤトは腰の刀、『六天魔王』にそっと触れる。

 メリーも、腰に刺している剣『オートクレール』を抜く。

 互いに剣を構え、向き合う……実況も、開始を宣言する立場なのだが、飲まれてしまい何も言えない。

 そして、開始の合図もなく互いにぶつかった。


「「───ッッ!!」」


 ガッキィィン!! と、剣と刀がぶつかり火花が散る。

 金属が擦れあう音が響いた。

 エルクは言う。


「力は……メリーが少し上か」

「ッシ!!」

「っつ」


 強引に、力任せにヤトの剣が弾かれる。

 同時に、メリーは刀身をなぞるように触れた。


「『ライジング・ウェポン』!!」


 メリーの『オートクレール』が紫電を纏う。

 そこから繰り出されるのは、剣技レベル78の技。


「雷迅剣、『三爪断』!!」


 右薙ぎ、左薙ぎ、返しの右薙ぎの三連切り。

 打ち合いは不可能。ヤトはバックステップで躱す。

 すぐに刀を構えるが、メリーはすでに剣を振りかぶっていた。


「雷迅剣、『落雷斬』!!」


 ピシャァン!! と、落雷が落ちたような音が響く。

 雷を帯びた剣を思い切り振り下ろし、石畳が砕け散る。

 ヤトは驚いたような顔をして剣を構えるが、砕け散った石畳がいくつか身体をかすめ、血が出た。


「はぁぁぁぁぁっ!!」

「───チッ」

 

 ヤトは舌打ちする。

 メリーの攻撃が激しく、躱し続けるしかない。

 ふと、エレナは気になった。


「あの子、あの技使えばいいのに」

「あの技?」

「前の試合で、一瞬で鎖を斬った技」


 鎖付き鉄球の少年と戦った時、ヤトは一瞬で鎖を切断した。

 その時のスキルを使えば、メリーの攻撃を受けることも可能……エレナはそう考えた。

 だが、エルクは目を細める。


「使わないんじゃなくて、使えない……とか」

「え?」

「スキルを使うための条件があるんだと思います。そうだな……例えば、剣を鞘に納めないと使えない、とか?」

「……確かに」


 ずばり、その通りだった。

 オートカウンタースキル『居合』の使用条件は、『剣を鞘に納めている』ことだ。

 メリーの攻撃が激しすぎ、剣を鞘に納める暇がない。

 今は、『洞察眼』を使い、辛うじて剣を躱していた。

 

「すげぇ……メリーの雷剣、それを躱すヤト……どっちもすごい」

「確かに、新入生とは思えないわね……」


 と、ここで均衡が崩れた。

 

「見えてきた」

「ッ!!」


 ヤトが、メリーの剣を完全に躱し始めた。

 見切っている。

 メリーはそう思い、バックステップで下がる。


「剣技、『空刃斬・雷咆哮』!!」


 雷の衝撃波が飛ぶ。

 だが───ヤトはすでに剣を鞘に納めていた。

 ヤトの手がブレた瞬間、雷の衝撃波は威力が散る。

 これにはエルクも驚く。


「マジか……雷も斬れるのかよ」

「くっ……」


 メリーは連続で剣を振うが、ヤトは全ての衝撃波を叩き斬る。

 そして、ゆっくり、ゆっくりと……メリーに近づく。

 その間も、メリーは『空刃斬・雷咆哮』を放つ。だが、ヤトは全て斬り伏せていた。

 スキル『居合』……オートカウンタースキルは、無敵に近い。


「こうなったら、出すしかありませんね……」

「…………」

「私の、切り札を」


 メリーは剣を掲げる。

 すると、メリーは全身を帯電させ、その雷を全て剣へ。

 剣に集まった雷は、そのまま上空へ放たれ……メリーの上空の雲が、黒く変色する。

 雷雲。メリーは『雷電』の力で、雷雲を生み出したのだ。


「雷迅剣、奥義……!!」

「…………」


 ヤトは腰を低くし、六天魔王の柄に触れた。

 そして───雷雲によって増幅された雷がメリーに落ち、メリーは紫電に輝きながらヤトへ向かう。

 雷を推進力に変えているのか、速度が桁違いに速い。

 

「『雷神斬』!!


 雷を纏う、究極の斬撃。

 ヤトは言う。

 一秒もない時間だった。だが……メリーは確かに聞いた。


「馬鹿にしてごめんなさい。あなたの剣、本当にすごいわ」


 キチ、と、静かに鍔が鳴る。

 

「六天魔王、居合の型────『拈華微笑ねんげみしょう』」


 ドン!!────と、メリーの右腕が肩から切断された。


「ッッッッ……!?」


 ぼとり、と右腕が落ち、メリーも蹲る。

 

「本当に、速かった……私の、勝ち」


 メリーは見た。

 ヤトの頬から、ツゥー……と、血が流れていた。

 メリーの一撃が、ほんのわずかに掠ったのだ。

 だが、掠ったのと右腕の切断では、勝ちは明らかだ。

 

「負けました」


 そう言って、メリーは倒れた。


 ◇◇◇◇◇


「…………っぷ、はぁ」

「息、忘れてたわ……」


 エルクとエレナは、ようやく息を吐きだした。

 それくらい、目が離せない試合だった。

 メリーが担架で運ばれていく。そこに、ニッケスが何かを叫びながら付き添っているのが見えた。メリーはやかましそうに苦笑している……大丈夫そうだ。


「ナイチンゲール様なら、傷跡も残らず治療するから大丈夫だよ」

「ほんとに信頼してるんですね……殺し合いみたいな戦いなのに」

「そりゃ、ダンジョン演習とかで実際に死人出るからねぇ。蘇生魔法、蘇生スキルはあるけど、状態によっては成功しない場合もあるから。だから、冒険者は死と隣り合わせ。エルクくんも、一年も学園で過ごせば腕や足が落ちたくらいで動じることなくなるよ?」

「そ、それもどうかと……」

「あ、それより、エルクくんの番だよ」

「え? あ、そうだった」


 エルクは大きく伸びをして、首をコキコキ鳴らす。

 エレナは、エルクに言った。


「応援してるよ。がんばってね!」

「はい。じゃ、行ってきます」


 エルクは眼帯マスクをかぶり、フードを被った。

 そして、闘技場へ続く通路を一人、歩く。


『いや~……とんでもない試合でした。私、実況の仕事忘れてましたよ……あはは。皆さんも気付いてないようでしたので、忘れてね! では、次の試合! 両選手入場ッッ!!』


 エルクは、闘技場内へ。すると、大歓声がエルクを迎えた。


「がんばれーっ!」

「エルクさん、頑張ってくださーいっ!」

「……フン」


 最前列に、フィーネとエマとガンボがいた。

 エルクは軽く手を振ると、会場内はさらに歓声に包まれる。

 だが、それはエルクではない。


「はは、どーもどーも」


 ガラティン王国、王太子エルウッド。

 トリプルスキルの天才。次期国王。呼び方はいろいろある。


『さぁ!! この戦いも見逃せないぞ!! 謎のスキルを使うエルク選手!! 生徒たちからは『死烏スケアクロウ』と呼ばれている暗殺者だ!!』

「いや暗殺者じゃないし……」

『もう一人は説明いらないよな!! 我らが王太子エルウッド殿下だ!! こんな紹介したら王族侮辱罪で首飛んじまうかもしれないけど、勘弁してくれよな!!』

「あはは。そんなことしないって」

『では───試合、開始ぃぃぃっ!!』


 エルク対エルウッドの試合が始まった。


 ◇◇◇◇◇


 エルクは、全身を『念』で包み込む。

 念動力の力による防御壁。基本技の一つだ。


「少し、質問していいか?」

「……何でしょう?」

「キネーシス公爵家に、復讐するつもりか?」

「…………」


 エルクは、両手を舞台の石畳へ向ける。

 すると、石畳が一気に二十枚以上浮かび上がる。

 それらを回転させ、エルウッドに向けて放った。


「答えは『はい』かなっ!? 双剣技、『双連乱舞』!!」


 向かって来る石畳をエルウッドは叩き落す。

 エルクは石畳をはがし放ちつつ、エルウッドの側面へ回り込む。

 念動力を発動させ、エルウッドの全身を拘束する。


「!? ご、ガがガガガッ!?」


 硬直したエルウッドは、回転する石畳を全てその身で受けて転がった。

 エルクは右手をエルウッドへ向けると、エルウッドはエルクに引っ張られ宙を舞う。

 そして、両手をエルウッドに向けた瞬間、とんでもない衝撃波がエルウッドの全身を駆け巡った。

 エルウッドは吹き飛ぶ。

 さらに、エルクは念動力を発動。地面に転がっていたエルウッドの双剣を飛ばし、エルウッドの両手の平に突き刺した。


「ぎっ、っぎゃぁぁ!?」

「…………」

「がぶヴぇ!?」


 そして、エルウッドは十メートルほど浮かび、地面に叩きつけられる。

 そのままエルクに引っ張られ───エルクの拳がカウンターのようにエルウッドの顔面に突き刺さり、そのまま舞台に叩きつけられた。


「……、……、……ヴぁ」


 この間、四十八秒。

 顔面が陥没し、両手の平から血を流し、全身痙攣しているエルウッドに向け、エルクは冷たく吐き捨てた。


「殿下。好奇心で家庭の問題に首突っ込まないでください」


 それを聞き、エルウッドは意識を手放した。

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