馬鹿にするな
エルク対マークス。
会場は、エルクの登場に盛り上がり……いや、半数ほど盛り上がり、もう半数は困惑していた。
剣聖ロシュオの敗北。正体不明のスキル。
顔を晒してからロシュオの様子が変わった。
それらの答えを知る生徒はいない。
エルクは、学園側がエルクの正体を探るために、多少なり動いているとは思っている。まだ可能性だが、もしかしたら近々、学園側に呼び出されるかもしれない。
だが、今は───目の前にいるマークスを見た。
長い棒……『棍』が武器なのだろう。
『それでは、試合開始っ!!』
そして、試合が始まる。
エルクは得意の石畳はがしをしようとする……が。
「お前さ、何なんだ?」
「え?」
「その戦闘服、かっこいいとでも思ってんのか? クソダサいぜ」
「…………は?」
「真っ黒なカラス。くははっ……知ってるか? お前、なんて呼ばれてるか」
マークスは、手に持った『棍』をクルクル回しながら言う。
挑発。
わかってはいる。だが、エルクは答えた。
「スケアクロウ、だっけ」
「おう。死のカラス……でも、ほんとはそうじゃねぇ。スケアクロウってのはな、『案山子』、カカシって意味もあるんだよ。突っ立ったまま手しか動かさねぇ、そんなお前にピッタリだってな」
「ふーん……」
「ダセぇ戦闘服に、カカシみてぇに動かねぇお前。くはは、ピッタリだぜ」
「……ダサい、ね」
「ああ、ダサいね。戦闘服ってのは、冒険者の象徴みたいなもんだ。それを……な、お前。その戦闘服、どこの誰が作ったんだ? そんなダセェ戦闘服作るの、よっぽどヘボなクソデザイナーっが!?」
突如、マークスが喉を押さえた。
エルクの右手が、マークスに突きつけられている。
眼帯、マスクで表情は見えない。だが……見えている左目は、怒りに染まっていた。
「俺の大事な人が作った戦闘服だ。これ以上馬鹿にするな」
「が、か……ッ」
「お前、むかつく。本選だし、少しは派手に盛り上げようと思ったけど……やめた」
エルクは左手をマークスの立つ地面に向ける。
すると、舞台に巨大な亀裂が入り、マークスを
バダン!! と、ドアを閉めるようにマークスは舞台に挟まれた。
巨大な怪物の顎で挟まれたようにも、地面から現れた怪獣に食われたような、そんな状態だった。
ヤトの時とは違う静寂が、会場を包む。
『しょ、勝者……エルク』
そしてやはり、勝利のコールは控えめだった。
◇◇◇◇◇
「会場の修復に一時間、だってさ」
「すみませんでした……」
エルクはエレナに頭を下げた。
エレナはケラケラ笑っている。
舞台が半分に割れ、さらにバタンと閉じた……普通、舞台は折曲がらない。
ちなみに、挟まれたマークスは全身骨折していたが無事らしい。治療を受けて全快した後、『もう二度と案山子とカラスを馬鹿にしません』と泣き叫んでいたそうだ。
エレナは、エルクに言う。
「ね、エルクくん」
「はい?」
「あのね、あの舞台……どうやって割ったの?」
「え、スキルですけど」
「そうじゃなくて。あのね……あの舞台、五星の一人、『巌窟王』ロックス様が作り出した特別な舞台なの。あらゆるスキルに耐えれるように力を込めたらしいけど……」
「…………へー」
やらかした。
エルクとしては、いつもと変わらない。
石畳まではよかったのだろう。だが、舞台を割るのはまずかった。
「先生たちも、エルクくんのスキル、気にしてるみたい。ね、教えて? エルクくん……ほんとは、どんなスキルを持ってるの?」
「えっと、俺……マジで念動力なんですけど」
「またまた~! 私の予想はずばり! エルクくんはダブル! 二個スキル持ってるんでしょ? 一個は本当に念動力で、もう一個はすっごいスキル! どうどう? 当たった?」
「えっと……」
エルクは真実しか言っていない。
レベルMAX、測定不可能な念動力ではあるが。
すると、控室のドアがノックされた。
エレナがドアを開けると、「え、うそ……」と困惑の声。
入ってきたのは、なんと学園長ポセイドン。そして教頭のエルシだ。
「すまんの。ちょいと話があってなぁ」
「あ、はい」
「いや~……すごいスキルじゃ。マジで驚いたぞい」
「ど、どうも」
学園長が「マジで」なんて言葉使うのか……とエルクは思った。
エルシがエレナに「悪いが外で」と言い、エレナが出ていったのをエルクは見た。
そして、エルシがポセイドンを押しのけ言う。
「怯える必要はない。だが、あの舞台を破壊したきみのスキルが何なのかを教えて欲しい」
「え……」
「いや~驚いたぞい。あの舞台、ロックスが作った『壊れない舞台』でなぁ? わしですら亀裂を入れるのが精一杯だったんじゃ。それを、手をかざしただけであんな、へし折り捻じ曲げるように……」
「えっと、俺のスキル……その、念動力なんですけど」
エルシがスッと目を細めた。
「……あくまで隠すのか」
「いや、その」
「他人のスキルについて詮索するのはマナー違反。きみが隠すというなら仕方ない……」
「あの」
「まぁいい。では、学園から一つだけ……きみのように、ダブルであるにも関わらずシングルと申告する者や、自分のスキルを隠して入学する者は少なくない。そう言った者は必ず、厄介事を抱えている……きみの場合は、剣聖ロシュオ、魔聖サリッサか?」
「…………」
「学園は学び場。詮索はしない。だが……学園の秩序だけは、乱さないで欲しい」
「殺し合いみたいな戦いをさせる学園に、秩序ですか……? この武道大会で、何人死んだんですかね。いくら一日以内なら生き返るとか言っても、ね」
「冒険者という職業は、ハイリスクハイリターンだ。死を恐れ身を引くならいい。だが、死を覚悟し突き進む勇気も必要だ。武道大会は、そういった『恐れ』を飼いならす最初の一歩でもある。一度死にかけ諦めるならいい。死にかけ、それでも前に突き進むならそれでよし」
「…………」
「長くなったな。そろそろ、一回戦が終わる」
「え!? うそ、あれ!?」
投影板を見ると、一回戦最後の試合が終わっていた。
絶対にありえない。
ポセイドン、エルシと話して五分も経過していない。
たった五分で、舞台を直し、残り四試合を消化したのだろうか。
「くだらない話をした詫びに、私のスキルを見せてやった」
「……まさか、時間操作?」
「ああ。私の展開する領域に入った生物の時間を操る。『時間操作』だ」
「マジか……」
「いろいろ制約があり、使いにくいがな」
と、ここでポセイドンが挙手。
「ほいほ~い。エルシちゃんはな、そのスキルを使って肉体を若々しく保っているんじゃよ。本来なら七十超えた婆さ」
ヒュガッ!! と何かが飛び、ポセイドンの足元にナイフが突き刺さった。
「次は当てる」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!? す、すまんかった!!」
「こほん。そういうわけだ。エルクくん、隠し事はほどほどにな」
「あ、はい」
エルシは、ポセイドンを引きずって控室を出た。
投影板を見ると、第一試合が全て終わり、休憩のちに第二試合と言っている。
すると、エレナが入ってきた。
「終わった? 大丈夫だった? 三時間くらいお喋りしてたみたいだけど」
「そんなに……」
「もう一回戦、終わっちゃったよ?」
「そうですか」
「ね、どんなお話してたの?」
「……」
エルクは自分の手を見つめ、テーブルに置いてあった水のボトルを引き寄せた。
「俺、マジでホントのことしか言ってないんだけどなぁ」
あまりにも強すぎる『念動力』……信じるのは難しいようだ。
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