公爵家へのメッセージ

「次!! 第十六試合、エルク対モガンボ!!」

「お、来たか」


 のんびり座っていたエルクの名前が呼ばれ、エルクは舞台へ上がった。

 戦いが続いているせいか、舞台は血塗れだ。

 先ほど、爆発して両腕が吹き飛んだ男子生徒や、剣で両足を切断された女子もいた。中には首がへし折れて死んだ生徒もいたようだ。

 だが、上級生はどんな酷い怪我をした生徒も、淡々と運んでいた。

 死んでも蘇生する。この言葉を信頼しているのだろう……だが、参加者の中には怯えてしまい、棄権する生徒も何人かいた。

 だが、エルクは棄権しない。舞台に上がると、巨大な棍棒を持った男子生徒がいた。


「正々堂々、戦うこと!! それでは始めッ!!」

「ウォォォォォォォォォッ!!」


 棍棒の男子が襲い掛かってくる。

 腕力に特化したスキルだろうか。エルクを叩き潰そうとしていた。

 身長が大きいせいか、かなり迫力がある。

 だが───エルクは、右手を構えた。


「───んごっ!?」

 

 モガンボの身体が、かなりの速度で舞台から吹っ飛び、会場の壁に激突した。

 念動力による吹き飛ばしである。


「場外!! 勝者エルク!!」

「うん、いける。予選はこれでいくか」


 エルクは右手をプラプラさせ、舞台から降りた。


 ◇◇◇◇◇◇


 エルクは、次の戦いまでのんびり観戦するため、エマたちの元へ。

 ニッケス、エマはエルクを見るなりこう言った。


「お前、マジで余裕だな」

「エルクさん、すごいです!」

「ははは。ま、こんなもんよ」


 フードを取り、マスクと眼帯を外す。

 フードは脱ぐだけだが、マスクと眼帯は修理の過程で一体化していた。別々に装備するより遥かに楽だが、エマのデザインが少し変わったことは心苦しい。

 試合を見ていると、やはり迫力……というか、血が飛んだ。


「ぅ……」

「エマ、無理すんなよ」

「は、はい……」


 戦いは、激しいものもあればグロイ光景も多かった。

 腕や足が飛んだり、火だるまになる生徒もいた。手足がとんでもなく伸びたり、ナイフが身体中に刺さって血が噴き出す生徒もいる……本当に、死んでも生き返るのか不思議な光景だ。

 

「そういや、先輩たちが言ってたぜ。今年の新入生のスキルは、どれも強力だって」

「そうなのか?」

「ああ。レベル10以上は確実。スキル進化している奴もいれば、ダブル、トリプルスキルなんてのもいる。黄金世代とか言われてるの聞いたぜ」

「黄金世代、ね……」

「あ、エルクさん。あの人……エルクさんと喋ってた人ですよね」

「お、ロロだ。おーいロロ、頑張れよーっ!!」


 すると、声援に気付いたロロが手を振る。

 手には、二本のナイフがあった。


「ナイフ使いか。『短剣技』スキルだな」


 ニッケスが言う。

 ロロの相手は、槍を持つ少女だ。器用に槍を回転させ構えを取る。


「長物と小物の戦いか。あの長物を捌いて懐に潜り込めば、あの女の子の勝ちだな」

「ニッケス。ロロは男だぞ」

「マジで!?」


 試合が、始まった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ロロは、突き出される槍の切っ先を、うまくナイフで捌いていた。


「ピュゥ、やるじゃん」


 少女の槍さばきもかなりのものだ。

 ロロは懐に入れずにいる。少女も、懐に入られたら不利だと思っているのだろう。手を休めることなく、ロロに突きを繰り出していた。

 

「み、見えないです……速い」


 エマはポカンとしながら繰り出される槍を見ていた。

 エルクならどうするか?

 簡単だ。始まると同時に、念動力で少女を吹き飛ばし壁に叩き付ける。

 だが、ロロはそうしない。


「───ふふっ」

「!!」


 ロロはバックステップで下がった。

 少女が追撃しようと、ロロに向かって渾身の一撃を放とうとする。

 だが───エルクとニッケスにはわかった。


「「罠だ」」

「えっ?」


 少女が渾身の一撃を放とうと踏み込んだ瞬間、ロロは持っていたナイフの一本を投擲。

 目を見開く少女。慌てて槍を引き戻すが───すでに遅い。

 ロロは、ナイフを投げると同時に踏み込み、少女の懐へ。

 そして、少女の手をナイフで斬りつけ、槍を落とす。

 さらに、ナイフを少女の首に添え、一言。


「まだやる?」

「……負けました」

「勝者、ロロ!!」


 ロロはにっこり笑い、エルクたちに向かって腕を上げた。


 ◇◇◇◇◇◇


 その後も、エルクとロロは勝利を重ねた。

 そして、本選を賭けたAブロック最終戦。


「ごわばがっ!?」

「勝者、エルク!!」


 実にあっさりと、念動力で対戦相手を壁に吹き飛ばした。

 同じくロロも、なんとか勝利を納め……エルクとロロは、本選出場を決めた。

 Aブロックに残った四人が舞台に上がり、エレナがマイクを持って紹介した。


『本選出場を決めたのは、Cクラス、ロロ選手。Fクラス、エルク選手。Gクラス、アンナ選手。Hクラス、キシリオ選手です。皆さん、盛大な拍手をお願いします!』


 パチパチパチパチ、と拍手がエルクたちを包む。

 ロロは照れ、エルクは手を振って応えた。

 今日はこのまま終わり。明日が本選となる。

 エルクは、ロロに言う。


「ロロ、これからどうする? 俺は仲間のところに行くけど」

「ボク、人を待たせているので……ここで失礼します。エルクさん、本選で当たったら、よろしくお願いします!!」

「ああ、よろしくお願いします。じゃ、またな」

「はい。お疲れ様でした」


 ロロはぺこりと頭を下げ、会場から出て行った。

 そして、ニッケスとエマがエルクの元へ。


「ロロ、ちゃん……じゃなくて、くん。可愛いよなぁ」

「来るなり変なこと言うなよ……」

「でも、可愛い子でしたね。ん~……スカート履いたら似合いそうです」

「エマ、お前もか」


 エルクは苦笑し、大きく背伸びをする。


「ん~……なんか疲れたな。とりあえず、ガンボたち探すか」


 エルクたちは、会場を出てガンボたちを探す。

 ガンボたちは、中央広場に集まっていた。

 メリー、ガンボ、フィーネと、怪我らしい怪我もしていない。そして、表情を見てわかった。


「全員、本選出場か」

「当然だろ」

「当然ですね」

「当然っ!!」


 ガンボは腕組みし、メリーは髪をかき上げ、フィーネはピースサインで答える。

 ニッケスとエマは拍手。そして、ニッケスは言う。


「よっしゃ。みんなでメシ行こうぜ!! 腹減っただろ」

「わりーな。明日、戦うかもしれねぇ奴と仲良くメシ食えねぇよ」

「アタシも、今日はいいかな~」

「当然、私もです。というか兄さん、察してください」

「……なんかすまん」


 ガンボたちは、気合の入った表情のまま、バラバラに帰路に付いた。

 残されたのは、エルクとニッケスとエマ。

 エルクはニッケスの肩を叩く。


「ニッケス、メシ食いに行こうぜ」

「え、エルク……くぅぅ!! お前最高だぜ!!」

「もちろん、奢りだよな?」

「はいぃ!? おま、無料券あるだろうが!?」

「あはは。冗談だって。飲み物だけでいいよ。な、エマ」

「え、えっと」

「ああもう、わーった、わーったよ!! 飲みモン奢らせてもらいます!!」


 こうして、エルクはニッケスとエマの三人で食事へ向かった。

 いつものショッピングモールで、楽しく食べる。

 気合を入れたまま明日に望むのもいいが、それはエルクらしくない。

 いつも通り。それが一番、力を出せる。

 食事を終え、ニッケスとエマから激励をもらい……エルクは、一人で夜風を浴びていた。

 空が暗く、星が出ている。

 のんびり夜道を歩くのも悪くない───が。


「…………誰だ?」

「……気付いておられましたか」


 Aブロック訓練場の裏まで歩き、エルクは振り返る。

 わざと、人気のない場所へ来た。

 つけられている。そう感じたから。

 エルクを付け狙っていたのは……サリッサだった。


「久しぶりだな、サリッサ」

「はい。お久しぶりです……お兄様」

「で───俺にやられる覚悟で挑みに来た。そう考えていいんだな?」


 ビシ、ビシ、ビシ……と、エルクの立つ地面に亀裂が入る。

 それだけじゃない。サリッサの周囲の地面にも亀裂が入った。

 サリッサは大汗を流し、震える。


「ど、どうか……話を聞いていただけませんか」

「…………」


 バゴッ!! と……近くに生えていた大木が根っこから抜けた。

 サリッサはガタガタ震える。

 その表情でわかった。『話くらいは聞いてもらえるかもしれない』……そんな甘い考えで、人気のない場所でエルクに話しかけている。

 あまりの情けなさに、エルクは毒気を抜かれた。


「話、って?」


 そう言うと、サリッサは「今しかない」とばかりに話出す。

 

「その、お兄様に謝罪を「いらない」


 サリッサの周囲にある小石が浮かぶ。

 完全な拒絶。星明りでしか見えないが、エルクの顔は完全な「拒絶」の顔だった。


「言葉遊びするつもりはない。お前の話がそれだけなら、次は俺の番……キネーシス公爵は、ロシュオの件で何かを言ってきたか?」

「ま、まだ何も……」

「そうか。それと確認する。六年前、俺とロシュオの決闘に水を差したのは……お前の意志か? それとも、公爵の指示か?」

「え……」

「嘘を言ったらお前の指の爪を五枚剥す。真実を言えば……」

「こ、公爵!! お父様の指示です!! お父様が私に『魔法でエルクを撃て』と命じました!!」

「次の質問。お前はその命令に少しでも罪悪感を感じたか? それとも、嬉々として実行したか? 嘘を言ったらお前の爪を七枚剥す。本当のことを言えば───」

「ざ、罪悪感を感じて───いま、した」


 バジュッ……と、サリッサの両手の爪が七枚、弾け飛んだ。


「゛゛゛~~~~~ッ!? ゛゛、゛゛~~~───ッ!!!!」


 サリッサの声が出なかった。

 口がガッチリ閉じ、転げまわることも、痛みに叫ぶこともできない。

 弾け飛んだ爪が転がり、指先から血がボタボタ流れた。

 涙がボロボロ流れ、目が見開かれる。

 エルクは、全く表情を変えなかった。


「嘘だな。お前、楽しんでただろ? 罪悪感なんて欠片も感じていなかった」

「ぶぁ、あ゛……ぢが、ぢがいまず……あ、あがが」

「浅はかなんだよ、お前。お前さ、俺を口説き落とそうとしたんだろ? ロシュオを見て、自分がやられる前に謝って済まそう、そう考えたんだろ?」

「ヴァ……あ」

「質問。サリッサ、ここに来たのはお前の独断だな? たぶん、エルウッド殿下辺りには『接触は控えろ』とか言われているはず。違うか?」


 サリッサはブンブン首を振る……真実だ。

 エルクは念動力で、サリッサの指の出血を止める。

 

「サリッサ。お前が俺の頼みを聞けば、これ以上お前を傷付けることはない。俺の頼み、聞いてくれるか?」

「~~~~~~ッ!!」


 サリッサは何度も首を振る。

 涙と鼻水がボタボタ飛ぶのが汚かった。


「一つ。俺に対する報復をした瞬間、お前の残った爪を全て剥がして、両手両足の指に針を突き刺してやる。お前がやらなくても、お前を慕う連中が何かしても全てお前にやり返す……ずいぶん慕われてるみたいだな? ちゃんと押さえておけよ?」


 サリッサは激しく首を振った。


「それと、学園を退学したり休学したりしないこと。ちゃんと卒業までしっかり通え。逃げた瞬間……どうなるか、わかるよな?」


 サリッサは激しく首を振る。


「そして最後。キネーシス公爵に手紙を送れ。俺の生存を伝える内容でいい」

「わ、わかりました……あ」


 ようやく、念動力による拘束が解けた。

 サリッサは指を押さえ、痛みで涙を流し顔をしかめる。


「その痛み、覚えておけよ……俺が眠り続けた六年分の痛みだ」

「……はい」

「さっさと手当てして寮に戻るんだな」


 そう言い、エルクは歩きだす……すると、サリッサが。


「お兄様、一つだけ……」

「……」

「お兄様のスキルは『念動力』のはず。でも……何がどうなって、あんな力に」

「…………」


 エルクは振り返り、「フン」と鼻を鳴らした。


「優しい女神様が、力をくれたんだよ」

「え……?」


 それだけ言い、エルクは歩き去った。


 ◇◇◇◇◇◇





「へぇ……女神様、ね」

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