念動力という力

「止血しろ、ロシュオ」

「あ、ああ……? なんだって?」

「親指、痛いだろ?」

「……ッ!!」


 ロシュオは、エルクを殺しそうな目で睨み、ハンカチを破って指に巻き付ける。

 それを見て、エルクは言った。


「六年前、お前に騙されて斬られた件……その親指で許してやるよ」

「……は?」

「ここからは、決闘だ……構えろ、ロシュオ」

「……」


 ロシュオは剣を構えた。

 エルクも、両手をプラプラさせる。


「決闘、ね……へへへ、兄貴、マジで言ってんのか? この『剣聖』スキルを持つオレに、マジで勝負して勝てると思ってんのかよ?」

「ああ、思ってる」

「じゃあ───マジでやってやるよ!!」


 舞台が抉れるほどのダッシュ。

 剣を横に構え、エルクの胴を薙ぐ。


「剣技、『十文字斬』!!」


 胴薙ぎ、からの打ち下ろし───が、弾かれた。

 ガギン!! と、金属と金属がぶつかりあうような音、感触。

 エルクは右手を顔の前に持ってきただけで、動いていない。

 ロシュオは舌打ちし、エルクから距離を取る。

 剣を振りかぶり、思い切り振り下ろす。


「剣技、『空刃斬』!!」


 風の刃がエルクに向かって飛ぶ。

 その刃は、触れる物を両断する不可視の刃……だが、あっさり弾かれた。

 見えない力に、阻まれている。ロシュオはさらに舌打ちする。


「クソが!! なんだその力!?」

「念動力だよ。お前が馬鹿にした念動力だ」


 エルクは左手を舞台へ向けると、石畳が一気に十枚ほどめくれ、ロシュオに向かって回転しながら飛ぶ。

 ロシュオは舌打ちし、飛んでくる石畳を剣で斬り落とす。

 エルクはさらに石畳をはがし、ロシュオへ向かって飛ばす。

 そして、闘技場舞台周辺にある、飾りの獅子の彫刻を念動力で浮かし、ロシュオに飛ばす。


「このっ!! 剣技、『断空剣』!!」


 ロシュオは高速で剣を振うと、獅子の彫像が粉々に砕けた。

 ロシュオは気付いただろうか。未だにエルクは一歩も動いていないということに。

 エルクは両手をロシュオへ向かって突き出した。


「ごばっ!?」


 次の瞬間、ロシュオは顔面を強打されたように吹き飛んだ。


「ぐ、が……な、何が」

「念動力による衝撃破だ。見えにくいだろ?」


 エルクは動きだす。

 ロシュオへ向かって走り出し、両手から『念動破』を撃つ。

 ロシュオは、見えない力を防ぐため、剣で顔と身体を守る。だが、腕や足に殴られたような衝撃が走り、痛みに顔をしかめた。


「まだまだ、こんなモンじゃないぞ!!」


 エルクは石畳をはがし、ロシュオへ向かって飛ばす。

 さらに、念動破を連射。


「ぐ、くそっ……ちくしょう、真面目にっが!?」


 ついに防げなくなったのか、回転する石畳をもろに顔面に喰らい、ロシュオは吹き飛んだ。

 石畳をゴロゴロ転がるロシュオ。

 エルクは両手を石畳に向け、念動力を発動。

 ロシュオが転がる石畳が剥がれ、さらに別の石畳が剥がれて浮かぶ。そして、ロシュオの身体を包み込むように、何枚もの石畳がくっついた。

 

『だ、出せ! 出せこの野郎っ!!』


 石畳の全てがロシュオの身体にくっつき、まるで石の球体のようになる。

 エルクは、石畳に包まれたロシュオを浮かべ、上空へ飛ばす。

 

「ロシュオ……お前は殺さない。お前は俺を殺さなかったからな。でも、報いは受けてもらうぞ」


 エルクが指をパチッと鳴らすと───ロシュオにくっついていた石畳が全て剥がれ、ロシュオは落下。

 

「ギャァァァァァァァァァァァ──────……」


 真っ逆さまに落ちてくるロシュオ。

 その顔は、恐怖と涙で染まっていた。

 

「たたたたすけてぇぇぇェェェェェェ──────おぶっ」


 地面に激突する瞬間、ロシュオは急停止。

 盛大に吐き、股間がジワジワと濡れ……そのまま気絶した。

 エルクは、サリッサを見た。


「お前は、また今度な」

「ッッッ!!」


 念動力を解除すると、ロシュオは地面に投げだされた。

 そして、思い出したように……実況が言う。


『しょ、勝者……エルク』


 こうして、チーム戦はチームガンボの勝利となった。


 ◇◇◇◇◇


「おめでとう。ふふふ、きみたちが勝つと信じておった」

「「「…………」」」


 嘘つけ。

 エルクたちは、表彰台でにこやかな笑みを浮かべるポセイドンを見てそう思った。

 チーム戦優勝。商品は「ショッピングモール全飲食店の無料券100枚セット」だった。

 ポセイドンは、エルクに無料券をわたしながら言う。


「実はこれ、わしが考えた商品なんじゃ……くふふ、嬉しいじゃろ?」

「は、はい……まぁ」

「うんうん。今日は友人たちと楽しむといいぞい!! では、面倒くさい話は抜き!! 明日から個人戦トーナメントの始まりじゃ!!」


 よくわからないテンションだ。

 エルウッドチームの敗北というまさかの結果に、観客席からは困惑の声が出ていた。だが、ポセイドンの一喝でようやく「チームガンボの勝利」の実感が湧きだし、大歓声が上がった。

 エルク、ガンボ、フィーネは観客席に手を振る。


「あ、見てエルク。あそこ」

「ん?……あ」


 観客席の一角に、エマ、ニッケス、メリー……少し離れた場所にヤトが座っていた。

 エマは涙目で拍手、ニッケスは興奮しながら万歳、メリーは頷き、ヤトは……エルクと目が合うと、不敵にほほ笑んだ。

 フィーネは楽しそうに言う。


「今日は祝勝会だねっ!!」

「明日から個人戦じゃねぇか。騒いでられっかよ」

「ガンボ!! そんなこと言わないのっ、ね、エルクは祝勝会やりたいよね?」

「腹は減ったなぁ……メシ食いたい」

「じゃ、みんなでご飯行こう!! もちろん、エマたちも誘ってね!!」


 こうして、エルクたちのチーム戦は終わった。

 ロシュオに借りは返した。キネーシス公爵家でエルクを陥れたことに関しては許してもいい。そもそも、ロシュオも『やらされていた』だけなのだ。大元であるキネーシス公爵をツブさない限り、エルクの復讐は終わらない。

 それに、まだ……サリッサもいる。


「とりあえず、まずは飯かな」


 そう呟き、エルクは自分のお腹をそっと押さえた。


 ◇◇◇◇◇


 医務室にて。

 気絶したロシュオを見舞いに、サリッサとエルウッドが来た。

 ロシュオはすでに起きており、サリッサに言う。


「兄貴だ……」

「え、ええ……まさか、あの時、死んだはずでは?」

「待ってくれ。きみたちの兄? キネーシス公爵家の長男は、事故で死んだはずじゃあ?」


 エルウッドの疑問は当然だ。

 ロシュオは、サリッサを見る。サリッサは小さく頷いた。

 もう、黙っていられない。誰かに聞いて欲しかった。


「兄貴は……死んだはずなんだ」


 ロシュオは話した。

 決闘で、ロシュオが実の兄を斬ったこと。

 その時、エルクは間違いなく死んだことを。

 

「決闘、か」

「あ、ああ……」


 貴族の子供が、後継を賭けて戦うことはある。

 なので、実の兄を弟が斬ったことに驚きはない。

 だが、問題は……なぜ生きているか、だ。


「答えは一つ。死んでいなかった、だろう……」

「「…………」」

「当時のことを覚えているか?」

「……お兄様がエルクお兄様を斬り、勝敗は決しました。その後は、確か……お母様がメイドに命じて、死体を処理させたと」

「なら、そのメイドが怪しいな……とにかく、ロシュオがやられたんだ。サリッサ、きみも狙われる可能性……いや、間違いなく狙われるだろう。彼の目的は、キネーシス公爵家に対する復讐だ。それと……確認していいか?」

「はい?」


 エルウッドは、にわかに信じられないように聞く。


「その、きみたちの兄のスキル……本当に『念動力』なのか? 念動力の最大レベルは10。しかも、スキル進化もしない、近くのモノを引き寄せるだけのスキルじゃないのか?」

「それはオレが知りたい。でも、間違いなく兄貴のスキルは『念動力』だ」

「……わかりませんわ。あんな、石畳をはがしたり、お兄様の剣を受け止めたり……」


 ロシュオとサリッサは、エルクのスキルが『念動力』と知っている。

 だからこそ、混乱していた。

 エルウッドは首を傾げる。


「ははは。まるで……一度死にかけたおかげで、スキルがパワーアップしたみたいじゃないか」

「「…………」」

「まぁ、気にしても仕方ない。ロシュオ、サリッサ、まずはこのことをキネーシス公爵家に報告するんだ。公爵家が何かいいアイデアを考えてくれるだろう」

「わ、わかった……クソ。明日から個人戦だってのに、まさか兄貴が」


 と、エルウッドがサリッサに聞いた。


「なぁ、そのエルク……個人戦には出ると思うか?」

「え……?」


 エルウッドの目は、爛々と輝いていた。

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