大会前日、エルクの戦闘服


 大会登録が終わり、普通授業が続いた。

 何度かシャカリキから「大会まであと数日です」という連絡はあった。

 訓練場では、三人一組で特訓する生徒も多く見られるようになり、エルクとガンボとフィーネも、それぞれスキルを鍛えていた。 

 だが、問題が一つ。


「フンッ!! はぁはぁ……フンッ!!」


 ガンボは、全身を鋼鉄化させ、エルクの念動力で鉄球を飛ばし、ぶつけていた。

 ガンボ曰く、全身鋼鉄化は長時間使用できないとのこと。スキルレベルが上がれば鋼鉄化の時間も増えるようだが、今のガンボでは一分が限界らしい。

 なので、全身鋼鉄化して身体に負荷をかけ、レベルを上げようとしていた。

 現在レベル19。次のレベルアップで『スキル進化』して新しいスキルとなる。


「大会前に、スキル進化させておきてぇが……」

「無理すんなよ、ガンボ」

「うっせぇ。いいから、さっさと飛ばせ!!」

「おう、行くぞ」


 エルクは巨大鉄球(ちなみにこれはトレーニング用品の一種)を念動力で浮かし、飛ばす。

 これほどの巨大鉄球、念動力で上げるのは相当な苦労を要する。ガンボとエルクの同時トレーニング……とは、ならない。

 エルクにとって、巨大鉄球は軽すぎた。


「おーいっ! ガンボ、組手してっ!」

「おう、いいぜ……ふぅ、エルク。お前は休憩しておけ」

「あ、ああ」


 ガンボとフィーネの組手が始まった。

 ガンボは喧嘩殺法。フィーネは正統派武術。互いにいい刺激になっているようだ。

 だが……エルクは思う。


「俺も訓練したいけど、ここじゃできないな……」


 訓練場には、何組か別のチームがいる。

 今や、エルクの訓練はド派手もド派手。自らに負荷をかけるとなると、訓練場が倒壊するレベルの念動力を使用しなければならないのだ。


「まぁ、いっか」


 チーム戦まで、あと数日……だが、ここで新たな問題が発生した。


 ◇◇◇◇◇◇


「戦闘服がない?」

「…………お、おう」


 トレーニング後。

 ニッケス、ガンボと一緒にショッピングモールの学生用レストランで夕飯を食べていると、戦闘服の話題になった。

 エルクは戦闘服を持っていない。というか、戦闘服の存在すらガンボとの模擬戦で知った。

 とりあえず「ま、そのうちでいいや」と思っていたのだが……チーム戦に戦闘服は必須だ。一人だけ制服で出るというのは、あまりにも滑稽だろう。

 ガンボは頭を抱えた。


「お前、マジで頼むぞ……」

「わ、わかってる。その辺の服屋で適当に買うよ」


 と───ここで、エルクたちの席に近づく少女たち。


「なーに話してんの?」

「兄さん、また何かやらかしたのですか」

「お疲れ様です。エルクさん」


 フィーネ、メリー、エマだ。

 フィーネは、メリーたちに紹介するとたちまち馴染んだ。今では一緒に夕飯を食べる仲である。

 ヤトも誘ったのだが、一緒には来なかった。

 さっそくフィーネが座り、ニッケスに聞く。


「で、何があったん?」

「戦闘服だよ。エルクのやつ、戦闘服持ってねぇんだとさ」

「え、マジ!? ちょっとちょっと、一人だけ運動着とかイヤだからね!」

「わ、わかってる……まさか、ここまで大事になるとは思ってなかったんだよ。あ、そういえば……メリー、フィーネは持ってるのか? 戦闘服」

「「当然」」

「……うぅ」

 

 戦闘服。

 スキルの効果をサポートする機能を持たせたり、動きやすさや頑強さを重視した戦闘服もある。

 冒険者を志す者は、全員が戦闘服を持っている。

 普通は、入学前などにデザインを決め、戦闘服専門の服屋に依頼するのだが。

 すると……エマが手を上げた。


「あ、あの、エルクさん」

「ん?」

「エルクさんの戦闘服……わたしに作らせてくれませんか?」

「え……」

「その、わたし……エルクさんの戦闘服、いくつかデザインしてみたんです。その、エルクさん……もう服屋さんに依頼したと思ってて、わたしが勝手に考えてたんですけど……その、エルクさんがいいなら、わたしのデザイン、見てくれませんか?」

「「「「「…………」」」」」

 

 全員の視線がエマに集中し、照れからエマは俯く。

 まさかのエマ。

 エルクは思わず、エマの手を握った。


「ひゃぁ!?」

「頼む!! エマ、俺の戦闘服を作ってくれ!! 身体のサイズとか計るか? 俺はどうすればいい!?」

「えと、えっと」

「こらこら落ち着けっ!」

「そこ、不純異性交遊です!」


 フィーネに引き剥がされ、メリーに怒られたエルク。

 エマは顔を真っ赤にして握られた手を擦る。

 エルクもハッとして慌てて離れた。


「あ、あー……ごめん。エマ、その、お願いしてもいいか?」

「は、はい。承りました」


 こうして、エルクの戦闘服問題は解決した。

 だが……『エマのデザイン』がどういうものなのか、エルクたちは疑問に思わなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 大会前日。

 今日は授業が半日で終わった。

 教師たちは、明日のチーム戦会場である『フィーネの森』ダンジョンのチェックをするらしい。シャカリキがなぜか張り切っていた。

 エルク、ガンボ、フィーネも、明日に備えて軽くストレッチだけして解散。

 エルクは、フィーネに聞く。


「な、エマは大丈夫か? 戦闘服……」

「エマっち、『今日中に仕上げます!!』って張り切ってたよ。目にすっごいクマ作ってさ……」

「そっか。ちゃんとお礼しないとな」

「うんうん。終わったらデートにでも誘えば?」

「おう。って、デート!?」

「にしし。エマっち、いい子だよねー……筋肉あればアタシが惚れてたかも!」

「さて帰るか」

「あん、つれないな~」


 ガンボは「メシ食って帰る」と言い先に帰ったので、帰り道はフィーネと二人だ。

 フィーネは、エルクに聞く。


「ね、エルク。明日は頑張ろうね!」

「おう。チーム戦……負けられないな」

「うんうん。あれ? 負けたくない相手でもいるのかな~?」

「ああ。いる」


 エルウッド、ロシュオ、サリッサ。

 この三人には、負けるわけにはいかない。

 まだ、エルクの正体はバレていない。打ち明けるつもりはないが、チーム戦で戦えばバレるだろう。

 その時、二人がどんな顔をするのか。


「楽しみだな、チーム戦」

「うん!」


 エルクとフィーネは、明日を楽しみにしながら帰路へついた。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 新入生の一大イベント。

 スキル武道大会・チーム戦の開催日となった。

 今日は全ての授業が休み。上級生も教師陣も、新入生たちの戦いを観戦する。

 開会式の前に、エルク、ガンボ、フィーネ、ニッケス、メリーは、訓練場にいた。

 ガンボ、フィーネは戦闘服に着替えていた。

 ガンボはエルクと戦った時と同じ。フィーネは、二の腕までを覆う手甲、膝下まで覆うレガースを装備し、上半身はジャケットのような金属繊維で作られた防護服、スパッツにミニスカートを履いていた。

 しばらく待っていると……エマがやってきた。


「遅れて申し訳ありません! エルクさんの戦闘服、できました!」

「おお、ついに!」


 エマはエルクに、戦闘服の入った箱を渡す。


「サイズはあっていると思います。エルクさん……遅れてすみませんでした」

「そんなことない。エマ、本当にありがとう」

「いえ……えへへ」

「さっそく着てみるよ」


 エルクは物陰に移動し、制服を脱ぎ……箱を開けた。


「…………え」


 そして、エマが作った戦闘服を着る。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 戦闘服を着たエルクは、物陰から出て───全員、静かになった。


「…………」

「「「「…………」」」」

「わぁ~! すっごくカッコいいですっ!」


 エマは興奮していた。

 エルクの戦闘服。一言で表現するなら……『暗殺者』にしか見えなかった。

 まず、フード付きのコート。

 膝下まであるフード付きの黒いコートだ。背中には『カラス』の刺繍がされており、刺繍の眼部分は赤いガラス球が入っていた。

 そして、真っ黒なズボン。漆黒のロングブーツ。指ぬきグローブ。

 さらに、口元を覆うマスクに、なぜか片目だけを隠す眼帯。

 エマは興奮したように言う。


「エルクさんエルクさんっ! 両腕を反らしてくれませんか?」

「……こう?」


 両の手首を反らすと、カシャン!……と、飛び出しブレードが出てきた。

 暗器。しかも両腕……まさかエマが、こんな武器を仕込むなんて思っていなかったエルク。

 エルクは、ようやく口を開いた。


「あの……その、すごいデザインだな」

「はい! えへへ……ヤトさんから『ヤマト国の歴史』って本を借りまして。そこに出てくる『アサシン』っていう職業の衣装を参考にしました! 飛び出しナイフは武器屋で買って付けました。エルクさん、武器とか持ってないし……その、いざというときに」

「お、おお……ありがとう」


 ヤト、なんて本を。

 だが、毎晩夜なべして作っていたとなると、文句は言えない。

 眼帯を付けても、なぜか普通に見えた。どうやらサングラスのような材質らしい。

 エマは、こそっと言う。


「エルクさん。その……大勢に顔を見られると、デオ王国の方に知られちゃうかもしれないですし」

「あ……」


 そこまで考えていなかった。

 奇抜すぎるだけかと思ったが、エマなりの配慮らしい。

 エルクはフードを被り、レンズ式眼帯を付ける。


「ありがとう。このお礼は必ずするから」

「いえ、エルクさん……わたしの方こそ、恩をお返しできました」

「エマ……」


 互いに見つめ合っていると、ガンボが「げほん、げほん」と咳をする。


「あー……とにかく、そろそろ行くぞ」

「だね。じゃ、みんなは観客席で見ててねっ」

「よし……行くぞ!」


 エルク、ガンボ、フィーネの三人は、チーム戦に向けて歩き出した。

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