開会式

 チーム戦、開会式が始まった。

 チームが多いため、全チームを一か所に集めるのは手間がかかる。なので、選ばれた数チームだけが本選会場となる『闘技場』に集まり、宣誓の言葉などをやる。

 他のチームは、数十チームごとに『選手控室』に集められ、控室にあった巨大なガラス板の前に集まっていた。

 エルクは、ガラス板を見ながら首を傾げる。


「なんだ、これ?」

「投影板。先公のスキルに『投影』を使える奴がいて、先公が見た『映像』を投影板に映すんだとよ」

「へ~っ、便利だな」


 投影板を眺めていると、いきなり映像が映し出された。

 闘技場内では、十チーム集まって並んでいる。

 案の定いた。


「あ、王太子エルウッドのチームだ。新入生最強のチームって言われてるみたいだよ」

「一緒にいるのは……チッ、有名な兄妹か。デオ王国の『剣魔』だ」

「……剣魔?」

「ああ。デオ王国、キネーシス公爵家の天才剣士の兄と、天才魔法使いの妹を合わせて呼ぶ名称だ。エルウッド王子と同じチームになったって聞いたが……」

「…………」


 エルクは、キネーシス公爵家の『剣魔』こと、ロシュオとサリッサを見た。

 騎士風の勝負服を着たロシュオと、魔法使い風のローブに身を包んだサリッサ。どこか誇らしげな表情なのは、見間違いではない。

 

「お前、有名どころの生徒くらい覚えておけよ」

「ああ、そうだな……」

「お、挨拶始まるみたい」


 まず最初に、学園長ポセイドンの挨拶だ。


『えー、長いのは嫌いなので簡単に。怪我をしても大丈夫、死んでも一日以内なら生き返るから、思いっきりやりなさい。以上……ふぉっふぉっふぉ』


 会場内が静まり返った。

 冗談なのか本気なのか、よくわからない。

 ポセイドンは、教師たちに何やらガミガミ言われていたが、両手で耳を塞いで聞こえないふりをしていた。どこまでも子供っぽい。

 そして次は、エルウッドによる生徒代表挨拶だ。


『宣誓!! 我々は、正々堂々と戦い抜くことを、ここに誓います!!』


 闘技場にいた生徒たちが、右手を上げて復唱する。

 控室にいた何人かも、同じように手をあげる。

 だが、エルクは上げない。誓わない。

 正々堂々という言葉が信じられない。かつて、キネーシス公爵家に陥れられた時を思い出し、投影板に映るロシュとサリッサを睨んでしまう。


「……おい、どうした?」

「エルク、緊張してる?」

「……いや」


 ガンボとフィーネがエルクの顔を覗き込んだ。

 だが、エルクは首を振る。

 そして、投影板に現れたのは──────シャカリキだ。


『はいは~い。では、ルール説明しますね。まず最初に『予選会』を開催します。それぞれのチームに一本、この『フラッグ』を渡します』


 シャカリキがパチンと指を鳴らすと……なんと、エルクの手元に赤い『旗』が現れた。

 いきなりのことで驚くが、周りも同じ状況だった。


『ルールは簡単。制限時間内に、この『フラッグ』を三本所有していたチームが本選に出場できます。どんな手段を使っても構いません。制限時間は七時間。三本の『フラッグ』を手に入れてください。ああ、先ほど校長も言いましたが……死んでも問題ありません。マジで。死んで一日以内なら、どんな状態でも蘇生できる最強の治癒師。『五星』の一人ナイチンゲール様がいらっしゃいますので』


 五星。

 世界最強のスキルを持つ五人の一人。

 確かに、それは安心だ。


『冒険者は、常に死と隣り合わせです。この戦いを通し、死の恐怖と戦いの恐ろしさ、痛み、絶望を学んで────まぁ、とにかくこんな感じです。はい』


 相変わらず適当に締めるシャカリキ。

 頭をポリポリ掻き、眠そうに欠伸をして下がった。

 そして、今度は若い女性が舞台へ上がる。


『それでは、第一期新入生による『武道大会・チーム戦』を開始する……皆、正々堂々、勇敢に戦うように──────』


 女性が手を上げる。

 そして、思い切り振り下ろした。


『それでは──────始めッ!!』

「えっ」


 エルクの持つ『フラッグ』が一瞬だけ光り……エルクは一瞬の浮遊感を感じた。


「……は?」


 そして、気が付くと……森に立っていた。


 ◇◇◇◇◇


 すぐ近くに、ガンボとフィーネがいた。

 

「マジかよ……どうなってんだ?」

「た、たぶん、その旗じゃない? アタシ、それ光るの見たし」

「だな……すげぇ」


 エルクは、旗を丸めてコートの内側へ隠す。

 そして、周囲を確認した。


「……森だな」

「そりゃ森林ダンジョンだからな」

「調査も終わった安全なダンジョンだよね……ね、旗を三つ集めるんだよね?」

「ああ。あと二本だよ」

「それと……制限時間は七時間。夕方五時までか」


 最低二回は戦わなくてはならない。

 エルクは、少し迷った。


「…………」


 ガンボとフィーネに、キネーシス公爵家のことを言うかどうか。

 今でこそ、楽しい学園生活を送っている。

 だが、エルクの目的の一つに「キネーシス公爵家への復讐」がある。

 このチーム戦で、あの二人をブチのめしたい気持ちは強かった。

 できれば、本選で。


「あの、さ……」

「ん、どしたの?」

「……言いたいことあるならさっさと言え」

「……その」


 エルクは迷う。

 そもそも、信じてもらえるだろうか。「自分は、キネーシス公爵家の長男。ロシュオとサリッサ、キネーシス公爵家の連中に殺されそうになったが生きていた。だから復讐したい」など。

 でも、チーム戦で戦うなら、言わなくてはならない。


「あのさ、聞いて「───アブねぇ!!」


 と、エルクの背後から『針』が飛んできた。

 ガンボが右腕を『鋼鉄化』させ、針を弾く。

 フィーネの表情が変わり、態勢を低くした。


「チッ……もう来やがった」

「だよね。ダンジョンの広さはよくわかんないけど、数百のチームが飛ばされてるんだもん。もしかしたら、他にもいるかも」

「あの、ガンボ、フィーネ」

「話は後───」


 と、またしても『針』が飛んできた。

 今度はフィーネを狙っている。

 フィーネは「シュッ」と息を吐き、針をグラブで叩き落す。


「針……これ、何か塗ってある。毒、かも」

「ガンボ、フィーネ……俺、実は」


 エルクが言いかけた瞬間、頭上から大量の『針』が落ちてきた。

 ガンボが全身を鋼鉄化しようと力を込め、フィーネが構えを取る。

 だが……エルクが右手を上げた瞬間、全ての針が空中で止まった。


「ああもう、後にしろよ!!」

 

 エルクが左手を前へ突き出し、ぐるりと回転する。


「そこか」

「!?」


 藪に隠れていた少年が、念動力で無理やり引きずり出されフワリと浮かぶ。

 エルクは、少年を近くに木に叩きつけ、さらに別の木へ、さらに別の木、さらに別の木───と、滅茶苦茶に叩きつけた。

 ドドドドドドドドド!! と、木に何か激突する音がしばらく響き……最後に、エルクは少年を顔だけだし、地面に埋め込んだ。

 完全に気絶している。


「「…………」」

「俺、実は……キネーシス公爵家の長男なんだ」

「「…………そ、そう」」


 圧倒的なエルクの力に、二人はとりあえず頷いて同意した。


 ◇◇◇◇◇


 一人は倒した。だが、三人一組チームなので、あと二人いる。

 恐らく、『針』の少年は斥候のような役割で、近くにあと二人いるはず。

 ガンボは、エルクに言う。


「エルク、オレとフィーネは接近タイプ。目の前に現れてくれれば対処できるが、遠距離からチマチマやるタイプとは相性が悪ぃ……どこかにあと二人いるはず。任せていいか?」

「ああ。任せとけ」


 エルクは目を閉じ、念の力を波紋のように広げる───と、見つけた。

 ただ物を操作するだけじゃない。念動力は『念』の力。その形に決まりはない。

 距離は約五十メートル。口元がパクパク動いていることから、『針』の少年が戻らないことに不安を覚えているようだ。

 

「ガンボ、フィーネ。こっちに引っ張るから任せていいか?」

「おう、任せろ」

「こっちもいいよ」

「よし」


 エルクは右手を五十メートル先にいる二人へ向け、念動力を発動。


「なっ!?」

「きゃぁっ!?」


 いきなり引っ張られた二人はエルクたちの前に。

 同時に、ガンボとフィーネが動く。

 相手はまだ宙に浮かんだまま。ガンボの右腕が鋼鉄化し、フィーネも拳を握る。


「『メタルラリアット』!!」

「『烈風拳』!!」

「ごぼあ!?」

「うげっ!?」


 ガンボの鋼鉄化した右腕によるラリアット。

 フィーネの、一瞬だけ拳を『加速』させたボディブロー。

 二人の攻撃が、まだスキルすら使ってない敵二人の意識を完全に刈り取った。

 男子生徒の腰に、フラッグが挟んであった。エルクは念動力で回収し、二本目のフラッグを手に入れた。


「よーし! これで二本。あと一本だ!」

「ふぅ……弱い連中で助かったぜ」

「あと一本手に入れた本選行こうね!」


 と、その前に……エルクは言う。


「その前に、俺の話を聞いてくれ。ちょうどこの辺、人の気配がないからな」


 エルクは、二人に事情を説明することにした。


 ◇◇◇◇◇


「で、何だって?」


 周囲に敵がいないことを再度確認し、ガンボが言う。

 フィーネも、聞く態勢になったのか黙っていた。

 エルクは、小さく息を吐く。


「さっきも言ったけど、俺……俺は、キネーシス公爵家の長男なんだ」

「……キネーシス公爵家。兄貴は事故で死んで弟と妹だけって聞いたぞ」

「あ、アタシもそう聞いた」

「違う。事故じゃない。俺は……キネーシス公爵に陥れられて、ロシュオに殺されかけたんだ」

「……なに?」

「ど、どういう」


 エルクは、話した。

 ロシュオ、サリッサと優秀なのに対し、次期公爵のエルクは「念動力」スキルだったこと。

 決闘で次期公爵を決めなおすということになったが、公爵家ぐるみでエルクを殺害しようとしたこと。

 当時、公爵家のメイドだったエマが、生きていたエルクを実家に匿ったこと。

 それから十年眠り、最近ようやく目覚めたこと。

 これらを説明すると、ガンボとフィーネは。


「……マジかよ」

「嘘……」


 と、何とも言えない顔をしていた。

 エルクは続ける。


「俺がこの学園に入った理由の一つに……公爵家への復讐がある。ロシュオとサリッサは、まだ俺が生きてることを知らない。このチーム戦を利用して、あの二人を滅茶苦茶に追い詰めてやる」

「でも、できるのか? あの二人……間違いなく、学園最強クラスだぞ」

「できる。今の俺なら」

 

 説明に、ピピーナのことや生と死の狭間での二千年は省いた。

 これこそ、言っても信じないだろう。

 

「最初は、チーム選は興味本位だった。でも……あの二人を見た瞬間、恨みが」

「あーもういい、わかった。手を貸すことはしないが……何も言わねぇ。オレはチーム戦の優勝目指して戦うぜ。それでいいだろ」

「ガンボ……」

「アタシも、強い相手と戦えればいいよ。それに……エルクのきもち、わかるし」

「フィーネ……ありがとう」

「ふん。とりあえず、旗をあと一本集めて、本選───」


 と、ガンボが言った瞬間。

 突如として、『バッタ』と『トンボ』の大群がエルクたちに襲いかかってきた。


「うおぉぉ!? なな、なんだ!?」

「これはまさか────」

「む、虫は平気だけど数いるとキモイっ!!」


 ガンボは叫んだ。


「これは『操作』───ちくしょう、チュータ!! テメェ、どこいやがる!!」


 チュータ。

 それは、かつてガンボが胡麻をすっていた貴族マルコスの側近の名前。

 昆虫の大群が、エルクたちに襲い掛かってきた。

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