申し込み
「というわけで、チームが揃った」
「へぇ」
男子寮食堂で、エルクはニッケスと夕飯を食べていた。
今日の夕飯は日替わりメニュー。メインはオーク肉のソテー、エルクは満足そうに微笑む。
ニッケスは、オレンジジュースを飲みながら言う。
「そろそろ武道大会の申し込み始まるな。明日辺り、先生から話あるんじゃね?」
「そっか。あのさ、なんで『武道大会』っていうんだ?」
「確か、昔は肉体強化系のスキル使いだけしか参加できなくて、武器なしの素手による格闘しか使えない大会だったんだ。その時の名残っぽい」
「へ~」
「昔は、スキルも肉体強化系が多かったみたいだしな。今でこそ、いろいろ種類あるし……そういや、明日の授業は『スキルについて』だな」
「スキル、かぁ……な、スキル進化ってなんだ」
「…………」
ニッケスは、信じられないものを見るような眼をした。
「な、なんだよ……」
「お前、マジで世間知らずだな……スキルもらった時に神殿から少しは聞いただろ」
「えっと……」
スキルをもらったとき、『念動力』というハズレスキルのことばかり考えて聞いていない。
その後、ロシュオと決闘して殺されかけ、十年も眠っていたのだ。
そのあたりのことは、エマには内緒にしてもらっている。
「ま、明日の授業を楽しみにしとけ」
「え~」
ニッケスはオレンジジュースを飲み干し、おかわりを注いだ。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
教室に入ると、やや注目されたがエルクは無視。
自分の席に座り、教科書を机に入れていると、隣に座るヤトが言う。
「おはよ」
「ん、おはよう」
「チームメイト、見つかった?」
「ああ。なんとかな。これでチーム戦に出れる」
「ふーん」
「お前、個人戦に出るんだっけ?」
「ええ。あなたもでしょ?」
「ああ」
「楽しみ」
ヤトはポニーテールを揺らし、ニコッと笑う。
黒く艶やかな髪がさらりと流れ、赤い髪紐が同じく揺れる。
柔らかな微笑は、同年代の女子と思えないほど大人びて見えた。
エルクは、思わず顔を反らす。
すると、ガンボがのしのし歩いてきた。
「おう、放課後、時間あるよな?」
「おっすガンボ。今日もデカいな」
「うるせ。それより、時間あるな? あの、筋肉女と一緒に、チーム戦の申し込みしに行くぞ」
「え、受付始まったのか?」
「今日からだ。そのへん、先公から話あるだろうよ」
「わかった」
ヤトが「筋肉女……?」と呟いていたが、エルクは気にしない。
しばし、ガンボと話をしていると予鈴が鳴った。
教室に、シャカリキが入ってくる。
「はいは~~~い。授業始めます~~~……の前に、今日から『スキル武道大会』の申し込みが始まります。チーム戦、個人戦に参加したい方は、申込窓口まで書類提出してくださ~~~い。ああ、書類は窓口にありますんで、間違いのないように書いてくださいね~~~」
なんとも間延びした喋り方だった。
そして、シャカリキは思い出したように手をポンと叩く。
「あ、忘れてた。スキル武道大会について説明しなきゃいけなかった……え~と、『スキル武道大会』は、この学園の伝統行事の一つです。今回の第一期大会は、新入生を対象とした大会ですね。二期、三期は全員参加ですが、第一期大会の参加は自由。チーム戦、個人戦とありまして、チーム戦は三人一組、個人戦は勝ち抜き戦となってます。ふふふ、アタシは第一期大会が好きなんですよ。右も左もわからない雛鳥ちゃんが、拙くレベルの低いスキルをぶつけあう……なんとも、見てておもしろい」
「「「「「…………」」」」」
クラスがしーんとなる。
確かに、上級生に比べ、入学したての一年生の大会は技術も、スキルも拙い。
というか、話の順番がめちゃくちゃだった。
「ま、参加するならお早めに。では授業を始めます。今日は『スキルについて』学びますね~」
◇◇◇◇◇◇
スキルとは。
スキルは、十歳になると『神』から授けられる奇跡の力である。
昔はほぼ『肉体強化系』のスキルばかりだったが、今では種類も多く、数千種類のスキルが存在すると言われている。
スキルは大まかに分けて強化スキル。武器スキル。魔法スキル。特殊スキル。
この四つに分類される。
強化スキルは己の肉体を強化するのがメインとなり、武器スキルは武器を強化、魔法スキルはあらゆる魔法を使いこなし、それ以外のスキルは特殊スキルに分類される。
スキルにはレベルがあり、ランクがある。
最底がGランク、最高がSランク。
Sランクスキルは国が認めた最強のスキルで、現在五つ確認されている。
その五つのスキルを持つ冒険者を『五星』と呼び、ガラティン王国だけではなく、この世界で最も強大なスキル使いとして名を馳せている。
スキルには、レベルがある。
スキルごとに最高レベルというものがあり、そのレベルに到達すると『スキル進化』する。
進化したスキルは、そのスキルに応じ新しい効果を生み出す。
例えば、『鋼鉄化』
レべル1のスキルは『硬化』で、腕力向上の効果だけしかない。だが、レベル10になると『鋼鉄化』に進化し、レベル20になるとさらなる進化を遂げる。
だが、進化しないスキルもある。
例えば……『念動力』
最高レベルは10。能力は『小さな物を引き寄せる』効果がある。そう、これだけ。
ちなみに、スキルレベルを確認するには、『鑑定』のスキルで確認できる。
◇◇◇◇◇◇
「と、スキルはこんな感じですねぇ。あと、一般的なマナーとして、他人のスキルについて調べたり、干渉したりするのはダメですよ~」
エルクは教科書を見ながら、シャカリキの説明を聞く。
そして、ふと思う。
「そういえば……俺の念動力、レベルどのくらいあるのかな」
ピピーナとの訓練を思い出す。
最大レベルが10ということは知っていた。だが、今のレベルは?
ピピーナ曰く、あの『生と死の狭間の世界』ではレベルという概念が消える。二千年間鍛え続けた念動力……そもそも、測れるのだろうか?
「あ、自分のスキルレベルに興味がある方は、『測定室』でレベルを確認できます。ああ、有料なので、お金は自分で用意することね~」
エルクは自分のレベルを確認してみることにした。
◇◇◇◇◇◇
放課後になり、エルクはガンボと一緒にフィーネと合流した。
「やっほー! 今日もいい身体してるねぇ!」
「よし、チーム戦の登録しに行こうぜ」
ガンボはフィーネの発言をサラリと流した。
当然だが、フィーネは制服姿。昨日の薄手のタンクトップやスパッツとは違い、女の子らしく見える。
だが、靴ではなく分厚いブーツをはいていた。
足下を見過ぎたのか、フィーネがにんまり笑う。
「うふん♪ 女の子の足をジロジロ見ちゃダメよ?」
「ち、違うって。その、靴……分厚いなって」
「そりゃ武器ですから。申請すれば武器の携帯許されてるでしょ?」
「靴が武器?」
「うん。アタシ、格闘家だからね。グローブも持ってるよ?」
フィーネは、ポケットからグローブを取り出す。
ガンボも言う。
「オレは身体を固めれば武器になるから持ってねぇ。でも、武器を携帯してる奴はかなり多いぜ。まぁ、理由なく武器を使用したり、傷付けた場合は罰を受けるけどな」
「へぇ~」
「お前、マジで何も知らねぇのな」
「う、うるさい」
「あはは! ね、ね、アイス食べながら行かないっ?」
三人は、チーム戦の申し込み窓口へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
申込窓口は、訓練場の一つを丸々使っていた。
そこに、申込書はもちろん、武道大会の説明書きが多く壁に貼りだされている。
窓口も、十以上あった。
エルクは、個人戦の申込書とチーム戦の申込書を手に取る。
自分の名前、クラス、学生証に書かれた生徒番号を記入する。
チーム戦の用紙に、ガンボとフィーネも名前を書いた。
「よし、窓口に出してくる」
「ああ。個人戦のやつは自分で出す。チーム戦のは任せたぜ」
「じゃ、出してきま~っす」
フィーネ、ガンボは空いている窓口を探し、列に並ぶ。
エルクも、適当な列に並んだ。
エルクの前にいるのは、背の高いがっしりした体格の男子生徒。
「ん……?」
そして、気付いた。
どこかで見たことがある生徒だと思ったら……なんと、ガラティン王国王太子、エルウッドだった。
エルウッドは、エルクの声に反応したのか振り返る。
「や、こんにちは」
「ど、どうも」
爽やかな笑顔だった。
王太子なのに、普通に列に並んでいる。
エルクの視線に何かを感じたのか、少し苦笑した。
「いやぁ、こういう列に一度並んでみたくてね……それに、申込書を提出するっていうのも」
「なるほど……二枚あるってことは、チーム戦も?」
「ああ。そういう君も二枚か。ふふ、チーム戦に当たったらよろしく頼むよ」
「はい。よろしくお願いいたします」
そして、見てしまった。
「───……っ!!」
エルウッドの持つ申込書に書かれた名前。
ロシュオ、サリッサ。
「ん? ああ、オレのチームメイトが気になる? 実は、デオ王国のキネーシス公爵家から来た兄妹なんだ。知ってる? けっこう有名だと思うけど」
「ええ……
「そうなのか。デオ王国始まって以来、最高の才能を持つ剣士と魔法使いなんだ。オレも今からワクワクしてる」
「…………そうなんですね」
「ああ。本当に、素晴らしい兄妹だ。
ピシリ───と、エルクの立つ地面に、僅かな亀裂が入った。
念動力が暴走し、目の前に立つエルウッドが一瞬で肉塊になる───ことはなかった。
言ってやろうかと思った。
『その二人、キネーシス公爵家と結託して、実の兄を惨殺しましたよ』
まぁ、言えるわけがない。
だが……借りを返すチャンスは、訪れた。
今はまだ、このままでいい。
「おっと、オレの番だ。じゃあ、そういうことで」
「はい……」
武道大会のチーム戦。
エルクは、今まで以上にやる気が満ち満ちて来た。
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