入学式
サンドイッチを食べ、入学式の会場である大講堂へ向かう。
数千人収容可能な講堂はあまりにも広い。
席が自由なので、エルク、エマ、ニッケス、メリーと並んで座る。
エルクは周囲を見渡す。
「なんだ、どうした?」
「いや、なんでも……」
ニッケスが首を傾げた。
エルクは、ロシュオとサリッサを探していた。
最後に会ったのは十歳。六年経過しているので、すぐにはわからないだろう。
向こうは、エルクが死んだと思っているはず。
「…………」
「エルクさん……」
エマは察したようだ。だが、何も言わない。
それから十分ほど経過。講堂内が新入生で埋まってきた。
今年の新入生は千人を軽く超えている。
「すごい数ね……」
「そりゃ、スキルの使い方を学ぶには最高の環境だからな。戦闘スキルを磨いて冒険者や傭兵になるのもいいし。王国に認められれば騎士にだってなれるかもしれない。オレやエマちゃんみたいに非戦闘系スキルを磨いて、商人目指したりするのもありだ。ま……半分以上が戦闘系スキル持ちだと思うぜ」
ニッケスが言う。
エルクは、ニッケスがいろいろ説明してくれる事がありがたかった。
と、エルクがニッケスに話しかけようとした時。
大講堂の壇上に、長い顎鬚の老人が立った。
『え~……静粛に。これより、入学式を始めます』
老人が現れ、一瞬で講堂内は静まり返る。
老人はニッコリ笑った。
『私は学園長のポセイドン。学園長ではありますが……冒険者でもあります』
ニッケスが「おお」と興奮する。
メリーも、少し鼻息が荒い。
エルクは、超小声でエマに聞いた。
「な、あの爺さんすごいのか?」
『ええ、私はすごい爺さんです』
エルクは背筋が凍り付いたかと思った。
ポセイドンは間違いなく、エルクを見て言った。
エマも驚きで硬直。ポセイドンは満足したように……いたずらが成功した子供のように笑った。
『ま、わしのことはお友達にでも聞いておくれ。え~、長い話は好きではないので、一つだけ……『みなさん、入学おめでとう』……以上です』
ポセイドンは「ふぉっふぉっふぉ」と笑い下がった。
よく見ると、壁際に控えていた教師の数名が頭を抱えている。
ポセイドンが下がると、入学生代表挨拶だ。
講堂内に、教師の声が響く。
『それでは、新入生代表挨拶。新入生代表、エルウッド』
「はい!」
『同じく、新入生代表、ヤト』
「……はい」
一人は、活発そうな赤髪の少年エルウッド。
もう一人は、長い黒髪ポニーテールの少女、ヤトだった。
「……代表って、二人なのか?」
「さ、さぁ?」
エマに聞いても首を傾げただけ。
エルクは、「もしかしたらロシュオ、サリッサが出るかも」など考えていたが違った。やはり世界は広い。新入生代表ということは、間違いなく優秀ということだ。
すると、ニッケスがヒソヒソ言う。
「ヤトって子は知らないけど、男は知ってるだろ……ガーウェイ王国王太子エルウッド。生まれつき三つのスキル……トリプルスキルの天才だ」
「王太子、って……まじか」
「それくらい知っとけ。あほ」
ニッケスがため息を吐く。
メリーを見ると、なんだか見惚れているような眼差しだった。
ニッケスは続ける。
「あの黒髪の子、ヤトだっけ? 黒髪は東にある島国『ヤマト』出身の証だったっけ……昔、ヤマト国から来た客がいたような」
「ヤマト、ね……」
サラサラの黒髪をポニーテールにしている。よく見ると、髪を結んでいるのは赤い網紐で、小さな銀色の鈴が付いてチリンと鳴った。
キリッとした表情で壇上に立つ姿は、なんともカッコいい。とエルクは思う。
メリーは、ポツリと言う。
「あの子、滅茶苦茶強いわね……」
「お、メリーが興味を持ったぞ。面白くなりそうだ」
「茶化さないでください、兄さん。まったく……見てればわかりますよ。なんというか、無駄のない動きというか、美しい剣がそのまま人の形になってるというか……」
「……なんじゃそりゃ?」
「とにかく、あの子は強いです。お手合わせ願いたいですね」
メリーがニヤリと笑う。
新入生の心得だの、これから頑張りますだの、堅苦しい言葉を話している。
エルクは飽きてきた。
「ふぁ……眠い」
「エルクさん、駄目ですよ」
「はいよ。な、エマ……今日って入学式だけで終わりか?」
「違いますよ。この後は自分のクラスに行って、担任の先生の挨拶とか、学校生活についてのミーティングがありますよ」
「長くなりそうだ……」
はぁ、とため息を吐いたエルクは首をコキコキ鳴らし───。
「───…………ぁ」
見てしまった。
ふてぶてしい笑みを浮かべ、灰色の髪をオールバックにした少年を。
長い桃色の髪をツインテールにした少女を。
「…………見つけた」
ロシュオ。
サリッサ。
六年の歳月を得て、成長した二人が……エルクの弟と妹がいた。
二人は並んで座っているが、その周りにはすでに取り巻きがいた。
ようやく見つけた。
キネーシス公爵家の次期当主と、その妹を。
「あ……」
「エマ、見るな」
「は、はい」
「ん? どした?」
「何でもない」
エルクはニッケスに微笑みかける。
そして、息を整える。
やや興奮していたようだ。
エルクは、胸を手でなぞる……ロシュオに斬られた部分は傷もなく完治しているが、手でなぞった部分が熱を持ったように熱い。
この二人、そして……キネーシス公爵。エルクの父親。
「見てろよ……」
エルクの耳にはもう、新入生代表挨拶は入ってこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます