念動力の使い方

 日が上り始め、まだ薄暗い時間。

 エルクは目を覚まし、大きく伸びをする。

 ベッドから起き上がり、軽くストレッチをして、窓を開ける。

 外の空気を目一杯吸い込み───パシッと頬を叩いた。


「よし、行くか」


 エルクは寝間着のまま窓から飛び出した。

 落下中、両手を地面に向けて念動力を発動すると、身体が浮き上がる。

 念動力による浮遊。

 今でこそ当たり前に使えた力だが、二千年前……正確には千八百年前。このころは身体を浮かすだけで精一杯だった。


「よし、自主練開始!!」


 エルクは空中で胡坐の体勢になり、ゆっくりと上昇……雲と同じくらいの高さまで上がり、止まった。

 上空は寒い。だが、念動力のフィールドで身体を覆っているため寒くない。

 エルクはピピーナの言葉を思い出す。


『念動力の修業、その285~……身体を浮かせたまま胡坐。んで小石を千個同時に浮かべて、一個の小石で千個全ての石を砕く。砕いた欠片が一粒でも地面に落ちたらやり直しね~』


 クソ難易度。

 かつてのエルクはそう思った。だが、百七十年ほどの修業でコツをつかんだ。

 エルクは浮かんだまま、両手の五指をクイクイ動かす。

 すると、ガラティン王国を中心に、半径五十キロ圏内から、手で握れるほどの小石が千個ちょうど、エルクの周囲に浮き上がる。


「───いくぜ」


 エルクは人差し指で、小石の一つを操作。

 

「コーティングからの……発射」


 小石に念を纏わせ、別の小石に向かって発射した。

 小石は粉々に砕け、パラパラと欠片が地上に落ちていく……が、全ての欠片を空中にとどめておく。

 さらに、別の石に向けて小石を発射、砕け散る、発射、砕け散る……を繰り返す。

 残った石は二個。エルクは大汗をかきながら、狙いを定める。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ッ」


 空中浮遊。小石の制御。念動力のフィールド。

 全てを同時にこなすのは、至難の技。

 だが、エルクはやっていた。

 そして……最後の小石が砕け、エルクは力を抜いた。


「終わり~……」


 エルクは、地上に向かって落下。

 高度数千メートルから、真っ逆さまに落ちていった。

 

「あ~~~~~~…………気持ちいい」


 落下は気持ちいい。

 適度な風が身体を通り抜けていく。

 落下の景色が、エルクは好きだった。

 だが、このままでは死ぬ……エルクは、念動力でゆっくり降下……学生寮の自分の部屋に戻った。


「早朝訓練、おしまいっ」


 これら全ての『拷問』が……エルクにとって最高の『修行』だった。


 ◇◇◇◇◇

 

 朝ご飯は、本来なら食堂で食べられるのだが……食堂はまだ開いていない。入学式後に正式稼働するとのことで、エルクは朝食抜きだった。

 腹を減らしたまま寮を出ると、エマがいた。


「エルクさん、おはようございます!」

「……おはよう、エマ」

「ふふ、もしかして朝ご飯ですか?」

「ああ……うう、食堂開いてない」

「こんなこともあろうかと、サンドイッチを作ってきました!」

「エマ!!」


 思わず抱きつこうとしたが自制。

 すると、男子寮から顔色の悪いニッケスが出てきた。


「お~う……畜生、食堂開いてねーのかよ」

「よ、ニッケス」

「おうエルク……ん? なんだそれ」

「サンドイッチ。くくく、エマのお手製だ」

「くれ!!」

「嫌だ!!」

「頼む!!」

「嫌だ!!」

「頼むぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

「エルクさん、いっぱいありますし、大丈夫ですよ?」

「エマちゃぁぁんっ!! どうだエルク、いいだろ!?」

「……わかった」


 エルクは、しぶしぶエマの持っていたバスケットを受け取る。

 

「あ、メリーさんがお茶を準備してますので、中央広場に行きましょう」

「メリーが?」

「はい。私がサンドイッチを作ってるのを見て、せめてお茶は……って言ってました」

「メリー、妹ながら可愛いねぇ」


 ニッケスはニヤニヤしている。

 入学式まではまだまだ時間がある。中央広場でお茶をしながら朝食というのも悪くない。

 中央広場に行くと、けっこうな生徒たちがいた。

 中央広場には噴水があり、ロングベンチやウッドテーブルが多く設置されている。


「どうやら、ここで朝飯食う連中が多いようだぜ」

「メリーさんはどこでしょうか……あ、いました!」


 ロングテーブルの一つにメリーがいた。のだが……様子がおかしい。

 メリーのほかに、生徒が三人ほどいる。

 エルクは気付いた。


「なんか、様子がおかしいぞ」

「まさか……」


 ニッケスが走り出す。

 エルクとエマも付いていくと、やはりそうだった。

 大柄な少年がエマに何かを言っている。大柄な少年の後ろには、どことなく気品のある男子生徒と、ネズミみたいな顔をした男子生徒がいた。

 メリーは、大柄な少年に言う。


「やめてよ! ここは、私が先に取った場所なのよ? 後に来たあなたたちに譲るわけ」

「おいおいおいおい。平民の分際で生意気だぜ? こちらはペイズリー男爵家長男、マルコス様だ。彼の名前を知らないのかよ?」

「知らないですね。それに、偉いのはあなたの後ろにいるおぼっちゃまじゃなくて、男爵様でしょう? こんな脅すように『席をよこせ』だなんて、恥ずかしくないのかしら?」


 これはいい過ぎだ、とエルクは思う。

 案の定、貴族の少年が前に出た。


「貴族を侮辱するなんて、勇気のあるお嬢さんだ……名前は?」

「あなたに名乗る名前なんてありません」

「やれやれ……チュータ、やれ」

「ちちちっ、へい」


 ネズミ顔の少年がヒュッと口笛を吹くと、メリーの足元に数匹のネズミが現れた。


「きゃっ!?」

「ガンボ」

「へい、マルコス様」


 ネズミを避けようとしたメリーの腕を掴もうと、大柄な少年ことガンボが手を伸ばす。

 メリーの手を掴み、ちょいと脅そうとしているのだ。

 生意気な平民の女だが、顔は可愛い。身体も悪くない。

 マルコスは、軽くメリーの胸でも触ろうと下卑た表情を浮かべた……が。


「───ッ!?」


 ガンボの手が止まった。

 ピタリと、時間が止まったように。

 その隙に、メリーはバックステップで距離を取る。


「メリー!」

「兄さん!」

「大丈夫か? 変なことされなかったか?」

「はい。なんとか」

「───っぷあ」


 ガンボの時間が動きだしたように、伸ばした手が空を切る。


「な、なんだぁ!? テメェ、オレになにしやがった!? なんのスキルだ!?」

「……訳が分かりません」

「チッ……おいガンボ、何やってる。チュータ、やれ」

「ちちちっ、わかりやした」

「ちくしょうが!! この女ぁ!!」


 チュータがネズミを呼ぼうと口笛を吹こうとし、ガンボが両手を伸ばす……が。


「っっっ!?」

「んがっ!?」


 チュータの唇が固定されたように動かなくなり、ガンボの身体がビタッと止まる。

 そして───メリーを守るように、右手をかざしたエルクが前に出た。

 エルクは、マルコスに言う。


「もうやめとけって」

「……お前のスキルか」

「ああ。念動力だ」

「はぁ? ね、念動力って……く、はははははははっ!! 念動力だって!? はずれスキルじゃないか!! まさか、念動力持ちが入学するつもりかい?」

「そのつもりだけど」

「……冗談は面白くないね。何をしたか知らないが、ガンボとチュータを解放しろ」

「いいよ。ほい」


 念動力を解除すると、二人は動きだした。

 チュータは口を、ガンボは身体を確認する。

 マルコスは、二人に言う。


「命令だ。こいつをブチのめせ」

「……へい」

「ちちちっ……いいんですね?」

「ああ。かまわん」

「おい、やめとけって」


 エルクは止めるが、マルコスは聞いていない。

 右手を上げ、そのままエルクに向けた。


「二人とも、やれ!!」

「「へいっ!!───……」」

「だから、やめとけって」


 アイトが右手をかざすだけで、二人はピクリとも動かない。

 せっかくなので、終わらせることにした。


「ほい、ほい、ほいっと」


 念動力で操作し、互いを向き合わせた。

 そして、ガンボの腕を操作し───念動力を解除した。


「っじゅぁぁぁぁ!?」

「あぁぁ!? すす、すまんっ!!」


 ガンボの拳が、チュータの顔面に付き刺さった。

 念動力でガンボの腕を動かし、そのままチュータの顔めがけてパンチを放つようにしたのだ。

 これには、マルコスも驚く。


「な、何をしたんだ!?」

「だから、念動力で操作しただけ」

「ば、馬鹿言うな!! ね、念動力だぞ……!?」

「まだやるか?」

「……や、やめておく」


 マルコスは、ガンボとチュータを見捨てて逃げ去った。

 エルクが五指を開くと、ガンボとチュータは後を追うように逃げ去った。


「よし。メシにしようぜ!」

「まてまて。おいエルク……お前。何したんだ?」

「念動力で動きを封じただけ」

「……マジかよ?」

「とりあえず、メシにしようぜ!」


 サンドイッチをは、とてもおいしかったそうだ。

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