ガラティーン王立学園

 ガラティン王国、王都ギャラハッド。

 エルク、エマの二人は馬車に揺られてやってきた。

 エルクたちの故郷であるデオ王国からはるか西にある、大陸最大の王国。

 馬車から身を乗り出し、エルクは王都を眺めつつ言う。


「ここがガラティン王国……ここに、ガラティーン王立学園があるのか」


 そして、キネーシス公爵家の嫡男にして弟、ロシュオ。妹のサリッサも。

 エルクを陥れた公爵家のことを思い出す。


「…………」

「エルクさん?」

「あ、いや……なんでもない。えっと、学生寮にはもう入れるんだよな」

「はい。入学式は明日、部屋には制服と教科書が届いているはずです」

「よし。じゃあ、学生寮に向かおう」

「はい!」


 馬車はゆっくりと進む。

 ガラティン王国の巨大正門を抜け、城下町へ。

 横幅の広い道には住宅やら商店がぎっちりと並んでいる。デオ王国でもこんなに栄えていない。

 さすが大陸最大の王国。エルクはそう思う。


「ふわぁ……」

「エマ、こういうところ初めてか?」

「は、はい。キネーシス公爵領と全然違います……すごい」


 エマも窓を開け、町をキョロキョロ見ていた。

 馬車が多いのが気になったが、どうやらみな同じ場所へ向かっている。

 向かっているのは、この国の王が住まうガラティン王城……ではなく、ガラティン王城から離れた場所にある巨大な建物。ガラティーン王立学園だ。

 馬車は学園正門前に到着。エルクとエマは降り、御者にお礼を言った。

 荷物を持ち、学園正門を見上げる。


「すごいな……」

「は、はい。あの……わたしたち、ほんとにこの学園に?」

「あはは。入学証書もらっただろ?」

「え、えっと。まだ信じられなくて」


 エマは曖昧に笑う。どうやら圧倒されているようだ。

 すると、二人に近づく人がいた。


「あの、もしかして……新入生、ですか?」

「「?」」

「よ、こんちわ」


 金髪のロングヘアの少女と、同じ髪色のクセッ毛の少年だ。

 エマが少し困惑していたので、エルクが言う。


「そうだけど」

「おっと失礼。いきなりで怪しいよな」


 少年はケラケラ笑い、胸に手を当てた。


「オレはニッケス。王都で商人やってる家の息子だ。こっちは妹のメリー」

「初めまして。メリーです。両親は王都でセネガル商会を運営しています」

「ああ、なるほど。俺はエルク、こっちはエマ。よろしくな」

「よ、よろしくです」


 キネーシス公爵家のメイドとして、礼儀作法は仕込まれたエマ。

 だが、初めて来る巨大王都の雰囲気や学園に圧倒され、きちんとあいさつできなかった。

 ニッケスは気にしていないのか、エルクに言う。


「オレのことはニッケスでいいぜ。オレもエルクって呼ぶからよ。ところで、二人は『どっち』だ?」

「……どっち?」

「ああ、戦闘か、商業のどっちかってこと」

「兄さん!」

「別にいいじゃん。ちなみに、オレは『計算』スキル持ちで、商会の次期後継者なんで商業科でお勉強……あはは。めんどくせ~」


 つまり、戦闘系がメインのスキル学科か、技能系がメインのスキル商業科のどちらかということだ。

 エルクは言う。


「俺はスキル学科。エマは商業科だよ」

「お、エマちゃんと一緒か。よろしくな!」

「えっと、はい」

「ありゃ、警戒されてる?」

「もう! 兄さん、いい加減にして!」

「あはは。わりーわりー、代わりにエルク! 妹はお前に任せたぜ」

「え? じゃあ、メリーは戦闘系なのか?」

「……はい」


 メリーは恥ずかしそうにしていた。

 だが、ニッケスは止まらない。


「くっくっく……聞いて驚くなよ? なんと! わが妹のメリーは『ダブルスキル』なんだ。スキルを二つ持ってるんだぜ!」

「おお、まじで!?」

「ああ。『雷魔法』と『剣技』のスキルだ。ま、どっちもレベル低いけどなぶへぁ!?」


 最後まで言う前に、ニッケスはメリーに殴られた。


「にいさん……他人のスキルをバラすのはマナー違反ですよ。いずれ知ることになるとしても、他人のスキルについてあれこれ喋るのはよくありません」

「いや、他人って……兄と妹じゃん」

「駄目なのはダメです!! まったくもう」

「あはは。仲いいんだな」

「……そう見えますか?」


 メリーはプイっとそっぽ向いた。

 ニッケスは殴られた部分をさすり、エルクに言う。


「ところでエルク、お前のスキルは?」

「ああ、念動力だ」

「「え」」


 ニッケスとメリーが硬直したのを、エマは見逃さない。

 やはり、念動力は「はずれスキル」……そういう認識なのだ。


 ◇◇◇◇◇


 当然ながら、男子と女子の寮は別。

 さらに、貴族階級の生徒たちも特別寮。

 エルクは一般平民寮。ニッケスはややグレードの高い部屋に入った。

 嬉しいのは、狭いながらも一人部屋だったこと。

 エルクは、部屋に用意してあった教科書や制服を眺める。


「……」


 間違いなく、弟のロシュオと妹のサリッサも入学する。

 エルクは、昔のことを……『二千年前』のことを思い出す。

 ロシュオの勝ち誇った笑み。歪んだサリッサの笑み。

 そして、父ワルド。


『お前はもう、必要ない』


 ───キィン。

 エルクは深呼吸する。念動力が暴走するところだった。

 でも……やはり、頭にくる。

 右手を、部屋に置いてあった金属製のロッカーへ向けた。

 中は空っぽ。自由に使っていいのだろう。


「…………っ」


 エルクが右手を向けた瞬間、ロッカーはグシャグシャと音を立てて折れ曲がっていく。

 まるで、一枚の紙を両手で丸めるように。金属製のロッカーが、エルクの念動力で折れ曲がり、小さくなり……掌で包み込めそうな、小さな球体となり手に収まる。

 ロッカーだった球体を手でもてあそび、エルクはつぶやいた。


「見てろよ……」


 学園で学ぶことも大事だが……同じくらい、公爵家に復讐するのも大事だった。

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