修業、終わり

「それじゃ、修行はおしまい。よく頑張りましたー♪」

「あ、ありがとうございます……」


 エルクは、ピピーナに頭を下げる。

 二千年が経過し、修行が終わったのだ。

 ピピーナは、エルクに向かってにっこり笑う。


「す~~~っごく楽しかったよ。ありがとね、エルクくん」

「はい。俺も楽しかっ…………いや、楽しくはなかったです」

「あん、正直ぃ!」


 精神がブチ壊れるような修行だった。

 二千年。

 狂ったように身体と、念動力を鍛えた。

 今のエルクの念動力レベルは。


「うんうん。強くなったねぇ」

「いやでも、ピピーナに一撃しか入れられなかったし……」

「いやいやいや。存在する全ての創造者であるわたしに、創造物であるキミが一撃いれるなんてフツーはあり得ないんだよ? 全人類が結託してわたしに挑んでも、わたしなら欠伸する間に滅ぼせちゃうの。でもキミは一撃入れた……正直、驚いたよ~」

「……ど、どうも」


 エルクは照れ、頬をポリポリ掻く。

 

「今のキミなら、誰にも負けないよ」

「…………」

「もっと誇っていいんだよ? フツーは、わたしに会ってするお願い事は『強力なスキルをください』なのに、キミは念動力を鍛えぬいた。なが~くいろんな人間見てきたけど、キミみたいな子初めてだ。ほんとに、楽しかった」

「ピピーナ……」

「さ、そろそろお別れ。現実のキミに魂を送るね。そうすれば、キミの肉体に今までの『経験』が反映される……ちょっと痛いかもしれないけど、我慢すること」

「うん、わかった」

「今、エルクくんの身体が置いてあるところは、デオ王国東にある小さな農村。エマちゃんの実家だね」

「エマ。エマかぁ……エマ、元気にしてる?」

「うん。エルクくんの死体処理をやらされて、そのあとすぐに公爵家を辞めたみたい。エルクくんが完全に死んでないこと知ってたから、そのまま実家に連れて帰ってお世話してるみたいだよ」

「……エマ」


 エルクは胸がいっぱいになった。

 エマのやさしさに、胸を打たれたのである。

 ピピーナはウンウン頷いた。


「いい子だよねぇ。今は十六歳になって、村では一番の美人みたいだよ。求婚もされてるけど、みんなお断りしてるみたいだねぇ」

「…………」

「早く目覚めて、おはようのキッスでもしてあげたら~?」

「し、しないし!!……とりあえず、起きたらいろいろ確認して、今後のことを考えないと」

「今後のこと?」

「公爵家にやられた借りを返す」

「あ、ならいい方法あるよ」

「?」

「ふっふっふ。神様ピピーナを楽しませてくれたお礼! あんまり大それたはできないけど……よし、できた。地上に戻って何日かしたら面白いこと起きるから、お楽しみに!」

「……?」


 ピピーナはにっこり笑い、エルクの頬に手を添える。


「じゃ、元気でね───ちゅっ」

「ほぁ!?」

「ふふ、神様のキッス。ばいばーい♪」


 ピピーナがエルクの頬に軽くキスをすると───エルクの身体が溶けていく。

 エルクは、叫んだ。


「ピピーナ!! 本当にありがとうございました───」


 手を振るピピーナは、エルクの意識が消える瞬間まで笑顔だった。


 ◇◇◇◇◇


「──────ぅ」


 目が覚めると、全身に激痛が走った。


「ぃ、っぎ……!?」


 ビキビキと、骨と筋肉と内臓が無理やり引き延ばされるような痛み。

 魂に刻まれた記憶が、肉体に反映されているのだ。

 痛みが終わり、エルクはため息を吐き、ゆっくり体を起こす。


「うわぁ……すっげぇ」


 細マッチョだった。

 ムキムキではない。肉が付きにくい体型なのだろうか。

 ガリガリというわけではない。みっちり引き締まり、筋肉を詰め込んだような身体つき。腹筋も割れ、力こぶもできる。

 着ているのは薄手のシャツとズボン。パジャマのようだ。

 ポケットに、小さな袋が入っている。


「なんだ、これ?」


 袋を開けると、白い硬貨が入っていた。


「な、これ、は……白金貨!? 大金貨千枚分の、大金じゃねーか!?」


 袋には、小さな紙が入っていた。

 開いてみると、そこには。


『神様サービス♪ きっと必要になるから、まだ使っちゃダメよ?』


 と……可愛らしい丸文字で書かれていた。

 エルクは苦笑する……と、手紙が燃えてしまう。

 エルクは、白金貨の袋をパジャマのポケットへ入れた。


「う、ん~……はぁ、現実に戻って来たんだなぁ」


 窓を開けると、まぶしい陽射しが差し込んでくる。さらに、柔らかな風も入ってきた。風に乗って緑の匂いもする……田舎の村、そんな単語が浮かんだ。

 すると、ガチャンと何かが落ちる音が。

 振り返ると、そこにいたのは。


「……え、える、エルク、様」

「……エマ」


 エマだった。

 長い三つ編みは解かれ、背中の中ほどまである栗色のロングヘア。

 顔は小さく、目はぱっちり開いているが、今は涙で濡れていた。

 エマは、ぽろぽろ涙を零し……エルクに飛びついてきた。


「エルク様ぁぁぁぁ!! わ、私、私……」

「エマ。本当にありがとう……エマ、エマ」


 エルクはエマを抱きしめた。

 柔らかな女の子の香り。胸が大きいのか、エルクの胸板にエマの胸が押し付けられる。

 エルクは、涙を流すエマの目元を、そっとぬぐう。


「大きくなったなぁ、エマ」

「六年経ってるんです。大きくなりますよ……ひっく」

「じゃあ、十六歳か……はは、時間過ぎたなぁ」

「本当に、本当に……う、うぅぅ」

「エマ。いろいろ話を聞かせてくれよ。俺、エマの話を聞きたい」

「はい。はい……っ」


 エルクは、エマの頭を撫でながら、ゆっくり話をすることにした。

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