念動力

「エルク様……私、知っちゃったんです。キネーシス公爵家の方々が結託して、エルク様を陥れようとしてるのを。それで、エルク様のお付きのメイドだった私には何も知らされず……私、奥様に『死体の処理が最後の仕事よ』って言われて、クビになって……でも、エルク様は息があって、私……手当てをして、実家に連れてきたんです」


 エマの話は、ピピーナから聞いていたのと同じだった。

 感謝してもしきれない。

 エマのおかげで、エルクは生きられたのだ。

 エルクは立ち上がり、頭を下げた。


「本当にありがとう。エマのおかげで俺は生きている……本当に、ありがとう」

「そんな。私はできることをしただけで……エルク様」

「待った。その、様ってのやめてくれないか? 俺、もう貴族じゃないし。キネーシス公爵家からは抹消されているはずだ」

「は、はい。では……エルク、さん」

「さんもいらないって」

「で、でも……うう」

「あはは。じゃあ、おいおいな」


 エルクは笑う。

 エマも少しだけ笑う。だが、沈んだ表情を見せた。


「あの、エルク様……じゃなくて、さん。これからどうしますか?」

「これから?」

「はい。エルク、さん……はもう貴族ではありませんし、その……行く当てがなければ、私の家で」

「ありがとう。でも、やることがある」

「え……?」

「公爵家に、借りを返さないとな。エマ、たしか十六歳になると、ガラティーン王立学園の入学資格を得ることができるんだよな」

「え……か、借りを返すって、まさか」

「俺を陥れた報いを受けてもらう。ロシュオ、サリッサ……それと、公爵と婦人にもな」

「む、無茶です!! それにガラティーン王立学園に入るには入学費用が必要です。私の家にそんな蓄えはありません……申し訳ございません」

「金ならある」


 と、エルクはピピーナからもらった白金貨を出す。

 白金貨一枚で三年分の入学費用は賄える。

 エルクは二枚テーブルへ置き、さらに一枚をエマへ渡す。


「俺とお前の入学費用だ。それと、こっちは六年分の家賃」

「えぇぇぇぇ!? はは、白金貨!? それに、私も入学って……」

「ガラティ-ン王立学園。お前も一緒に来て欲しい……エマ、勉強したいって言ってたよな? お前の『裁縫』スキル、かなり上達したんじゃないか? 学園には確か、デザイン科もあったはず……よし、さらに白金貨一枚。これは卒業後に、お前のデザインした服を売る店の資金にしよう」

「はふぅん」


 エマは気絶してしまった。


 ◇◇◇◇◇◇


 エマは数分で起きた。

 そして、話を整理する。


「エルク様。ガラティーン王立学園に入るということは、やはり」

「ああ。俺は『スキル学科』へ進む」


 スキル学科とは、戦闘系スキルを持つ子供たちを育成する学部である。

 ここに在籍する生徒のほぼ全員が戦闘スキル持ちである。

 

「エマは『スキル商業科』で、デザインの勉強をするといい。お前と同じ裁縫スキルを持つ子もいるだろうし、楽しくやれると思うぞ」

「エルク様……」

「お前の母親にも生活費を渡す。というか、挨拶しないとな。あと、学園の入学手続きと、スキルの確認しないとな……へへへ、忙しくなるぞ」

「あの、エルク様」

「ん?」

「エルク様のスキルは、『念動力』……ですよね?」

「ああ。って、そうか」


 エルクは忘れていた。

 念動力。それは、近くの物を引き寄せるだけの『ハズレスキル』である。それがこの世界に生きる人たちの認識。

 だが、エルクは知っている。

 念動力は、可能性の塊。

 エルクの念動力(レべルMAX)は、恐ろしい戦闘スキルであると。


「せっかくだ。お前に見せてやるよ。念動力の真の力をな」

「え、えっと……」

「っと、その前に……世話になったお前の母親に、挨拶しないとな」


 ちなみに、この『挨拶』でいろいろ茶化された。花婿だの彼氏だの、エマの赤面はしばらく治らなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 エルクはエマの家の裏庭へ出て気付いた。

 

「ん、なんだこれ?」

「あ、それ……」


 家の裏には、大きな切り株があった。

 掘り起こそうとした跡もあったが、どうも諦めたようだ。

 

「えっと、庭のお手入れをしようと思って切ってもらったんですけど、切り株を引き抜くのに別料金がかかると言われて……私、なんとか掘り起こそうとしたんですけど」

「なるほどね」


 エルクは右手を切り株へ向け、念じる。


『動け』


 すると、切り株は地面から抜け、エルクの元へ飛んできた。

 さらに、エルクは人差し指で抜いた切り株をもてあそぶ。


「うんうん。力は問題ないな」

「え、え、え……えぇぇぇぇっ!? き、切り株が、抜けちゃった」

「こんなの序の口だよ」

「ど、どうやって……」

「念動力で引き抜いただけ。まだまだこんなもんじゃ───」


 と、切り株をふわふわ浮かせた状態でいると、叫び声がした。


「た、大変だぁぁぁぁ!! 村の中にオークが入り込んだ!! みんな、家の中に隠れろぉぉぉぉっ!!」


 村の規模は小さいので、声はよく響いた。

 エマは青くなり、エルクに言う。


「え、エルクさん!! 家の中に」

「ちょうどいいや。狩ってくる」

「え」

「よ、っと」


 エルクが両手を地面に向けると、エルクの身体がふわりと浮かんだ。


「え……」

「オークか。さぁて、初の狩りといこうか」


 エルクは念動力で空を飛び、どんどん上昇していく。

 村を見渡せるほど飛び上がり、村の様子を見る。


「お、いた。自警団が戦ってる……よぉし」


 エルクは急降下する。


「引くな!! 村を守れぇぇぇぇっ!!」

「おぉぉぉぉ!!」

「ぜやぁぁぁぁっ!!」


 槍を手に戦う自警団たち。

 エルクはオークと自警団に割り込むように着地。自警団とオークも、いきなり現れたエルクに驚いていた。

 エルクは、右手をオークに向ける。


 ───キィン!!


『!?』


 オークの動きが止まった。

 念動力により、身体の動きを封じられたのだ。

 エルクはそのまま左手をオークに向け、五指を開く。


「ほい、おしまい」


 左の五指をギュッと握ると───オークは大量の血を吐き倒れた。

 念動力で、心臓を握りつぶしたと、ぱっと見ではわからないだろう。

 自警団は、何が起きたのかわかっていない。

 エルクは、自警団に言う。


「こいつはもう大丈夫ですけど、他にもいますかね?」

「……え、ああ。確認したのは一匹だけだ」

「じゃあ、まだいるかもな。よし、近場を確認してきますね」


 そう言い、エルクは念動力で空を飛び、村近くの森へ消えていった。


「……なんだったんだ、あれは」


 自警団のリーダーは、意味が分からず呟いた。

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