修行①

 ピピーナは言う。


「この生と死の狭間の世界では、お腹も減らないし、眠くもならないし、どんな怪我を負っても死なない。それにこの空間、わたしが好きに弄れるから遊び放題なの」

「へ、へぇ……」

「では、エルクくん。念動力の修行を始めよっか!」


 ピピーナはジャンプして「いやっほーっ!」と叫ぶ。

 エルクはどちらかと言えば大人しい性格だ。なので、ピピーナのノリはいまいち苦手。

 ピピーナは指をパチンと鳴らす。すると、どこからか黒板が現れた。


「ではまず、念動力の説明するね」

「は、はい」

「念動力。はぁ~……下界見て思うけどさ、みんな馬鹿にしすぎ。念動力ってマジで最強レベルに強いのにねぇ」

「え」

「だってさ、念じるだけで使えるんだよ? 身体は動かさなくていいし、座ってても、目を閉じても、全身グルグル巻きにされても使えちゃう。魔法と違って魔力を消費するわけでもないし……それにそれに、念動力って何でもできるんだよ?」

「なんでも……?」

「うん。レベルが10設定なのは、強すぎると世界が滅んじゃうから。でもまぁ、エルクくん一人くらいだったら、めちゃくちゃ強くても大丈夫かな」

「ほ、ほんとに?」

「うん。でも、強くなるには体力が必要! ということで、念動力の修行プラス体力づくりもやっていきます!」

「はい質問!!」

「はい、エルクくん」

「あの、体力って……俺、今は魂みたいな感じですよね? 走ったりして体力付くんですか?」

「お、いい質問だねー」


 ピピーナは、なぜか眼鏡をかける。

 

「確かに、エルクくんは剥き出しの魂の状態。でもね、ここでやった『経験』は魂に刻まれる。走った経験、念動力を使った経験、それらは全部、魂に記憶されるの。エルクくんが肉体に戻った時、その時の経験全てが肉体に反映されるから安心だよ!」

「肉体に、反映……?」

「うん。ここでの二千年は、現実では六年くらいかな。エルクくんの魂も、ちゃんとここでは成長するからご安心ね!」

「は、はぁ」


 いまいち理解していないエルク。

 だが、ピピーナはニコニコしながら言う。


「じゃ、まずは走り込みっ!! ここから数万キロ先のお家まで走ろう!!」

「……は?」


 ピピーナが指を鳴らすと、景色が変わる。

 ゴツゴツした岩石地帯だった。

 崖もあり、川も流れている。岩石地帯なので道がかなり入り組み、複雑だ。


「ここをまっすぐ進んで走ろう!」

「いやいやいやいや、無理!!」

「大丈夫大丈夫!! 十年以上走れば到着するからさ」

「…………」

「ゴツゴツした岩を登って腕力を、崖を登って降りてバランス力、湖を泳いで体力を付けて、走りまくって持久力を付けよう!!」

「俺、死んでもいいや……」

「では、よーいドンッ!!」

「……ああもう、やってやるよ!!」

 

 エルクは走り出した。

 こうして、二千年間の修行が、今始まった。


 ◇◇◇◇◇◇


 走り込みを始めて、一年が経過した。


「はぁ───、はぁ───……」

 

 エルクは、ひたすら走っていた。

 走り、休み、走り、休みを繰り返す。

 腹は減らない。喉も乾かない。眠くならない。でも、疲労はする。

 ある意味、拷問だ。

 最初の一週間は地獄だった。

 身体は鍛えていたが、ただ走り続けるというのは辛すぎる。


「ファイト、ファイトっ!!」


 ピピーナの応援だけが、エルクに聞こえる声だった。

 だが、それも聞こえにくくなっていく。

 ひたすら走る。走る……体力が付いているのか、ついていないのかわからない。

 走り始めて二年。ようやく、マラソンの終わりが見えた。


「あ……」

「お、見えたね。あそこを登って、次のステージへ行こう!!」


 見えたのは、巨大すぎる山……というか、崖。

 雲よりも高くそびえ立つ、巨大な崖だった。


「さ、登ろう!!」

「……素手で?」

「もちろん!!」


 どこまでもテンションの高いピピーナだった。

 そして、エルクは気付いた。


「あ、そういえば……なんか、身長伸びた気がする」


 エルクは、知らぬ間に十二歳になっていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 崖を登り始め、一年が経過した。


「…………」


 もう、慣れた。

 慣れてしまった。

 ひたすら崖を登る毎日。睡眠の必要がないので寝なくていい。だが、疲労はする。

 手足を岩の切れ目にひっかけて登る、登る、登る。

 最初は怖かった。

 だが、登り始めて数日……九百メートルほど登ったある日、手が滑って落下した。

 地面に叩き付けられたが、死ななかった。

 この瞬間、エルクは吹っ切れた。

 エルクは、ひたすら崖を登る少年になっていた。

 気付いていないが……崖を登り始めて二年が経過。エルクは十四歳になり、崖登りのおかげでかなり鍛え引き締まった身体になっていた。

 そして、崖登りから三年。エルク十五歳。


「お、見えた。頂上だーっ!!」

「…………」


 エルクは登り切った。

 そして───静かに、透き通った涙を流した。


「じゃ、次は降りよっか。あ、飛び降りちゃダメね、ゆっくり降りないと。落ちたら頂上に戻されるよー」

「…………ははっ」


 エルクは、静かに微笑んだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 崖降りから三年。

 エルク十八歳……なのだが、肉体年齢は十六歳で止まっていた。

 三年かけ、ようやく崖を降りた。

 十六歳の身体は引き締まり、みっちりとした筋肉が詰め込まれた細マッチョになっていた。


「おお、いい身体してるねぇ」

「そうかな」

「うんうん。じゃあ次は水泳っ!! 泳ぎまくって対岸を目指そう!!」


 水平線の彼方が対岸らしい。

 泳いだことのないエルクは、まずバタ足から始めることにした。


 ◇◇◇◇◇◇


 泳ぎ始めて、四年が経過した。

 エルクは、水面に浮かんで休憩するコツを完全に掴んでいた。

 不思議とあまり疲れない。どうやら水泳は、かなり体力を付けてくれたようだ。

 エルクは対岸に到着。

 

「お疲れ様です!!」


 タオルを差し出すピピーナ。

 エルクは身体を拭き、前を見た。


「じゃ、次は?」

「走り込み!! 行く?」

「ああ!!」


 すでに吹っ切れていたエルクは、走り出す。

 バケモノ並みの体力を手に入れたエルクは、ゆっくり丁寧に走る。

 体力はあるが、無限ではない。

 自分を追い込みつつ、走る。


「ふっふっ、ふっふっ、ふっふっ……」


 前を見て、ひたすら走る。

 そして三年後───エルクはついに、走り切った。

 巨大な神殿が見えた。

 ゴールテープを持ったピピーナがいた。

 エルクは涙を流しながら───ゴールテープを切った。


「ごぉぉ~~~~るっ!! エルクくんお疲れさまっ!!」

「やったぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「じゃ、念動力の修行しよっか」

「……あ」


 そういえば、念動力の修行だった。

 エルクは完全に『ゴールすること』だけしか考えていなかった。

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