この世のどこかで

 エルクは、花畑に立っていた。


「……ここは」


 綺麗な花畑……なのだが、おかしい。

 花を踏んでも、潰れない。

 透明な花畑が、咲き誇る空間にエルクはいた。

 

「……俺、死んだのか」


 あの決闘で、エルクは死んだ。

 胸を切られ、血が大量に出て───……と、エルクは思う。

 あれは、仕組まれた決闘だった。


「ッッッ!! く、そが……ちくしょう!!」


 歯を食いしばり、拳を強く握り───……流れる涙を拭わず叫ぶ。

 あれは、仕組まれた決闘。

 あれは、仕組まれた処刑。

 あれは……エルクを殺すためだけの、茶番だった。


「う、ァァァァァァーーーーーーッ!! ちくしょう!! ちくしょう!! あいつら、あいつらァァァァァァーーーーーーッ!! クソクソクソクソ!! なんで、なんで、なんで!! ちくしょう!! ちくしょうガァァァァァァーーーーーーッ!!」


 叫ぶ。

 喉が切れて血を吐こうが構いやしない。

 エルクは叫ぶ。

 怒りを、恨みを吐きだす。

 獣のように叫び、地団駄を踏み、地面を転がり、地面を叩き、意味もなく走り回り、泣きわめき……疲れ果て、仰向けになって転がった。

 青い空、白い雲、キラキラ光る太陽。

 エルクは、美しい空に涙を流し、そっと手を伸ばす。


「ばぁ♪」

「え」


 と、唐突に───一人の少女が、仰向けに寝転ぶエルクの前に、顔を出した。


 ◇◇◇◇◇◇


「キミ、迷い子だね」

「え?」

「迷い子。死と生のはざまで揺れてる魂。えーと、生きるか死ぬかの瀬戸際の状態」

「あの……」

「キミみたいな子、数千年に一人くらい出るんだよね。外見年齢十歳……あらら、若いねぇ」

「あの、えっと」

「ふふふ。ここの決まりでねぇ? 迷い子には『スキル』を与えるようにしてるんだ。人間の来訪者なんてめったに来ないからね。退屈しのぎのお礼ってところかな」

「あの」

「さ、どんなスキル欲しい? 無敵になれる力? どんな物でも創造できる力? あらゆる存在を消滅させる力? なんでもいいよ? ここに来た迷い子はみんな、すっごいスキルをもらって生き返ったよ。ま……中には、生を選ばない子もいたけど」

「あの」

「さ、なんでも」

「あの!!」


 とうとうエルクは叫んだ。

 目の前の少女はキョトンとして首を傾げている。


「あの!! あなたは誰ですか? そして……ここ、どこですか?」

「ふっふっふ。わたしは神様のピピーナ! そしてここは生と死の狭間の世界さ」

「……神様?」


 神様。

 まだ十五歳くらいだろうか。

 背中に翼が生え、頭には光る輪が浮かんでいる。

 眼もキラキラしていて、エルクが出会ったことのない人種だった。

 ピピーナと名乗った神は胸を張る。


「で、どんなスキル欲しい?」

「…………」

「キミの心、見せてもらったけど……いや~クズ、クズすぎる家の子供だね。キミ、生き返って復讐したほうがいいよ。うんうん」

「神様なのに復讐の手助けするんですか?」

「うん。わたし、人間の世界には干渉できないから。殺しも、復讐も好きにしなよ。それで世界が滅びたりはしないからさ」

「…………」

「で、どんなスキル欲しい?」


 エルクは思う。

 復讐はしたい。

 でも、スキルは?

 

「…………いらない」

「え?」

「スキルはいらない。俺は念動力だけでいいよ」

「え、え、え? マジで? そんなこと言う子初めてかも! チートだよチート? いらないの?」

「うん。俺……母さんと約束したんだ。『どんなスキルをもらっても、精一杯がんばる』って。だから、別にスキルにこだわりはない……だから、いらない」

「わぉ……」


 ピピーナは驚いていた。

 今まで来た迷い子は、みんな目を輝かせていた。

 新しいスキル。チートスキル。

 チートを得た子の生活を覗いてみると、ほとんどが自分のためだけに使っていた。

 宗教を起し、金を巻き上げる子もいた。

 強者となり、大勢の部下を従える存在となった子もいた。

 どの子も、自身の欲望のためにスキルを使っていた。

 でも、目の前にいるエルクは……スキルなんていらないという。

 

「気に入った!!」

「うわっ!?」

「キミのスキルは『念動力』……よーし!! ちょっとだけわたしが力を貸してあげる!!」

「え」

「レベル、上げよっか」

「え? 念動力のレベル? でもこれ、レベル10が最高なんじゃ」

「ヘイヘイヘイ坊主。わたしを誰だと思ってる? わたしはピピーナ、神様よ?」

「神様……」

「それと、念動力の使い方も指導してやるぜ!! へへへ……キミが生き返るのは二千年後だ!!」

「は?」

「あ、安心して。こっちの世界の二千年は……えっと、地上じゃ六年後くらいかな」

「え」

「それと、キミの身体だけど……エマって子が実家に匿ってるみたい」

「……エマが?」

「うん。その辺はおいおい話してあげる。じゃ、さっそく───修行しよう!!」

「…………あの、ちなみに拒否権は?」

「ない!!」


 こうして、エルクの新生活───神様のピピーナとの、生と死の狭間での生活が始まった。

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