事故

 エルクは、本邸に呼び出された。

 嫌な予感しかしない。だが、呼び出された以上行かないわけにもいかない。

 エルクは、父の執務室のドアをノックした。


『入れ』


 ドアを開けると……揃っていた。

 父ワルド、正妻ベラ、第二婦人ミリア。

 ベラの息子ロシュオ。ミリアの娘サリッサ。

 エルクは、ニヤニヤしているロシュオの隣に立つ。


「エルク。お前のスキルは『念動力』だったな」

「……はい」

『くすっ』『ふふっ……』


 ベラとミリアが笑うのがわかった。

 ロシュオとサリッサもニヤニヤ笑っている。

 ワルドは笑わず、まっすぐエルクを見ていた。


「お前の母、ローズの遺言を覚えているか?」

「……はい。自分を、この公爵家の跡取りにと」

「ああ。だがその遺言は正しくない。正確には、『スキルの儀を終え、公爵に相応しいスキルを得たエルクを次期侯爵に』だ」

「えっ……!?」

「先日、スキルの儀が終わり……お前は『念動力』のスキル、ロシュオは『剣聖』、サリッサは『魔聖』のスキルを手に入れた。これにより、六年後に『ガラティーン王立学園』の入学許可を得た。ロシュオ、サリッサは当然のことだが……お前はおまけでな」

「お、おまけ……」

「そうだ。はっきり言おう……エルク、お前は次期公爵に相応しい『スキル』を得たとは言い難い」

「ま、当然だよな」


 ロシュオが嫌味っぽく言う。

 反論できないエルクは歯を食いしばる。

 だが、父ワルドは続けた。


「だが、今は亡きローズの息子であるお前に、最後のチャンスをやろう」

「……え?」


 すると、ロシュオがエルクの正面に立つ。


「決闘だ、兄貴」

「決闘、って……」

「どっちが強いか勝負ってことだよ。オレとお前、どっちが次期公爵として相応しいか、な」

「……なっ」

「拒否権はない。エルク、ロシュオ。さっそく始めるぞ」


 何も言えないまま、外の訓練場へ。

 訓練場には、公爵家の騎士たちが揃っていた。

 ワルドは騎士団長に言う。


「これよりエルクとロシュオの決闘を行う。騎士団長、お前が審判をやれ」

「はっ。では、武器を」

 

 渡されたのは、模造剣だ。

 鉄ではなく木製。さらに、本物の剣に見えるようペイントが施されている。

 優秀な『武器制作』スキルを持つ者が作ったのだろう。

 エルクは剣を受け取り、軽く振る。

 貴族の嗜みとして、剣術は当然習得している。だが、それはロシュオも同じ。

 だが……ロシュオには『剣聖』のスキルがある。

 授かったばかりのスキルということが、唯一の救い。

 まだうまく使いこなせないかもしれない。それに賭けるしかない。


「では───……構え!!」

「へへ、いくぜ兄貴」

「……やってやる」


 二人は剣を構え、騎士団長が右手を上げる。


「───はじめっ!!」


 エルクとロシュオ、二人が同時に動く。

 勢いがあったのは、エルクだった。


「だぁぁァァァァァァ!!」

「へぇ~」


 連続攻撃。

 剣術は、嫌いではなかった。

 家族から冷遇されてはいたが、剣を振っている間だけは、無心になれた。

 だが、その剣も……今のロシュオには届かない。

 ロシュオは、エルクの剣を躱していた。


「すっげぇ見える。これが剣聖のスキルの一つ、『見切り』か」


 見切り。

 あらゆる攻撃を見切り、躱す技。

 熟練の剣聖は、目を閉じても攻撃を躱すという。

 子供の、十歳のエルクの攻撃を躱すのは、実に楽な作業だった。

 だが、エルクはあきらめない。


「はぁぁぁっ!!」

「───へへ」

「!?」


 ロシュオは、笑っていた。

 妙だった。

 そして、嫌な予感がした。

 気付いた時には、遅かった。


「───!?」


 ボコン、と……エルクの足下が、不自然に盛り上がったのだ。

 ガクンと態勢を崩すエルク。

 そして、見た。


「足下注意、ね♪」

「なっ……」


 サリッサ。

 サリッサが、魔法を使い……エルクの足下を不自然に操作したのだ。

 そして、剣を振りかぶるロシュオ。

 ここもおかしい。 

 なぜ、模造剣が……ペイントしただけの模造剣が、あんなにキラキラ光るのか。

 まるで、本物。

 まさか、まさか。

 まさか───……。


「ぁ───……」


 エルクは見た。

 ベラ、ミリアが笑っていた。

 父ワルドが……冷たい眼で、エルクを見ていた。

 同時に、熱い、燃えるような何かがエルクの胸を抉った。


「っが……」


 剣は、本物だった。

 エルクは気付いた。

 これは、決闘。だが……命を賭けていない決闘。

 命を賭けていたのは、エルクだけ。

 これは、決闘。

 ちがう。

 これは───……処刑。

 エルクを消すために仕組まれた、処刑だった。


「…………ぁ」


 エルクは、血に濡れながら手を伸ばす。

 ロシュオはすでにエルクを見ていない。嬉しそうに、父ワルドの元へ。

 ワルドは、エルクを見て呟いた。


「お前はもう、必要ない」

「───……」


 エルクの意識が消え───……残ったのは、絶望。

 そして……血のように燃える、怒りだった。

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