秘剣の戦士
第7話 朝日奈ゆりか
金塊の海に光の嵐が降る。雪像のように白くつややかな宮殿の回廊を並び歩む、ハーマーヤ(Hamaya)とマクオルト(McAlt)の許へ慕わしげに吹き寄せる柔風が、通い過ぎる名残りに髪と衣とを揺らしている。
「双曲宇宙と楕円宇宙とを凌駕してこの帝国を開き、全宇宙統一の業を成就し、遡ればその予兆を得た頃から、日を追って時めくのは新たな旅への気運だ」
「明日だもんね。高次元船殻宇宙艦の命名式。はじめは、平らな宇宙の果てでの、宇宙膨張波サーフィンに行っただけだったのにね。宇宙開闢以来のビッグ・ウェーブを制したあの時から、二人の全てが始まったんだ」
ハーマーヤは、かつて超光速のボードで同じ波に挑み、すぼまり続けるスター・ボウをくぐり抜ける様に、宇宙の果てへ健在するハーマーヤとマクオルトの姿を、中途で見送ることになった者達の消息を、大宇宙に重ね合わせて時折思い起こす。
夢の形は時局に際会して、時には新たまるが、全宇宙の宝を我が手にしうる身となった今、その立場と算段で夢を叶えても、それが我が身の幸せであるのかと、ハーマーヤは長らく自問し続けていた。生まれ続ける時間と空間、そして力と物との巨大な奔流が広がり続け、人知を越えた規模となる、有と真空との界面のうねりで、謎と活路とを追い求めていた時の、感性が研ぎ澄まされる高揚感を伴う快楽にまさる旅を、ハーマーヤは求めている。
「ああ。ユーリカ(Eureka)も着いたようだ」
嵐のうわ風が白銀の光を帯びて、縞瑪瑙のようになめらかな軽雲の群れを、宮殿へと押し寄せる。雲の上の御輿の御簾の内には、螺鈿の鞘の飾太刀を佩き、直衣の肩の間際で艶がたゆたう稚児髪が切りそろえられ、ハーマーヤとマクオルトとを温顔で見つめるユーリカが、先触れの横笛のしなやかな音曲と、真一文字に差し込んで来る幾条もの金銀の光芒の中で座している。
「ユーリカも来るの?」
「ユーリカは大宮司だから、命名式の一部を取り仕切るよ」
ハーマーヤとマクオルトは、まばゆい星海の白玉石のみぎわを踏まえ、ユーリカを迎えて内庭へ進む。鈴懸の木の華々しい木漏れ日が、三人に光を散りばめている。
「計画段階での船名は、スター・フロンティアだったよな」
「かりそめの祝詞の腹案では、やまとことばを何と充てたのか、よかったら後学の為に教えてもらえるかな、ユーリカ。マクオルトとあてっこをしていたんだ。こっちも、先例を紐解いたり、思いをめぐらせてみたりと、いろいろ考えてみた」
「まことの海のひそみいる、この星々のおおわたつみに、わが面をうずめてけんや。と重なってない?」
「その倣いは訳詩か」
「星のほとり?」
「詩人の句に似た先例があるな。やまとことばだから、始まりは清音。ふたりともその点では近い。あれはしたためる以前の考えの中の事だから、意味が通るままに、先例をいくつか合せておいたよ。あまさかるほしのまかけるしかけもの」
ほがらかな笑顔と笑声で和髪を揺らし、相互いに、宇宙全てから集められて甘く咲き誇る、星々の小さなしるべ達、盛花の花輪や花篭、活花瓶、花壇、花園の美事な彩りを、余る程に背に受けて、心の襞をなめしている三人、帝国の頂点で比倫する、ハーマーヤらが囲む見楽庭の円卓と椅子とは、磁力線を伝う光子を遮断する、超伝導物質の磁力線固定現象によって、三人の体躯に合せて宙に堅く固定されている。
「ハーマーヤ、銀の髪の君も来ているのか?そこにほら」
マクオルトが双眉をしかめて、憤りつつ手早くハーマーヤの腕を取り、ハーマーヤの衣に添う銀色の糸を吹き飛ばすと、銀色の糸を掌中に納めたハーマーヤに問い掛ける。
「そういえば、その子誰?ユーリカの隣。髪の白い小さい子。ここはみんなだけの所でしょ」
「誰?」
「てっきりこれを預かりに、ハーマーヤかマクオルトが、ここによこしてくれたのかと思っていたが。この仕組みの卓だからな」
ユーリカは佩刀の金鎖を解いており、マクオルトの脇を目で追っている。
「どこ?」
なんらかの兆しを解き明かそうと、ハーマーヤの声が早まる。ハーマーヤは宝とともにこの花々も集めた頃の、多岐に亘る清冽な感性を漲らせる。
「今そこ」
ハーマーヤがわずかに体をよじると、マクオルトとユーリカが、声をそろえて指を差す。
ハーマーヤは勢いのままに背後に向き直る。
まばゆく色移りする宝石の粒釦で、白い上着の前を合わせたはまやに、まことが声をかける。
「はまや。これで勝ったら一緒に行くからね」
「まこと、知ってるよね。ゆりかの家で遊ぶには、三日前に約束がいるんだよ。ここで一局指すのはいいけれど」
はまやの但し文句を聞き置いて、まことははまやの隣に肩を寄せて座卓に向かう。
「向かいで指しなよ」
「オセロは、隣同士になって指せるの」
はまやは、大理石とターコイズが貼り合わされた駒を盤上に並べるまことが、海上の白く冷ややかな入道雲を見晴るかすはまやと、同じ視座を得て局面を読み切る算段なのだと看破して、駒を指し交わし始める。
「こっちはこの天気雨が止んだら出かけるからね。ジェットスキーも持って帰りなよ」
「そうだよはまや!この天気雨はきっと二人のために降ってるんだ!今から表に駆け出すと、海からの雲が潤す澄んだふくよかな雨粒が、二人からおびただしく細やかに弾け飛んでいて、はまやとまことの幸せの数を数えるように、二人の姿をしぶきの中に包み込み、光を帯びた白い傘の中で貼り重なる二人の上着が静かにお互いの温もりを伝え合うとき、二人のトレジャーハンターとしての運命も一つになるんだ!そんな瞬間、初めては夏がいいって思っていたんだ!はまや!すぐに勝つからね!」
「はい。お望み通り、これで終わり」
「まだまことの駒があるよ」
「自分の駒を置けるのは、相手の駒を返せる枡だけだから、これで終わり。こっちの勝ち」
立ち上がったはまやを、まことは頬をむくれさせて見上げると、肩口に差し上げた駒を指し降ろす。
「じゃあ!ここ!」
まことは最後の駒を、はまやの駒に重ね置く。
「そこは盤外扱いだよ」
「いいの。ほら、こうやってこうやって、やった!まことの一目勝ち!勝ちだけど」
はまやは、盤上に駒で描かれた、青白の猫の点描を見収めるまことの、盤外の最後の一駒を拾い上げる。
「これで引き分け。ルールがあるんだから、勝ち点は盤の中で決まるよ」
「はまや、始めからそのつもりだったんだね!そうやってまことを振り回して!」
「だから終わりだって言ったろ!」
「はまやの都合でさっきから、まこととゆりかを秤にかけてさ!一緒に遊んでる時くらい、まことだけに熱中してよ!なんだよ!はまやの天秤男の客あしらい!その駒返せ!」
来る、海岸で姿を消したまことのあの技だ、とまことに向けて身をひるがえしながら、はまやは指で弾いた駒と共に窓を跳び抜ける。
庭へ跳ぶはまやが、飛来した座布団を空中で払いのけると、眼前の青空にまことの全容が現れる。
やはりそうだ、相手との距離をとって、逆光や飛び道具で相手の片目を閉じさせ、肌の色に似た髪と顔を一様な彩りと錯覚させた上で、相手の視神経の盲点を突いて出ているんだ、とはまやは実検したまことの技を、心中で詳述する。
まことに先んじて、低空で駒を掌中に収めたはまやが、まことから身を返すと、自邸の庭の池面に差し向かった御伽月が赤い光を放つ。
この先にも水面は見えているけれど、流れている、川だ、と眼前の光景を瞬時に見分したはまやが、御伽月と御伽月の光を照り返す池面との赤い光の間で姿を消し、まことははまやが居た空域をかすめて、青空を写す池面に浮かぶジェットスキーに軟着する。
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