第6話 その名は御伽月

 はまやとまことは、風呂上りの良香を部屋に満たし、団扇で暑気を慰めながら、透明な月形の物体を前に思案している。

「はまや、歌の二番を作りたいから、これの名前を決めよ。届けに出しても、穴が開いてるのを見た途端、突っ返されちゃったんだし。決めちゃっていいよ」

「三日月。月の形をしてるから」

「えー。安直過ぎ」

「じゃあ、透明っていったら、何を連想する?」

「二人の青春!はまやとの密接な日常からつむぎ出される、特別な瞬間。それは透明なんだ」

 それは連想というより、個人的な発想の飛躍だと、即答したまことを涼しい瞳で睨みながら、はまやはまことの言葉から良案を引き出そうと、次々と思い浮かぶ印象に心をまかせる。

(朱夏!山したたる夏!今まさに二人は、白日の下、世界の最高峰に冠絶しました!)

(この静謐な深海底に、完璧な状態の巨大神殿が!地上のどの文明とも違う様式だ!人類史が変わる!)

(この出会いはきっと、透明な力で導かれていたんだ。そしてこの大風は二人の青春の息吹き)

(優勝!世界大会二十連覇を成し遂げた、真南はまや、金子まこと組に話を伺います!)

(今、トレジャー・ハンター出身者としては初めての、我が国の首班が誕生いたしました!)

 名前が平仮名なのは、選挙対策だったのかなと、はまやはまことを見る。

「はまや!二人で全てを賭して、この国を世界のグレート・グループの頂点たる地位に適しい姿に育て上げようよ!」

 はまやは、同じ想像に行き着いたらしいまことを眺めやり、もう一人、あいつも名前が平仮名だったと心当たると、長い稚児髪風の少年の顔が思い浮かぶ。

 はまやは朗らかな心持ちになり、透明な月形の物体の物性について、見解をまとめ始める。

(これは透明な金属だ。硬度も剛性も融点もあらゆる物質より高い。星の大きさが見かけよりはるかに大きいように、短い数式も巨大な力を秘めている。これには人の手によって、必ず何か仕掛けを施されている。宇宙の曲率を操作できれば、さっき起こった事と同じ事を起こすことが可能。空中戦艦を受け止め、地上から月面を破壊し、作用反作用がかき混ざり、いわゆる超能力や魔法のように、平らな宇宙での保存則を、見かけ上超越できる)

 と、はまやは先ほどの体験を、蓋然性が高い幾つかの物理法則に帰納し、他の物理法則と組み合わせて、恣意的な実用法を演繹し始める。

「万人の祝福の中、三日月に乗って、天から打ち立てられた金色の光の花びらの小路を、昼間の星達の間近く鮮やかな姿と擦れ違いながら、二人きりで浮き進むんだ。光の全ては楽器の弦や鍵で、二人のしぐさの一つ一つが、竪琴みたいに美しい楽曲の階調を分かち合い、強めあって奏で出す。それはおとぎ話みたいに出会い、何でも夢が叶う二人。純粋な二人の魂が織り成す、永遠の物語」

「まこと。今何て言った?」

「はまやとまことが織り成すおとぎ話」

御伽話おとぎばなしって、漢字で考えてごらんよ。御伽が、みか、って読みになるから」

「本当だ!」

「御伽話の世界で起こるような力を現す、透明な月の形の宝物」

「じゃあ、名前は御伽月だ!みかづき!素適!決まり!」

「もうこんな時間だ」

 両手の握り拳を合せて感極まり、枝先の花群を見上げるように希望に満ちた眼差しで、御伽月の解析は依然後回しのまことに、はまやが寝間着を渡す。

「泊まっていくなら、隣の客間があいてるから」

「ここがいい。はまやより先に眠ってみせる」

「今日のまことはとてもよく頑張ったから、もうひと部屋を広く使うといい」

 まことの直線的な性格が、今の命名の余勢で強まっていると見透かしたはまやは、脳裏にある少年の客あしらいに倣って、まことにやんわりと言い含める。

「はまや。何か違う。今、誰か気取りでまことの相手してた。はまやはまことがわがままでも優しいけど、まことはいっつもはまやの事だけ考えてるんだから、はまやもはまやのはまやでまことの相手してよ!」

「先々の事を考えていれば、誰でも少しは様子が変わるの。未来思考とか、垂直思考とか、水平思考とか」

「まことははまやの事だけ考えてるからはまや思考なの!はまやもまことと話してる時は、これからずっとまこと思考になって!」

「もうとっくに、頭の中でまことの声の一大帝国が勃興してるよ!」

「やっぱり!うれしい!二人の帝国!感激!お泊り開始!この寝間着張り込んでる!」

「はい、客間の鍵。内鍵はかかるけれど、警戒装置を使うから持っておいて。自動施錠するから。まこと?」

 もう眠ってると、はまやは自室の寝台に寝そべっている、まことの寝顔を目前にする。

卸したての茶筅の穂先のように揃っている、まことの亜麻色の睫毛と細く深い吐息とは、入眠の安らかさを宿している。まことの端正な寝顔は、はまやの傍らに安心しきる時に殊別けて優美であり、二人を知る者はまことのこの姿を、眠れる音楽、とささやき交わしては、好意の中でしじまを保って鑑賞する。

 はまやはまことの口角によぎる亜麻色の髪をたくし上げて、ささやかな軽みにまかせて頭に戻す。

 この部屋にはいろいろ大事な物を置いてあるから、ここで休むかと、はまやはまことと並んで寝台に寝そべり、御伽月を枕で伏せて深い眠りにつく。

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