第5話 大勝利!
はまやは、姿を消している男の手首を掴み取り、腰を跳ね上げ、男の突きの勢いを引き込んで姿勢を崩し、男の体側に位置を代えてねじ伏せた。
「手首と首筋との脈は、香水が一番香り立つのさ。気が昂るとね」
はまやは男の掌から手首と肘を極め、男が「落とし」で力を抜いたのはこのあたりだなと、膝頭を男の肩甲骨に乗せている。
「御教示ありがとう。だが早めに折ってしまうべきだった」
男ははまやの掌を片手で圧すると、はまやに腕を極めさせたまま砂上に立ち上がり、体をひねってはまやを頭上に差し上げた。
「力だけで!」
「散りたまえ。花びらのように」
「はまやを離せー!」
はまやは、男が頭上で起こったまことの喚声を警戒する挙動を感じ取る。しずかで怪訝そうな様子の男が、次いで苦悶の声を上げる。まことが男の背に現れ、薔薇の形の石塊を叩き付けていた。
男がまことを払いのける。
「虚空から目の前に突如現れるとは!太陽光の蒸発現象とは方向が違う」
はまやは咄嗟に、透明な月形の物体で男の顔の付近を薙ぎ払う。透明な月形の物体はほのかに赤く光り、何かを裂く手応えとともに、男の実体が現れる。一呼吸すると、仰け反る男の向こうに見通す、月の輪郭が破裂した。砕けた月面の岩が日光を受けて、月の表面の一部ににもやがかかっている。
はまやとまことが瞬く間、黒い礼服で着飾った、口髭を生やした背丈が豊かで頑強な男が、二つに割れた仮面を押さえる姿が、幾度か目の前で現れて消える。
「二人とも見所がある少年だな」
男がマントを翻して全身を覆う。
「あー!また消えた!」
「逃げるのか!」
「ははははははは!少年達、私を追ってくるがいい!私が振り返る切っ掛けをくれるとうれしいがね!」
男の高笑いが遠のき、次第に潮騒に紛れていった。
「この戦艦どうするんだろう」
空中戦艦の船体を調べていたはまやが、まことに駆け寄る。
「すぐにここから離れよう。やっぱり自爆装置が働いてる」
まことは、手首を掴んだはまやにあらがう。
「まこと」
「あれで行こ」
みぞれのように冷たい白波を浴びながら、はまやとまことは、まことのジェットスキーを二人乗りして洋上を進む。遠方で爆音が轟き、炎の中で空中戦艦が霧散して消滅していく。
白い海鳥の群れが二人に追いすがって、空中を併翔している。はまやは群れの先頭を進みながら、透明の月型の物体、銀の糸、まことの技、怪盗薔薇仮面、戦闘機の猫趣味の操縦士について考えを巡らせる。
いずれにせよ、まずあいつの所に行って、銀の糸の件を片付けようと、はまやが予定の優先順序を決心すると、まことが握り手を動かしている。
「まこと、手に荷物を持ってると危ないよ。しっかりしがみ付いてて」
「大事な物だもん」
はまやの眼下で風にひらめくまことの荷物から、猫の耳の飾りが割り出され、猫の尾が跳ね立つ。
「まこと。それ誰の?」
「まことの」
「おまえかー!」
このジェットスキーも、落下傘で戦闘機から降りて、沖合いから戻るために使ったのだろうと、はまやはまことに全速力の衝撃をぶつける。
「まことははまやに命賭けてるんだもん!」
「一点賭けで毟り取ってやる!」
粉のような輝く波しぶきがくるまり、二人が言い争う姿を明るく照らし出している。
「もう御破算でいいよ」
「わあい。はまやって性格、丸めだよね」
「ここからはイオノクラフトと離島の水道橋を使って、家まで一気に行くから。イオノクラフトで浮いている時は、重心移動はこっちに合わせて」
海鳥が去り、二人が乗るジェットスキーは、小島の砂浜にイオノクラフト機構で浮上して上陸し、水道橋に乗り移る。イオノクラフト機構を使用して走行する際には、推進力の一部を重心移動とイオノクラフト機構の揚力との合力でまかなう為、はまやの耳元にまことがのしかかる。
階川から小島へ伸長している水道橋の水面を通常走行で逆走し始めると、まことが鼻歌の調子をとり始め、はまやの家がある丘の道と水道橋とが並進すると、まことが歌を口ずさみ始める。
「おれは!はまや!スーパー・トレジャー・ハンター!」
「まこともね」
「好きな言葉は数字の十三!それはまことと過ごした年の数!二人の夏は全速力!」
「お望み通り!全部振り切ってやる!」
はまやはイオノクラフト機構の全出力でジェットスキーを水道橋から中空へ瞬発させて、まことの歌声を風音にさらわせ、遠隔操作で開かれた自宅二階の自室の窓へ飛び込む。
はまやとまことが飛び退いたジェットスキーは、庭の池へ消え、水柱が高く上がる。
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