第3話 怪盗薔薇仮面

 沖合いに着水したはまやを、亜麻色の髪の金子まことが砂浜で待ち受けていた。

「はまや戻るの遅ーい。あくび出そう」

「でっかいあくび。吸い込まれそう」

「じゃあ!吸い込んであげる」

 はまやは、肩口にかじり付こうと隙をうかがう笑顔のまことに、立ち回りながら両掌をかざして牽制する。

 まことは普段から笑顔が明るいが、はまやと共に過ごす時は、より微笑みが柔らかくなる。よそ見をしていて、はまやを見つけて駆け出すためなら、まことは両手に握り締める金貨の塊りも投げ出すだろうと、二人を知る者は皆、観念する。

「なんだ」

 はまやがまことの肩越しに窺う空の彼方で、揺らめくものがある。

「まこと!」

 はまやがまことの首根を両手で囲み、月形の透明な物体を両掌で挿み取っている。

「何それ、痛かったりする?凄く綺麗だけど」

「まことの背中へ飛んで来た」

 憤って周囲を見回すまことに、はまやが告げる。

「さっき空で見かけた物だ。ここに落ちてきたのか」

「はまや、知ってて助けに来てくれてたんだ!そうだ!お礼におごるから、話しながら一緒にご飯食べようよ!」

「まだあそこに、なにかあるな」

「ここの海岸って遠浅で砂が白くて、海が冷たく初夏の楓の若葉みたいに透き通ってて、テーブルと椅子とパラソル出して、足を海に浸しながら御飯食べたら最高だよ!」

「さっきまであそこには雲が見えてたのに、今は何かがちらついてる」

「全部頼んで取ってくるね!はまや待っててよ!」

「あれは、砲身が付いてる!戦艦だ。こっちに向かって堕ちて来る。いつの間に!まこと?」

 まことは、海の家・浜屋へ支度の品を借りに店内へ駆け去っている。

「まこと!ここから離れろ!空中戦艦がここに墜落して来る!さっきまで透明だった!」

 次第に見え隠れし始めた地黒の船体を避けて、砂浜から客が避難する。

「はまやなにー?ここから見えるのは空と雲だけだよ。あ、ほらほらはまや、このお品書き、ぎざぎざの透明シートになってて、お客さんから見ても店員さんから見ても字が真向かいに見えるんだよ。すごいよねー」

「まこと、とにかく早く!」

「やっぱりはまやも手伝ってよ。この音なに?」

「上!」

 二人が紺色の影に包まれる。鋼鉄の爆風が黒い船体から轟然と吹き上がっている。二人の眼前に、機能を停止しつつある空中戦艦の船首の、優美な人型の船飾りが迫る。


 階山地の中腹、階神社の境内に、空中戦艦が海の家を一瞬に壊滅させた、惨劇の一部始終を見届けた者がいる。

「追加公演決定か」


 はまやとまことは、廃墟と化した海の家の中、水色の耀きを透かす金色の底光りに包まれている。

 はまやは咄嗟に差し出した、光を放つ月形の透明な物体の握り頭で、空中戦艦を支えていた。

「あれ、はまや。どっちが先に天国に着いたの。どっちの勝ち?」

「まだ地元だよ」

 空中戦艦は二人の間際で静止しており、全ての破壊の兆候も収まっていた。

 月形の物体の光がしずまり、徐々に砂浜に倒れこみ始めた空中戦艦から飛び来る砂煙の中、はまやは月形の透明な物体に関心を集中させる。

「この艦を一撃で沈める武器があるとはね」

「誰だ!」

「我等は闇に吹く風。そして私は薔薇仮面。世に言う怪盗だよ」

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