第5話

「久し振り、そっちは今……」


「まだ朝の六時前だよ。まぁだいたいいつも起きる時間ではあるから構わないが、何だ?」


あくび混じりの川上の声が、ぼさぼさの頭と寝起きの顔の映像と共に届く。


悔しいが確かに最新スマホのカメラの性能はいちじるしく高い。


「相変わらず寝癖ねぐせだろうがすっぴんだろうが全然気にしないんだな」


「それを気にしてオペの腕が上がるなら、いくらでも気にするよ」


大学のサークルで出会った頃から変わらない口ぶりの川上に、思わず笑みをこぼしつつも、


「実は知り合いに、日本では治療法の無い珍しい症例の子がいて、そっちで最先端の医療現場にいる天才脳外科医のお前なら何か知らないかと思ってさ」


そう前置きした後に僕が亜衣加の症状について伝えると、川上は幾つか質問をした後に、


「なるほど……そいつは恐らく、皮肉を込めて『天の川症候群ミルキーウェイ・シンドローム』と呼ばれている、百万人に一人いるかいないかの極めて稀有けうなT4視覚皮質領域の変異の可能性があるな。詳しくは実際見てみないとなんとも言えんが……しかし稲宮、お前はぼーっとしてるようで鋭敏えいびんな察知能力がある所が昔から変わらんな、流石さすがだよ」


と意味ありげに口元をゆるませた。


「ん?何が?」


「いや、ね、ちょうど今のプロジェクトが終わったら、次は視覚に関する臨床りんしょうを始めようと思って被験者をつのっていた所なんだよ」


「えぇ?そうなのか?じゃあもしかしてこの子もそこに加えられるかも知れない?」


川上の言葉に驚き、期待を込めた声を上げるが、


「うぅーん、まぁ、それ自体は可能なんだが、一つ問題があってね」


そう言いながらも、川上はまだ意味ありげな笑みを浮かべている。


「何だ?そっちへ行く旅費とか、お馴染みの超高額な治療費とかか?」


「いや、それは国家プロジェクトにしてしまえば国がなんとかするさ。じゃなくて、視覚を喪失した患者の脳内に直接外部の映像を送ろうと画策してるんだが、その映像を撮影して送受信する装置デバイスの目星がまだ付いて無くてさ。しかしそこでまさかの、その道の専門家たるお前の方から連絡が来たとなれば……なぁ?」


川上の言葉に、一瞬の何のことだかわからずに沈黙していた僕だったが、その意味に気付くと弾かれたように走り出し、港へ駆け込み、実家に荷物も置いたまま、出港直前の夜行フェリーに飛び乗った。







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