【短編】年上クール美少女が俺の前でだけデレるまでのお話

波瀾 紡

一話完結短篇

 高校3年生になって3ヶ月が経った。

 もう3年生だし、新しいクラスにも既に多くの生徒が馴染んでいる。

 平凡な俺でも昼飯を一緒に食べる友達はできたし、ほとんどの生徒はグループで弁当を食べたり食堂に出かけている。


 そんな中、新学期からずっと一人で弁当を食べている女子生徒がいる。

 その名は空上そらうえさん。

 実は彼女は一学年上だったのだが、去年事情があって学校を休みがちになり、留年してしまった。

 だから二度目の高校3年生というわけで、それだけでも周りは気を遣って彼女と気軽に接しにくい。


 しかもそれだけではなく、彼女の容姿があまりに整っていて、まるでモデルみたいなのだ。だから別に嫌われているわけじゃないけど、周りから浮いた存在になってしまっている。


 少し猫目で気が強そうだが、とても整った顔をしているクールビューティ。

 栗色のロングヘアが美しく、すらりと抜群のスタイルの彼女は、教室の一番後ろの自分の席で、ピンと背筋を伸ばして黙々と食事をしている。

 そんな姿は高嶺の花オーラがあふれていて、誰もが気軽に話しかけられない。


 クラスのみんなは彼女を気にはなっているが、関心がないような顔でそれぞれのグループで食事を楽しんでいた。


 ──ゴンっ!


 彼女の方角から突然、床に硬いものがぶつかるような音が聞こえた。

 教室内は少し静まり、みんなは空上そらうえさんの方に視線を向ける。

 友達と弁当を食っていた俺もそちらを見た。


「あ……」


 小さく声を発し、戸惑った表情を浮かべる彼女の視線の先を追うと、床をゴロゴロとドリンク剤の瓶が転がっている。

 彼女がいつも食後に飲んでいる美容ドリンクが机から落ちたようだ。

 俺はさっと立ち上がり、教室の後ろまで行って転がるドリンクの瓶を拾い上げた。


「はい、どうぞ」


 席に座ったままの彼女にドリンク剤を差し出すと、硬い表情のまま「あ、ありがと」と小さく言って受け取った。


 俺は軽く笑みを浮かべてから自分の席に戻る。


「おい恭太きょうた。お前すげぇな」


 一緒に弁当を食ってる田中が目を白黒させてる。


「ん? なにが?」

「いや、空上そらうえさんとちゃんとコミュニケーション取れるなんて」

「大げさな。落としたドリンク渡しただけだろが」

「いやいや。そんな自然に瓶拾いに行って渡せるなんて」

「なに言ってんだ。空上さんはバケモンじゃないんだから、取って食われたりしねぇよ」

「いや、クール美人すぎて高嶺の花だし、ましてや一個年上だからさ。いいよなぁ年上のお姉さん。よしよしして欲しい」

「アホか。代わりに俺がよしよししてやるよ」


 田中の髪をガシガシとこすってやった。


「やめれ。ハゲたらどうする」


 知らんがな。

 って言うか、これくらいでハゲるわけない。


 ふざけて頭をこする俺から逃れて、田中は教室内を見回した。


「ほら見てみ。お前見て、すげぇーなってみんな感心してるぞ」


 確かに俺をチラチラ見てるやつや、ガッツリこっち見てるやつまでいる。

 結構な数のクラスメイトが俺と空上さんのやり取りに感心しているようだ。


「ふん。なにが高嶺の花よ。年上だから憧れるってバカじゃない?」


 近くで小声で友達と話す女子の声が漏れ聞こえてきた。

 元々我が学年で一番美人だと言われていた加納かのうという子だ。

 彼女はかなりのプライド高い系だし、どうやら空上そらうえさんが美人と言われているのがお気に召さないご様子。

 まあ空上さんがいつもクールな感じで、なかなかみんなと馴染もうとしないのにも不満があるのかもしれない。


 俺は聞こえないフリをして、田中とのバカ話に戻った。



***


 帰宅して玄関に入ると、廊下に母がいた。


「おかえり。ハルカちゃん来てるよ。恭太きょうたの部屋で待ってもらってる」


 母が階段の上を指差している。


「ハルねえが?」


 俺はそのまま階段を上がって、自分の部屋に入った。


「あ、おかえり恭太きょうた


 ハルねえは制服のまま足を組んで俺のベッドに腰かけていた。

 あの……短いスカートからパンツが見えそうなんでやめてほしいんですけど。

 それにしても相変わらず長くて綺麗な足だ。


「ただいま。どうしたのハルねえ。久しぶりだね」

「ん……だね。今日はありがと」

「礼を言われるほどのことじゃないよ」

「まあ、そっかな」


 ハルねえは薄く笑みを浮かべる。

 栗色のロングヘアが美しく、めちゃくちゃ整ったクールな顏。


「でもまあ今日はさ。ドリンクが落ちて大きな音が鳴ったから、結構びびったのよね。だから助かった」


 そう。ハルねえこと空上そらうえ ハルカは俺と同じクラスで、そして俺の一歳年上の従姉弟いとこだ。


 普通なら、女子慣れしていない俺なんかが普通に話ができないほどの美人。

 だけどハルねえは子供の頃からよく一緒に遊んだ間柄だから、ほとんど抵抗なく接することができる。


「なに? わざわざそんな礼を言いに来たのか?」

「うん、いや……恭太きょうたの顔を見て、元気をもらいに来たんだよ」

「俺の顔見て元気なんか出るか?」


 素直に疑問に思ったことを口にした。


「うん、出るよ。だって恭太きょうたは、昔から私を助けてくれる王子様だったからね」


 クールな表情のまま、少し俺をからかうように「ふふっ」と笑うハル姉。

 従姉弟いとこではあるんだけど、そんなギャップに可愛いと思ってしまう。

 知ってるかハル姉。そういうのを世間では反則って言うんだぞ。


 確かに小学生の頃、気弱なハル姉は軽いいじめやからかいにも上手く対処できず、いつも俺が間に入って守っていた。


「あの頃の恭太は私よりも背がちっちゃかったのにさ。でも勇敢に私を守ってくれる王子様だった」


 ハル姉はすっとベッドから立ち上がり、俺のすぐ目の前に立った。

 すらりとした抜群のスタイル。

 だけど今はもう俺の方が背が高く、ハル姉を見下ろす格好になる。


「いつの間にやら私よりも背が高くなっちゃってさ」

「なに言ってんだよ。去年にはもう俺の方が、背が高くなってただろ」

「んん〜、まあそうだね」


 ハル姉が一歩前に進んで、手をかざして俺と自分の背の差を示している。


 ──いや、そんな近くに寄るなよ。

 いい匂いはするし、綺麗な顔がすぐ目の前にあるし、胸の膨らみが俺の胸に当たってるし。

 それ、年頃の男子にしちゃいけないやつ。


 俺は一歩下がって、冷静にハル姉に問いかける。


「やっぱ俺がハル姉とクラスのみんなの間に立って、接する機会を作ろうか?」

「いや、それはいい。前に言ったみたいに、私自身でがんばるから」


 ハル姉は、実は気弱でコミュニケーションが苦手なタイプだ。それに感情の起伏が少ない方で、しかも少し猫目の美人。

 だからクールに見える。

 決して美人を鼻にかけてるわけでも、みんなを見下してるわけでもない。


 人とのコミュニケーションが苦手なハル姉だったけど、二年生の終わりくらいには何人か友達もできていた。

 しかし三年生で原因不明の体調不良に悩まされて、朝起きれなくて登校できない日が多くあった。

 そのせいで成績的にも進級が難しくなって留年してしまったんだ。


 三年の終わり頃には、体調不良の原因がある病気だったと判明した。

 その後は投薬治療のおかげで、二度目の三年生になってからは普通に通学できている。


「そっか、わかったよ。じゃあ今までどおりクラスでは俺とハル姉の関係は黙っとく」

「うん。ごめんね恭太きょうた


 ハル姉が留年して俺と同じクラスになることがわかった時。

 俺はクラスメイトとの橋渡しをしようかとハル姉に提案した。

 しかしハル姉はこう言って断った。


『いつまでも恭太に頼ってばかりじゃ私の成長にならない。だからクラスに馴染めるように自分でがんばるよ』


 だからクラスのみんなには、ハル姉は俺の従姉弟いとこだってことは誰にも言っていない。


 しかし実際には新学期が始まって三か月が経った今も、ハル姉はなかなかクラスのみんなと打ち解けることはできていない。

 だけどハル姉自身が諦めていない以上、今は俺も見守ることにした。


「いや、謝ることはないよ。でももしもハル姉がどうしても困ったらそう言ってよ。俺はいつでもハル姉がクラスに馴染むために協力するからさ」

「うん。さすが私の王子様だ。頼りになる」


 クールな口調でそんな甘えたことを言うなんて。

 ギャップ萌えで俺を殺す気か。


***


 まだほとんどの生徒が登校していない朝早い時間。


「さあまた今日もがんばろう」


 私、空上そらうえ ハルカは登校して、教室のドアに手をかけて気合を入れ直した。

 昨日恭太きょうたとした約束を果たそうと気合を入れていたら、早く目が覚めてしまったのですよ。


 ドアを開けようとしたら、突然勝手にドアがガラッと開いた。

 中から男子生徒が出てきて、危うくぶつかりそうになった。


 あ~びっくりした。

 その男子は同じクラスの高柳君だった。

 彼は慌てた様子で私をよけて、そのまま廊下の向こうの方に小走りで行った。


 トイレに行くのかな?

 でもなぜか通学カバンを持ってる。


 ちょっと疑問に思ったけど、考えても仕方ない。

 私は教室に入って自分の席に座る。

 そして二年の勉強の遅れを取り戻すために、カバンから参考書を出して読もうとした時、教室のドアが開いて女子生徒が登校してきた。


 あれは学年一美人と名高い加納かのうさん。

 私は「おはよう」と声を絞り出したけど、彼女には届かなかったのか何も言わずに席についた。

 そして机の中から教科書やノートを取り出したと思ったら、急に立ち上がって私の方に近づいてきた。


「ちょっと空上そらうえさんっ! なによコレ!?」


 彼女は手に握った白い紙を私の鼻先に突き出した。

 そこには筆跡を誤魔化すようにギザギザした字体でこんなことが書かれていた。


『調子にのるなクソ女』


「あなたがこれを入れたのね!?」


 えっ? 私が……?

 私は立ち上がって即答した。


「知らない」

「は? とぼけないで!」


 加納さんはこんなことを言った。

 昨日の夜。部活帰りに教科書が重いのに気づいて、教科書を置いておくために教室に戻った。その教科書の上にこの紙が置かれていたから、今朝入れられたに違いない。


「でも私じゃない」


 もしかしたら加納さんよりも夜遅くに誰かが教室に来て、紙を置いていった可能性もある。

 だけどさっき教室を出て行った高柳君。

 あの慌てた様子や、カバンを持ったまま出て行ったのが怪しすぎる。

 きっと彼の仕業しわざだとピンときた。


 その時ドアが開いて、また誰かが登校してきた。

 出入り口を振り向くと恭太だった。


(あ、恭太……助けて……)


 いや、昨日恭太に約束したじゃない。だから自分でちゃんと対処する。

 そう目で恭太に伝えると彼はわかってくれたようで、何も言わずに目を細めてくれた。


 私は喉まで出かかった言葉を飲み込み、加納さんの方に向き直る。

 彼女は疑わしそうな視線を私に向けた。


「じゃあ空上さんよりも前に誰か教室に来てた?」


 高柳君のことが頭をよぎる。

 だけど彼が犯人だという確証はない。

 ここで彼の名前を私の口から出すべきじゃない。


「知らない」

「いない、じゃなくて知らない? 余計に怪しい。やっぱりあなたが入れたんでしょ!」


 しまった。

 高柳君のことを言っちゃいけないって気持ちが強すぎて、ついそんな言い方をしてしまった。

 今さら言い直すなんて、疑いを強めるだけだからできない。


 どうしたらいいの?

 私じゃないことは確かなんだから、それをしっかり加納さんに伝えてわかってもらうしかない。


***


 俺が登校して教室に向かう廊下を歩いていたら、クラスメイトの高柳がなぜか教室の方から通学カバンを持ったまま走って来て、そのままトイレに駆け込むのが見えた。


 高柳のヤツ、よっぽど漏れそうなんだな。

 青い顔してたし、カバンくらい教室に置いてからトイレに行ったらいいのに。


 そんなことを思いながら教室のドアを開けたら、中にはなぜかハル姉と加納が向き合って立ってた。


「じゃあ空上さんよりも前に誰か教室に来てた?」

「知らない」

「いない、じゃなくて知らない? 余計に怪しい。やっぱりあなたが入れたんでしょ!」


 なにこのバトルモード?

 ハル姉が何を入れたって?


「どうしたんだ?」


 俺が尋ねると、加納は怒った顏を俺に向けた。


「ねえ只中ただなかくん聞いてよ! 空上そらうえさんが私の机にこんなの入れたんだよ。いじめだよコレ」


 只中ってのは俺の名前だ。只中ただなか 恭太きょうた

 加納が付きだした手に握られた紙に俺は視線を向けた。


『調子にのるなクソ女』


 うん。加納が調子に乗ってるってのは確かだな。

 だけどクソ女はちょっと言い過ぎだ。

 この字。変にギザギザと書かれてる。

 しかも『クソ』の『ソ』の字がバランスが悪いもんで『リ』に見える。

 なんだよ『クリ女』って?


 とにかくハル姉がこんなものを書くわけがない。


「加納。空上そらうえさんは……」


 その時、一人の女子が教室に入ってきた。

 加納と仲のいい由香って子だ。


「ねぇ由香ちゃんこれ見てっ! 空上さんったら、こんな酷いことを私に……」

「だから私じゃないって……」


 ハル姉が主張するのを無視して、加納は由香ちゃんにマシンガンのように説明する。


「だってね。昨日の夜部活帰りに教科書が重いのに気づいて、教科書を入れに教室に戻ったんだよ。その教科書の上に紙が置かれていたから、今日の朝に入れたに違いない。私が登校したら空上さんしかいなかったから、空上さんが入れたに決まってる!」


 ハル姉を見ると、無言で顔を左右に振っている。

 目が『私じゃない』って言ってる。


「なあ加納。空上さんは違うって言ってるし、やっぱ違うんじゃないか」

「なんで只中ただなかにそんなことがわかんのよ。じゃあ誰がやったの!? 空上さんに決まってんじゃん!」


 加納は感情的になって聞く耳を持たない。

 さっき見かけた高柳のことが頭に浮かんだけど、確信もなく他の人の名前を出すわけにはいかない。


 さらに何人かの生徒が登校してきて、「どうしたどうした?」と騒ぎが大きくなっていく。

 ハル姉は「私じゃない。お願いだからわかって加納さん」と誠意を込めて話しているけど、やっぱり加納は聞く耳を持たない。


 ハル姉を助けようと俺が横から口を出そうとしたら、ハル姉は小さく顔を左右に振った。

 ここまで来ても、まだ自分の力で乗り越えようってか。

 カッコよすぎだろハル姉。


 俺はそんなハル姉の姿を見て、こっそりと教室を抜け出した。

 そしてさっき高柳が入ったトイレに向かう。


 中に入ると、五つ並んだ個室の一つだけ扉が閉まっていた。あれかもしれない。当てずっぽうで呼んでみる。


「なあ高柳!」

「え……? 誰?」


 ビンゴ!

 突然名前を呼ばれて、思わず反射的に答えてしまったって声だった。


只中ただなかだよ。早く出てきてくれ」

「いや、僕はまだ用足し中で……」

「じゃあ出てくるまでここで待ってる」

「あ、ああ……」


 しばらくして水が流れる音がした後、高柳が個室から出てきた。


「な、なにかな?」

「あのさ高柳。加納の机に『クソ女』とか書いた紙を入れたの、お前だろ?」


 遠回しに言っても仕方ない。

 どストレートを投げ込んでみた。


「あわっ? ななな、なんのことかな? ぼぼぼくは知らない」


 わかりやす過ぎるぞ高柳。

 こいつに間違いないな。


「高柳って『ソ』の字を『リ』っぽく書くだろ」


 高柳は二年の時に同じクラスで、そんな話をしたことがある。

 それはこいつもわかってるからごまかしようがない。


「加納へのメッセージが『クリ女』になってるんだよ。だから高柳だろ?」

「あ、いや……違う……」

「なあ高柳。今教室で加納がさ、これを書いたのは空上さんだろってみんなの前で犯人扱いしてるんだよ。空上さんは否定するけど加納は全然信じない。ただでさえクラスのみんなとコミュニケーションが取れてない空上さんだ。他のみんなにも疑われてしまう可能性がある。だからホントのことをみんなの前で言ってやってほしい」


 近づいて高柳の両肩を握り、彼の目を見つめた。

 だけど──


「知ら……ない」


 高柳は俺から目をそらして、横を向いてしまった。

 こうなったら仕方ない。

 ホントはこんなこと、したくはなかったんだが。


 俺は高柳の肩から両手を離した。

 そしてガバっと両手を挙げる。


「ひっ……」


 殴られると思ってビクッと肩を震わせた高柳の目の前に俺は土下座した。

 トイレの床に額をこすりつけて大きな声で懇願する。


「お願いだ高柳! いや、高柳さまっ! お前もイヤだろうけど、空上さんのためにホントのことを言ってくれ! このままだと空上さんは、もっと嫌な思いをしなきゃならないんだよぉっっ!!」


 俺の突然の奇抜な行為に、高柳は無言で固まってる。ちょっと恥ずい。

 お願いだ。わかってくれ……


「あのさ、只中……」

「ん?」


 俺は顔を上げて高柳を見た。


空上そらうえさんは僕の名前を出してないの?」

「出してない。なんでだ?」

「だって教室の入り口で空上さんとすれ違ったからさ。もしかして僕が犯人かもって思ってるんじゃないかと……」

「加納が『空上さんよりも前に誰か教室に来てた?』って聞いたけど、知らないって答えたんだよ」

「え……? ホントに? そっか……かばってくれてるんだ」

「俺もお前が教室の方からトイレに駆け込むのを見た。だけど空上さんが高柳をかばう以上、俺の口からお前の名前をみんなの前で出したくはない。だからこうやって直接頼みに来たんだよ」


 高柳は無言になった。


「だから今すぐ教室に戻って、ホントのことを話してくれ。俺がこんなことをお前に言ったのは誰にも言わない。だからお前も俺に言われたって誰にも言わないでくれ」


 そう。俺が高柳に頼みに来たことは、ハル姉には知られたくない。

 ハル姉は自分の力でなんとかしようと頑張ってるんだ。俺が手を貸したなんてことを知ったら、きっと怒るに違いない。


「高柳が自分で反省してホントのことを言ったって方が、みんなの共感を得やすいだろ」

「そ……そうかもな」

「ああ。特に男子なんて、加納が偉そうにしてるのを快く思ってないやつも多いから、高柳のダメージはさほどでもないはずだ」


 高柳は納得してくれたようで、トイレの出入り口に目を向けた。


「わかった」


 そう言って、走り出した。


「まあ女子からは陰湿なヤツだと思われるかもしれないけど、気にすんな!」


高柳は走りながら、少しズッコケるような仕草をしたが、そのまま教室の方に走って行った。




***


 その日の放課後。

 下校途中の高柳に校門近くで声をかけた。

 高柳と二人並んで歩きながら話をする。


「高柳、今朝はありがとう」

「いや……怒られることはあっても、礼を言われるようなことじゃない」

「そんなことないさ。俺のお願いを高柳は聞いてくれた。しかも──」


 あの後教室に戻った高柳は、自分がその紙を書いたことをみんなの前で明かした。

 しかもそれだけでなく『空上さんが自分をかばってくれた』ということまで、みんなの前で言ってくれた。


 それでみんながハル姉を見る目が一瞬にして変わったのがわかった。

 クールでクラスのみんなを相手にしていないと思われていたハル姉が、実はクラスメイト想いの優しい人だってことがみんなにもわかったのだ。


 声に出してハル姉を称賛する者もいた。

 そして高柳は、俺が直接頼み込んだことは約束通り内密にしてくれてる。


只中ただなかが、空上そらうえさんが困ってるってことを教えてくれたし……それにトイレの床にも関わらず土下座までされちゃうとさ……僕も勇気を出さなきゃって思ったんだ」

「そっか」

「僕と只中は、只ならぬ臭い仲になったってことだもんな」


 そこ、別に上手く言わなくていいところだから。


「ところで高柳はなんであんな文を書いたんだ?」

「実は一昨日おととい、加納さんに告白したんだよ。そしたら『あんたみたいな人から告られても嬉しくない。キモい』なんて、酷いフラれ方をしてさ」

「うえっ。そりゃ酷いな」

「だろ?」

「まあだけど、だからと言ってあんな紙を入れるヤツはフラれて当然だ。相当キモいぞ」

「わかってるさ……僕もなんであんなことをしたのか、反省してるんだから、もう言わないでくれぇ」

「あはは、すまんすまん」


 背中をバシバシと叩いてから肩を組むと、高柳は恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。

 まあコイツもすっきりした顔をしてるし、これでよかったのだと思う。



***


 自宅に帰ると、玄関に女の子の靴があるのに気づいた。

 ハルねえのだ。今日も来てるみたい。


「ただいま」

「おかえり」


 部屋に入ると昨日のようにハル姉がベッドに座ってた。

 だから短いスカートで足を組むのはやめろ。

 白い太ももが扇情的すぎて、思春期の男子には眼福……いや目の毒なんだから。


「ハル姉、良かったな」

「ありがと」


 俺のひとことで、なんのことかわかったみたいだ。


「がんばったな」

「がんばったでしょ、私」

「うん。あの時ハル姉の目が『自分でなんとかするから』って言ってるのがわかったよ」

「さすが恭太。私のことをちゃんとわかってるね」


 ハル姉は嬉しそうに目を細める。

 クールな表情が少し和らいだ。


「かなり緊張したけどね。自分で解決しようと思ったの」

「さすがだよハル姉。でも良かったな。災い転じて福となす。他のクラスメイトにも声をかけられてたし、みんなとコミュニケーション取れたよね」

「そうだね。途中で恭太きょうたが教室を出て行った時には焦ったけどね」


 こっそり出て行ったつもりだったけどバレてたか。ハル姉には、なんて冷たいやつだと思われたかもな。


 でもいいんだ。

 ハル姉が俺の手助けなく自分で解決したと思ってくれることが一番いい。


「でも私はラッキーだったよ。高柳君が突然戻って来て『自分が書いた』って言ってくれたから」

「よかったじゃないか。高柳がいいヤツで」

「そうだね。高柳君っていい人だよね」

「ああ、そうだね」


 高柳もいいヤツだと思ってもらえたし、万事上手くいったな。


 ──なんて思いながらハル姉の顔を見ていた。


 ハル姉は組んでた足を直して、すっと立ち上がる。

 今パンツが見えた気がする。


 ──ちょい待て俺。

 ハル姉が真剣な話をしてる時に、何を考えてるんだよ。


 ハル姉はクールな顔のまま、二、三歩進んで俺に近づいてくる。


 ヤバっ……

 パンツを見たのがバレたか?

 いや、さっきのは俺が悪いわけじゃないよな。

 でももしかして、一瞬俺の目がスケベになったことを悟られたのかも。


 それともハル姉が加納とやり取りしてる最中に俺が抜け出したことを、やっぱ恨んでるとか?


 ホントのことを明かすか……

 いや、例え俺がハル姉に嫌われたとしても、それはすべきじゃない。


 ハル姉はさらに歩を進めて、胸と胸がくっつくくらいに近づいた。


「あのさ、恭太」

「え?」


 ハル姉は怒ってる?

 怖い……


「高柳君はいい人だったけど、恭太は……もっともっといい人」

「え?」


 なに?

 怒ってるんじゃないの?


 俺を見上げるハル姉は顔が赤いし、心なしか息が荒い。

 少し深呼吸をした後、俺の目を見つめる。

 それからハル姉は俺の耳元に唇を寄せ、意外な言葉を口にした。


「あのね恭太。ちゃーんと気づいてたよ」

「え?」


 ──なにを?


 吐息のような声が耳をくすぐる。

 背筋がぞわぞわした。もちろん気持ち良い方の意味で。


 ハル姉は耳元から離れ、真正面に俺を見つめる。それでもかなり近い距離だ。

 先ほどまでの硬い表情は薄れ、ハル姉にしては珍しくほうけたような顔をしてる。


「恭太が高柳君を説得してくれたんでしょ?」

「いや、俺は別に……」

「私さ。絶対に恭太がなにかしてくれたんだと思って、真実を聞こうと放課後恭太を追いかけて行ったんだよね。そしたら校門のところで高柳君と話す恭太を見つけて、話を聞いちゃった」


 あ……バレてた。

 俺がそれでも何も言わずにいたら、ハル姉は人差し指をすっと伸ばしてきて、俺のほっぺに押し当てた。


「ほらほら兄さん。ネタは上がってんだよ。いい加減素直に吐いたらどうだい?」


 めちゃくちゃ可愛い声でそんなふうに言われたら、俺にはあらがうことができなかった。


「あ、ああ。そうだね」


 ああ、これでハル姉には本気で怒られるな。

 だって自分で解決するって言ったハル姉の思いを裏切ったんだから。


 俺の白状を引き出したハル姉は、なぜかニヤリと笑った。

 長い付き合いの俺ですら、普段クールなハル姉のこんないたずらっ子のような表情は見たことがない。


 クール美少女が見せるこんな顔は、とてつもなく可愛いのだと気づかされた。


「恭太は私のことが気になって仕方ないのかな?」


 コテンと首を傾けたハル姉の可愛さに、俺はまた抗えない。本心をつい口にしてしまった。


「うん」


 俺ってチョロすぎる。お恥ずかしい……


 ところがハル姉は、そんなザコな俺をバカにするどころか、急にデレっとした顔で「えへへ」なんて声を出した。


 あのクールなハル姉が。

 表情の起伏に乏しいハル姉が。

 今日はいったいどうしたっていうんだ?


 信じられない思いでいると、ハル姉はさらに予想外の動きをした。

 デレたままの顔を俺の胸に押し当てて、あろうことかスリスリしてる。


「やっぱり恭太は私の王子様だ」

「え……?」

「だーい好きだよっ恭太♡」


 あ……ほっぺにキスされた。


「ちょっと待って。ハル姉ってこんなデレキャラだったか?」

「うん、恭太にだけね♡」


なんてこったい。

クール美少女のハル姉が見せるこんなデレデレな姿……かわいすぎるだろ。


== 完 ==

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