第19話 自分で食べてるから、おすすめできるんじゃないの。
Side 有馬マリア
コンビニでバイトをしている大学生、有馬マリアはちょっといらだっていた。
バイト先の先輩の愛田一郎が、煮え切らない態度だからだ。
煮え切らない、とかいっても付き合っているわけでも、告白されたわけでもない。
というより、彼女がかなりあからさまにモーションをかけているのに、あまり気づいていない感じなのだ。
「もしかして、鈍感系主人公かしら?…」などとつぶやいてみる。
実際、一郎はあまりに鈍感だ。たぶん、まともに女の子と付き合ったことはないだろう。
おそらく童貞だと思う。
そんな童貞コンビニバイトに惹かれる自分のことも、よくわからない。
イケメンで金持ちならさておき、中肉中背のフツメン、経済力なし、鈍感で自然に人を怒らせるような男のどこがいいんだろう?
大学の友達は、だいたい彼氏がいる。
エリート大学生とか、広告代理店営業マンのようなイケメンで経済力があったり優しくて女の子の扱いに慣れた男性と付き合っている。あるいは遊んでいる。
友人の小中加奈子に聞かれたことがある。「マリア、彼氏はいるの?」
彼女の答えは当然。「残念ながらいないわ。いい人いたら紹介して。」というものだ。
加奈子は言う。「いい人なんて、たくさんいるわよ。どんな人がタイプなの?ルックス?お金?身長?ビジネスマン?テクニシャン?」
「…最後のは何よお?」マリアはちょっと赤面しながら尋ねた。
「そんなの決まってるでしょ。エッチの上手さよ。凄い人いるわよ。もう、すぐにとろけちゃうくらいうまいのよ。」
大きな目に濃いアイメイクをして髪は明るい栗色のショートボブの、短いスカートが可愛らしい加奈子はうっとりしながら言う。
…やったんかい、お前。とマリアは内心突っ込む。
「…遠慮しとくわ。加奈子の紹介だと、なんだか加奈子の御下がりを分けてもらうみたいな気がするんだもの。」
マリアは本音で言った。いわゆる竿姉妹?(意味不明)
「何それ~。ちょっと味見しておかないと、人に紹介できないじゃない。インスタでおいしいレストランを紹介するのと一緒よ。自分で食べてるから、おすすめできるんじゃないの。」
加奈子は笑顔で言う。
…この子の感覚にはついていけないな。マリアは思う。
別に、一生処女でいるつもりもないし、最初の男性と結婚して一生添い遂げる、とも思わないが、とりあえず付き合うならその相手だけに全集中したいし、友達と付き合ったことのある相手だと、いろんなことで友達と比べられるのは嫌だ。
「まあ、そうかもしれないけど、やっぱり自分で探すね。一応、気になる相手もいるしことはいるし…。」マリアはつい言ってしまった。
当然、加奈子は食いついてくる。
「え、どこで出会ったの? イケメン?お金持ち? 告白したの?されたの? キスはどっちから? もう寝たの?」
マリアは後悔したが、もう遅い。
何か言うまで、加奈子の追及はおさまらないだろう。
「ちょっといいなと思ってる、バイトの先輩よ。でも、何もないから。」
ちょっとだけ情報公開する。
そんなもので止まるはずがない。
「バイトの先輩なら学生?どこの大学? お金持ちじゃないの?車は持ってる?イケメンなの?写真あるの?」
こういう会話は疲れる。
「だあから、何もないってば。まず職業としてコンビニバイト。あるいは従業員なのかな。車どころか自転車も持ってないよ。イケメンでもないし。鈍感ですぐに私を怒らせるような人よ。」ちょっとディスってみる。
「そんな男、やめたほうがいいよ。」加奈子は真顔で言ってくる。
「まだつきあってないんでしょ。傷は浅い、というかまだ無傷だよね。そんなののどこがいいんだかわからないけど、甲斐性も将来性もないよね。デートしても楽しくないんじゃないの?」
加奈子は突き放す。
「…デートなんかしたことないよ…」マリアは目を伏せる。
「何それ。言い寄られるんじゃないの? 適当にあしらっておけばいい、って思ったけど、まさかのマリアの片思い? こんな可愛い子を弄ぶコンビニ男、許せないわ。私が乗り込んで、とっちめてあげるわよ。」
「やめて!お願い。向こうは気づいてもいないんだから。」マリアは懇願する。
「マリアったら、なんだか耐え忍ぶ昭和の女みたい。それとも、夢見る乙女? イマドキの女子大生とは思えないよ。もう少しラクに考えようよ。好きなら自分からアプローチすればいいし、無理ならさっさと次に行けばいいんだから。たとえば、他の男と仲良くしているところを見せつけて、やきもち妬かせてみる?」
どうやら加奈子は面白がっているようだ。
マリアは想像してみた。
イケメン学生と手をつないで、コンビニに行ったらどうなるかな?
…ダメだ。「かっこいい彼氏さんだね。マリアちゃんとお似合いだね。」と言われる未来しか思い浮かばない。
「それも無理…。向こうはその気ないみたいだもの。」マリアは悄然とする。こうやってみると、明らかにマリアの片思いだ。部屋に招いたり、マリアのいいところを列挙させてダメだししたり、いろいろ教育しているつもりなのだが、彼はまったく理解していない。
彼女がいるとも思えない。あれだけ女性に対して気配りしない男に彼女がいるわけがない。経済力もないし。
…そうかな? 彼の明るさなら、貧乏でも楽しく暮らしていそうだ。それに、魔物から私を自然に守ってくれるくらい優しい。あの優しさを向けられたら、多くの女の子がくらっとしてしまうのではないだろうか。私のように…。
想像を始めたら、だんだん焦ってくる。これはまずいかも。他の女の子に取られる前に、何とかしないと自分で納得がいかない。
「とにかく、自分でどうするか考える。男の人紹介してほしい時には言うから、その時はよろしくね。」
とりあえず、その場を取り繕った。小中加奈子は、つまらなさそうな顔をして、自分のデートに出かけていった。
マリアは気を取り直してアパートに戻った。こんな、気分が晴れないときは、やっぱり魔法少女のアニメを見るのが一番だ。
今日は久しぶりに、ヒーラーブームを見よう。リメークされたものじゃなくて、最初に放送されたもの。彼女は、このシリーズを再放送でしか見たことがない。だが、それでも大嵌りした作品だ。その中でもお気に入りの、第三シリーズの途中のクライマックスシーンを見直す。
ヒーラーブームが、美しく輝いている。幻のゴールド・クリスタルも輝いている。
ヒーラーブームを支えるヒーラーゴールドやレッド、ブレーンのブルーや元気なグリーン、皆それぞれ個性があって、勇気をもらえる。特に、皆を守ろうとするヒーラーゴールドの美しさと気高さに心を奪われる。萌える。
「ああ、こんな魔法少女たちとお友達になりたいなあ。」つい、口に出てしまった。
そういえば、この前、魔法少女まさか★まじかのナミさんを見たんだった。あのときは、愛田さん、カッコ良くて優しかったなあ。
ああいう人がそばにいてくれたら、私も戦えるかもしれない。
守ってもらうだけじゃなくて、一緒に戦えるようになりたい。
ヒーラーのみんな、元気と勇気をありがとう。
落ち込んだ気分をリフレッシュして、マリアはコンビニに向かった。
バイトを始める時間には、まだ愛田一郎は来ていない。あとから入ってくるのだ。そしてマリアのバイトが終わると、マリアをアパートで送ってくれることになっている。
その時に、自分を毎日褒めさせて、有馬マリアという女の子の魅力を再認識してもらう作戦なのだが、あまりうまくいっていない。
褒め方が雑なのだ。女の子の気持ちを全くわかっていない。
今日もそんな感じかなあ、などと思っていると、「マリアちゃん、ちょっと。」と店長兼オーナーがマリアをバックヤードに呼んだ。
店長がこの時間にいるのは結構珍しい。店長は週に3回くらい夜の勤務だからだ。マリアはちょっといぶかしく思いながらバックヤードに行く。
「マリアちゃん、実はね。あと1か月でこのコンビニにを閉じることにしたよ。最後まで働いてくれたら、もう1か月分ボーナスとして出すから、悪いけどあと一か月頑張ってくれるかな。」
マリアは店長の言葉が信じられなかった。え…このコンビニが無くなる?
愛田さんと会えなくなっちゃう!
この時点で、やっとマリアは認識した。自分はかなり愛田一郎のことを好きになっていると。コンビニが閉じることより、一郎に会えなくなることを心配している。
あんな甲斐性なしのどこがいいんだ、などという突っ込みはやめておこう。金は無いし鈍感で人を傷つけるのがうまいけど、優しいのだ。空気は読めないが。
…あら?
本当にこんな人でいいのかしら?
…考えたら負けだ、とマリアは思うことにした。
ほどなく、愛田一郎がやってきた。彼の姿を見るだけでドキドキする。。今まではさほどでもなかったが、意識してしまうと顔が熱くなる。
「どうしたのマリアちゃん。顔が赤いよ。風邪でもひいいたのかな?」
例によって空気の読めない愛田が声をかけてきた。
「大丈夫です。…でも、愛田さんのせいです。反省してください。」マリアは思わず口にしてしまった。
一郎は不思議そうな顔をしながら「そうか。ごめん。」と言った。
「…理由わからないのに謝らないでください。そういうところがダメなんです!」マリアはちょっと八つ当たりした。
「なんか、ごめん。」
まったく人の話を理解していない一郎は、とりあえず謝った。
マリアはため息をついた。
帰り道、一郎が話しかけてきた。
「マリアちゃん、聞いてるかい。このコンビニのこと。」
マリアは無言でうなずいた。
「このままだとあと一か月でお別れだね。」入り豪が言い出した。
「…そうですね。残念ですね。」マリアは答える。
「僕もいろいろ考えたんだけどね。」一郎が続ける。
「このままマリアちゃんと会えなくなってもいいのか?ってね。」
あれ?もしかしてこの流れは…。
一郎は続けた。「いろいろ考えたんだけど、やっぱり結論は一つだった。今の僕には、君が必要なんだ。」」
おお!あの朴念仁がついに! 意外性にマリアは心を躍らせた。
一郎は夜の路地に立ち止まり、マリアと目を合わせた。
、マリアの心臓がドキドキなっている。
一郎も少し顔が赤い。きっと彼もドキドキしているのね。マリアは思った。
ここは、彼のほうから男らしく言ってもらおう。そうしたら、私はちょっと勿体をつけて。でも彼が昭m3足り引いたりする前にOKしよう。それでいいよね。
一郎がまっすぐマリアを見る。そしてマリアも一郎を見つめる。
「マリアちゃん。これからもずっと…。」 そこで彼は言い淀んだ。
ああ。ついに。彼が告白してくれる。その勇気に免じてOKしてあげようかな。
一郎は息を吸って言い直す。
「マリアちゃん、これからもずっと…
あれ?もしかしてこの流れは…。」
マリアは一郎の目を見つめながら次の言葉を待った。
「これからもずっと… 僕と一緒に働いてくれないか?」
「…ほえ?」
変な声が出てしまった。
ーーー
更新が遅くなってすみません。
次回、最終回です。
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