第18話 言えなくてごめんなさい。私たちはそういう存在なのよ。
「そこからは、僕が説明するよ。」
突然、白く、可愛くない猫だかうさぎだかわからない動物が現れた。
「ハチべえ…。」俺は名を呼んだ。
そう。魔法少女まさか★まじかのマスコットであり、かつ悪の組織連合のほうの名誉会員でもあるハチべえだ。
「僕と契約して、魔法少女を殺ってよ。」
「僕と契約して、魔法少女とヤってよ。」
って言っていたやつだ。
ハチべえはこたつの上に立ち、俺を見つめた。
「僕の役割は、消えかけた魔法少女たちに対して、救済のための非常手段を与えることさ。」
ハチべえは無表情で言う。こいつは口パクするけど、表情が変わらないのでかえって不気味に見える。
「人々の心に強く印象付けるためにどうするか。もちろん、衆人環視の中で人々を救う。これは目立つね。でも、ワンオブゼムでは印象が薄くなってしまう。リーダーなら活躍できるけど、その他大勢はどうしても目立たないわき役だからね。 そのためにどうするか、って言うと、みんなの前で一人だけ目立つか、あるいは一人に強烈な印象を与えることさ。ああ、やっぱりお約束があって、リーダー以上に目立って敵を倒すのは、他の連中には原則許されない。だから、その他大勢がリーダーをさしおいて敵を倒すのは原則なしだからね。」」
ハチべえはうそぶく。
「リーダー以外が、敵を倒さないで人々の前で強烈な印象を与えるって、まさか…。」俺はおずおずと言う。
ハチべえは無表情に答える。
「そう。死ぬことだよ。考えてごらんよ。毎日のニュースで価値があるのは、人が死ぬことさ。事故でも事件でも、人が死ぬことはエンターテインメントさ。魔法少女でも同じってこと。印象に残る死に方をすれば、みんなから覚えられる。僕の出た番組、魔法少女まさか★まじかで印象に残っているナミを見てごらんよ。いきなり魔物に食われて死んだから印象に残っているんだ。」
そうなんだ…
「人々の前でド派手に殺される。それは印象に残すための一つの方法さ。悪の組織連中としても、魔法少女を殺した、っていうのは一つのステータスになるから結構人気な役割だよ。もちろん、殺され方とかを含めて本人の同意を取るから、クレームは無いよ。コンプライアンス万歳だね。あ、殺されても生き返るから、消えるわけじゃないんだよ。」
そうか…だから、ハチべえと契約したら、魔法少女を殺る(やる)ことができるのか。ハチべえがお膳立てしたやり方で殺せばいいんだ。本人の同意つきでね。
で、もう一つの「魔法少女とヤってよ」は…。
「もうわかるよね。体を売ることは、一人に対して強烈な印象を与えられるんだ。もちろん、そのためには相手に対して、自分の名前を言って覚えさせないといけない。魔法少女プリティーピーチとやった、とか印象に強烈に残させるのさ。」
おいおい、名前出していいのか。
「彼女は、生き残るためにその道を選んだのさ。それで今でも存在している。ただ、これは一度に一人しか印象を残せないから、生き残っていくためには、最初のうちは一日に二人ずつ、今でも週に3回くらいは客を取っていかないといけないんだよ。それも大変だよね。まあ、僕らはそれが仕事だし、彼女も理解したうえで納得してやっているから、いいのさ。これこそwin-winだよね。」
…そうなのかなあ。何だか違う気もするけど、それも魔法少女が生き残るための方法なのか。
「あれ、魔法少女は原則処女じゃんじゃなかったっけ?」俺は美似に聞く。最初にそう言っていたような気がするのだ。
「あくまで原則よ。それに、魔法少女によっては、相手に魔法をかけて、自分の名前を覚えさせるのと快感を与えることで、自分を抱いたと錯覚させることができる子もいるのよ。だから、女の子によるわね。」
金髪の美少女、ヒーラーゴールドこと美似は淡々と答える。
「美似…」俺は信じられなかった。美似は、そんなことまでわかったうえでいろいろやっていたのか…ちょっと、美似を見る目が変わってしまいそうだ。
「いっちー、言えなくてごめんなさい。私たちはそういう存在なのよ。全部分かった上で、私がヘレニアと調整役をやっているの。」
美似は辛そうに目を伏せた。
「そろそろ本題に入りたいんだけど。」
ヘレニアが横から口を出した。
「本題?」俺は尋ねた。
ヘレニアは伝える。
「美似、クリピュア3期のグリーンとイエロー、あと4期のカシスがBコースを志望してきたわ。説明もして、同意書も取ってる。あとはあなたのサインだけね。今日はそれを取りに来たの。」
「Bコースって?」俺は聞いてみた。何となく答えはわかっているが。
ヘレニアは笑う。
「もちろん、体を売ることよ。この子たちは、チームの中でいわゆる『その他大勢』なのよ。番組そのものの知名度が落ちてくると、真っ先に消えてしまうわ。このままでは、あと1か月ももたないわね。」
俺は言う。
「他に方法はないのか?」
「…あればもちろんやってるわよ。」美似が悔しそうに言う。
「今までも、何人もそっちに落ちている。でも、そのうちに疲れて、消えて行ってしまう子が多いの。本当にたまに、パチンコとか再放送とかで再度認知されて足を洗える子もいるけど、大部分の子たちにとっては、消える時間を先延ばしにするだけね。」
そうなんだ…。
美似は続ける。
「もちろん、それでも生きていたい、消えたくないっていう気持ちは痛いほどわかるから、私も承認している。それでも正義の味方系はまだいい。日常系なんて、すぐに消えてしまうのよ。悪に対抗することなく、みんなを笑顔にするだけだと、どうしてもインパクトが弱いからね。日常系の子たちは、大部分が運命を受け入れて、潔く消えていくのよ。正義の味方系は、悪あがきだけどBコースでも生きていこうとするの。私はそれを否定できないし、する気もない。 いつ私がそちらへ行くかもわからないしね。」
俺は何だか衝動に耐えられずに叫んだ。
「美似にそんなことはさせない。俺がずっと覚えているから。」
美似は寂しそうに言った。
「いっちー、ありがとう。でも、いっちーひとりじゃ、ダメなのよ。たくさんの人たちに認知されないとね。Bコースになったら、最初のうちは毎日二人以上はお客を取って、最低50人、できれば100人以上に認知してもらわないといけない。それでも人の記憶は薄れていくから、どうしても自転車操業にならざるを得ないのよ。」
そうなんだ…俺はやりきれない思いだ。
「今回の子たちって、うちに来てた子?」俺は聞いてみた。
「二人はそうね。こたつに入ってたわ。」美似は答える。
うーん。このままじゃ、どうも寝覚めが悪いな。でも、何もできないな。
「あの子たちのことを思うなら、あの子たちのお客になってあげてたらどう?」ヘレニアは薄笑いを浮かべながら言う。
「愛田さんは気持ちよくしてもらえて、彼女たちへの同情心も満足される。あの子たちはお金目当てじゃないから、お金は要らないわ。お友達割引で無料サービスしてあげる。」
魅力的だが…
「それはできないな。俺はまだ童貞でいたいんだよ。」
俺は答える。
「まあ、それは仕方ないわね。美似、サインちょうだい。あの子たちも時間がないのよ。」
ヘレニアが促す。
美似はうなずいて、それぞれの魔法少女の分の書類、各三枚にサインして、一枚は自分でキープした。
あとの二枚は、たぶん本人とヘレニアが持っていることになるんだろう。
「これで私の今日の目的は終わりよ。愛田さん、何かある?」
ヘレニアは言う。
「潮時ってどういうことだい?」俺は聞きたかったことを聞いてみる。
「もちろん、移動よ。同じところにずっととどまっても、多くの人々の記憶にとどまらせるのは難しい。ある程度定着したら、また別のところで同じことをするのよ。そうやって、多くの人たちの心に残せるようにしているのよ。」
え…。いなくなってしまうのか?
「あともう少しつけ加えると、魔法少女と個人的な付き合いを持った記憶は消させてもらうわ。いっちーの記憶から、私と過ごした時間は消す。でも、ヒーラーゴールドっていう名前は深く心に刻んだままにするから、私が忘れられるわけじゃない。」
美似が俺を見つめなっがら言う。
え?俺が?こんな楽しかった日々を忘れる?
「そんなの嫌だ。俺は忘れないぞ。」
俺は抵抗する。
「でも、私と毎日過ごしたことを忘れても、特に問題はないでしょ。このコンビニもなくなるみたいだし。いっちーも新しい生活を始めたら、私との時間のことなんか忘れても大丈夫よ。」
何だか、すぐにでもいなくなりそうなセリフだな。
「美似、もしかしてもうすぐいなくなるつもりなのか?」俺はおそるおそる尋ねてみる。
美似は、俺と視線を合わせずに言った。
「準備もあるから、あと3日くらいね。そうしたら、永遠にさよならよ。」
「ダメだ!」俺は大声をあげていた。
「そんなことは認められない。」
「じゃあ、何か手があるっていうの?」美似は涙を浮かべながら言う。
「それは…」俺は言い淀む。
「だったら、運命を受け入れてよ。私だって、というか私のほうがずっと辛いのよ!」
美似は流れる涙を隠すことなく、俺をじっと見つめる。
本当に美しい。この姿を忘れるなんて嫌だ。
どうしたらいい…考えろ、考えろ、考えろ…
心の中で必死に言い続けるうちに、一つの考えが生まれた。
あまりに途方もない話だが、このまま美似を失いたくもない。
「ヘレニア」俺は声をかける。
「いくつか質問があるんだが。」
ヘレニアは、面白そうな顔で、俺の質問に答えてくれた。
「わかった。一晩考える。ヘレニア、明日の晩にまた来てくれ。もちろん、美似とアルケゴスもな。」
「何か思いツタの?」美似が尋ねる。
「一晩、考えをまとめる時間をもらうよ。」
俺は答える。
ーー
ここまで読んでいただいて、ありがとございます。
次回、久々に有馬マリアちゃんの回です。
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