第2話

一年ほど前、ごく普通のただの物理の授業中のこと。


「……つまり気象とは、太陽の活動と海水温の流動、そして地形によって生じ、変化する。例えばこの台風は夏にしか発生しない。夏の強い陽射しによって熱せられた海は、水温が上がり激しく蒸発し上昇気流を生み出す。これが上空で巨大な雲を形成し、地球の自転による力も加わってうずを巻き台風となる。海からの上昇気流がある限り台風は成長を続け巨大化し、そして陸地で嵐を巻き起こすわけだが、陸に上がれば水蒸気の供給が無くなるので上昇気流も収まり、やがて弱体化して消滅していく」


知ってる。


ネットを調べればそんなことはいくらでも載ってる。


学校は退屈だ。


僕はあくびをしながら、机の下でこそこそとモバイル端末を操作し、親の影響で十歳ぐらいからずっとやってる、株の値動きなんかをチェックしていた。


「今はもう、世界中の空と海に十六万五千基も配備されている気象制御船によって、台風など生じることも無くなったが、私が子供の頃には夏の風物詩だったもんだ。それで、ここからが物理の話なんだが、『セントエルモの火』という現象があるのを知ってるかな」


知らない。


アプリを切り替えて検索してみる。


『セントエルモの火』とは、嵐などで上空に雷雲があり強い電場を形成していると、船のマストの先端や、陸上の尖頭物せんとうぶつ、時には飛行機の機体や人の髪の毛までもが、その電場に引き寄せられて帯電し、発光する現象らしい。


なんだ、別に、大した話じゃない。


物理現象としては初歩の初歩だ。


人間は、イルミネーションだとかホタルだとか、光るものに弱過ぎる。


原始時代じゃあるまいし、光ってるぐらいでいちいち興奮すんなっての。


再びあくびをして端末を切り、机に片肘かたひじをついてちょっと寝ようかと思っていると、


「気象制御船だ!」


誰かが声を上げ、教室中の視線が窓の外、はるか上空へと向けられ、廊下側の男子の一部が窓際へと走った。



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