第5話 ススムべき道(2)



 次の日、ススムに言われたとおり、ススムの家の前で待っていた。

 アルファベットで書かれた『作田つくりだ』の表札が朝日に照らされて神々しく見える。

「アルファベットで書かれた表札ってどこかオシャレなんだよねー」

 さみしいので適当にひとり言を言って、マヤコは時間を潰した。

「マヤコ。お待たせ」

 玄関が開き、中からススムが出てきた。

 ススムは紺の長ズボンに白のワイシャツでまるで学生のような格好だった。

「これ、従兄のお兄さんのお下がりなんだ」

「制服着て学校行くの?」

「カッコイイでしょ?」

「いや、似合ってるけど」

「さあ、マヤコ。行こう」

「はあ……」

 確かに、ススムとマヤコが並んで歩いていると男の子二人いるようにも見える。

 登校中、何人かの生徒とすれ違うがとくに気にも止めることなくみんな真っ直ぐ学校に向かっていく。

 いつも通りに昇降口について靴を履き替えてるとユメが登校してきた。

「おはようー。あれ、なんかススムくん、いつもよりかっこよく見える」

「そうかい?」

 ススムはわざととぼける仕草をする。

「うん、なんだろう……あ、服がなんか制服っぽい!」

「あ、これ? これ、従兄のお下がりなんだ……ボクは遠慮したんだけどどうしてもって」

 実はススムが従兄に頼んで貰った制服なのである。

「ススムくん、カッコよさに磨きがかかるねー。これは全人類メロメロになっちゃうぞ」 

「はは。ユメは面白いな」

 その様子をマヤコは呆れて見ていた。

「マヤコさんおはよう」

「あ、シオリ。おはよう」

「なんか元気ないみたいですね」

「いや、ススムがね」

「やあ、シオリじゃないか?」

 ススムは芝居がかった言い方でシオリの手を取った。

「今日もおはよう」

「は、はい。ススムさん、おはよう……ございます……」

「それじゃ、マヤコ。行こう」

「はいはい。んじゃ、また教室でね」

 シオリとユメはわけもわからないまま、ただ、ススムとマヤコの後ろ姿を見ていた。

廊下を歩いていると顔見知りの女子生徒たちがススムたちの周りに集まってきた。

「ススムかっこいい!」

「キャーススムくん結婚してー!」

「ススムくーん! こっち見てー!」

 もちろん冗談でやってるのはお互いわかっているが、それでもススムの心は昂った。

(これだ! この反応がボクの求めていたモノだ)

 みんなススムに夢中になってマヤコは蚊帳かやの外だった。

(誰も私に気付かない……)

 そう思ってるとき誰かがマヤコに注目を集める声を出した。

「隣のマヤコもカッコイイ! ヤンチャな感じがして良い!」

 マヤコは声の主にすぐに気が付いた。ユメだ。

「本当だ! マヤコも素敵! 日焼けした肌がワイルド!」

「キャー! ススムくんとマヤコ、どっちも選べない!」

 注目されるのが苦手なマヤコは朝から疲れ切っていた。

「ススムー……なんで一緒にいるだけでこんなに疲れるの……」

「それはボクとマヤコがカッコイイからだよ」 

「ススムは良いとして私は別にカッコイイわけじゃないじゃん」

「いや、マヤコはカッコイイよ。半袖短パンだし」

「それだけの理由で私を利用しようとしてるんじゃ……」

「違う違う! ボクはマヤコと二人でみんなからカッコイイって言われたいんだ」

「まあ、しばらく付き合ってあげるよ」

「ありがとう。相棒!」

なんやかんやでススムとマヤコのコンビは学校で知名度を上げて行った。

「ほらほら見てマヤコ! 下級生からファンレター貰っちゃったよ!」

「あ、うん。私も貰った……」

「これはチェキとかもやるべきかもしれないなー」

「チェキ?」

「ファンと一緒に写真を撮ったりするんだよ」

「ファンって私たちアイドルユニットじゃないんだよ」

「最初はそうだったけど今は違うんだよ」

「何が違うの?」

「ボクたちは人々に認められてみんなの憧れ、つまり、偶像になったんだよ!」

「えー、それなら私、もう辞めたいよ」

「待って待って。これからだよ! ボクたちの道は、やっと一歩は踏み出したばかりなんだ!」

「いや、私はそんな道目指したくないし」

「ふっふっふっふ……お困りかな? お二人さん」

 不敵な笑いを浮かべてユメがカメラを構えて、シオリがその後ろをついてやってきた。

「ユメ、聞いてよ。ススムが」

「いやいや、ススムの意見が正しいよ」

「は?」

「学校内とは言え、二人は今や注目の的! 小学生で知名度を上げて、噂は徐々に広まり、テレビとネットで注目され、海外デビューだって夢じゃない!」

「二人ともうらやましい」

 ユメの迫力ある力説にシオリの毒にも薬にもならぬ感想にマヤコはさらに混乱した。

「だから、私はそれになりたくないんだってば……」

「ああーもう、どうしたらいいんだ!」

「へぇー今、そんなことになってるんだ」

 ヨウは読んでいた雑誌から顔を上げ、ニヤニヤと笑っていた。

「私は目立ちたくないんだよー」

「吹っ切れて目立てばいいのに」

「無理」

「いっそのことデビュー曲とか」

「もう、こっちは真剣に悩んでるんだよ」

「マヤちゃん、なんで目立つのイヤなの?」

「恥ずかしい」

「本心は?」

「ちょっと優越感」

「なら良いじゃん」

「あ! ヨウ!」

「優越感あるウチはやっとけやっとけ。本当にイヤになったら、心の底からススムくんに言えば良いよ」

「う、うん……」

 ススムが言っていたチェキを初めてみたところ、さらに二人の人気は高まった。 

「はーい。二人もっと肩寄せてー。はい、撮りまーす」 

 撮影はもちろん、ユメだ。

「順番に並んでください。最後尾の方は『最後尾』と書かれた紙を持って、後から来た人に回してあげてくださいねー」

 シオリは列の整備係になっていた。

「あ、あのススムさん……その、一緒にハートを作ってください!」

 小学五年生の女の子は手でハートマークを作り、ススムにお願いしていた。

「うん。良いよ」

 ススムは爽やかな笑顔で対応した。

 マヤコは早く終わってほしいという思いだった。

「マヤコさん……肩抱いてほしいです……」

「え、ああ。わかった」

 なんやかんや言いつつマヤコも馴染んでいた。

「だぁー疲れたー」

「お疲れ!」

 撤収作業含めチェキ会が終わると毎回クタクタになる。

 学校の半分近い、とくに下級生の女子たちが空き教室で行われたチェキ会に来たのだ。

 これはススムもユメも予想外だった。

「ボクたちの人気スゴイね! 世界デビューも夢じゃないね!」

「うーん。しかし、そろそろ、先生の目が気になって来たな……」

 ユメは撮った写真を確認しながら思案した。

「さすがに廊下まで伸びる列はマズイよね……」

「いや、これはもう先生に注意されるまでやってボクたちのチカラを試してみよう!」

 みんなススムに注目すると首を縦に振った。

「そうだね」

「ここまで来たんだもんね」

「やりましょう」

 当初の目的と合っているようなズレているようだったがもうマヤコも気にしなかった。

「ねえ! チーム名決めない?」

「ハイハイ! 私、考えてるのある!」

 ユメが勢いよく手を上げた。

「ユメ、どうぞ!」

 クイズの司会者かのようにススムはユメを指さした。

「ススムべき道!」 

「…………」

 教室に沈黙が流れる。

(ススムべき道……)

 ユメは目をキラキラと輝かせていたが一同は『うーん』と一分間ほど腕組みをして唸っていた。

「良いんじゃない?」

 口を開いたのはマヤコだった。

「ススムの名前入ってるし」

「そうですね。真っ直ぐ続く道が浮かべられて素敵だと思います」

「うーん。でも、マヤコの名前が入ってないのが」

「私は気に入ったけど?」

「じゃ、じゃあ。ススムべき道で!」

「やった! ウチらススムべき道だね!」

 その日の放課後はみんなで笑い合いながら帰った。

「おうおう。良いね。青春じゃーん」

「いやーもう、私ももっとがんばらなくちゃって思ったよ!」

「よしよし。じゃあ、次はサインの練習でもしたらどうかな?」

「あ、それいいね! ヨウ冴えてる!」

 マヤコはヨウの言葉にすぐ乗ってノートにサインの制作に入った。

「これはかなりの筋金入りだな……」

 珍しくヨウが苦笑いを浮かべていた。

  ススムは家でため息をついた。

「ボクの求めていたように進んでいるのに何か満たされない……」

 ススムはヨウの写真を見つめて、ため息を付いた。

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