第5話 ススムべき道(3)


「ヨウさん……」

 そう。せっかくの学校での様子をヨウに見てもらえていないのだ。

 学校内の人気だからヨウが実際どんな風にススムたちが人気なのか口頭でしか伝えられないのだ。

 ススムはそれが不満だったが、心の片隅で見てもらいたくないという気持ちもあった。

「ヨウさんにはボクがあがいているように見えるかもしれない」  

 ヨウの隣に並びたくて焦っている自分の姿が滑稽こっけいに見えるかもしれない。

「ああ。ボクはどうしたら良いんだ……」

 ススムはベッドの上でもがいた。

 ススムはさらにカッコよく見せるため、ネクタイを付け始めた。

 最初は上手く結べなくて戸惑ったが、練習の末、結べるようになった。

 鏡に映る自分を見て思わずススムはニヤけた。

「ボク、もっとカッコよくなっちゃった……」 

 次の日、マヤコに会うとすぐにネクタイに気付いた。

「あ、ネクタイしてる」 

「どう? 似合うかな?」

 ススムは自信たっぷりにあった。

「ワイシャツに紺のズボンにネクタイ。うん。良い組み合わせじゃない?」

「へへへ……。ボクもそう思うんだ」

 ススムのネクタイは予想通り、好評だった。

「ススムくん、見るたびにカッコよくなってる」

「ススムくんと同じクラスになりたかったなー」

 わざとススムたちに聴こえるように言っているのが見えている。

 もはや、芸能人の域だ。

「ススムの目標、達成できたんじゃない?」

「いや、まだだ……」

「あ、ああ! 人はもっと上を目指したいもんね!」

 マヤコはヨウの請け売りをそのまま言葉にした。

 しかし、ススムとマヤコの人気に以外な展開が到来した。

 ススムとマヤコが理科の授業のため教室を移動していたとき、ワックスがけをしたばかりの廊下にススムが転びそうになったのだ。

「ススム! 危ない!」

 転びかけたススムの手を取り、引き寄せるとその勢いでターンをし、ダンスが終了したときのポーズのようにススムを左腕に抱え、なぜか右腕が後ろに伸びる形になっていた。

 それを見ていた廊下にいた生徒たちは『おー!』と一斉に拍手をマヤコたちに浴びせた。

「すごーい!」

「マヤコ、カッコイイ!」

「きゃー! もっと二人のファンになっちゃう!」

「マヤコ推しになりそう!」

 周りの声が耳に入っていないかのように、マヤコはススムに言った。

「ススム、大丈夫?」

「う、うん……」

「良かった。大事なススムに怪我なんてさせられないからね」

 マヤコはススムにだけわかるようにウィンクをした。

 その仕草がススムの心を動かした。

 ススムはずっと上の空になり、珍しく、一人で帰ってきてしまった。

「うう……まだ、胸がドキドキする」

 廊下での出来事以来、ススムはマヤコのことを思うとドキドキするようになってしまった。

「い、いけない! マヤコは相棒なんだ! それにボクの憧れはヨウさんじゃないか!」

 ヨウの顔を浮かべようとしてもマヤコが出てきてしまう。

「はは。当たり前じゃないか。二人は一緒に住んでるんだし……」

「うう……胸が苦しい……」

 ススムは次の日、休んでしまった。

「今日、ススムくんいないんだー残念ー」

「でも、マヤコはいるっぽいよ」

「私、ススムくん推しだもん」

 勝手な声がマヤコの耳に入ってくる。

「みんな勝手だなー」

「でも、ススムくんのお休み珍しいですね」

「うーん。なんか事件の匂いがするぞ」

「事件? それだったらヨウに相談しなきゃ」

「それで久しぶりにススムくん以外、アタシに会いに来たってわけか」

「怪獣が関わってたらどうしよう」

「そうですよ。また私のときみたいになってしまったら……」

「ヨウの姉貴、どう考えますか?」

 さすがのヨウも困っていた。

 ススムの件に関しては怪獣が関わっていないとしか言えないのだ。

「それ、怪獣関わってないよ」

 リクナがコーヒーを飲みながら、台所から出てきた。

「どうして、断言出来るんですか?」

「だって、自分で休みの連絡入れたんでしょ。じゃあ、普通に体調悪かったんじゃない?」

「怪獣がススムに化けてやったのかもっす!」

 ユメは手を拳の形にして力強く言った。

「怪獣だったらその人になりすますよ」

 リクナはペースを変えずに答えた。

「今回は怪獣でないかもねー」

「でないに越したことないけどね」

 マヤコたちは釈然としなかったが確かに怪獣には出てきてほしくない。

「ま、出てきたらアタシがカッコよく倒すからさ!」

 ヨウはいつもの陽気な声で言った

 マヤコはいつものようにススムの家の前でススムを待った。

 玄関のドアが開くとススムが出てきたがどこか動きがぎこちなかった。

「ススム、おはよう。なんか動きがぎこちないけど、まだ体調悪いの?」

「お、おはよう! マヤコ! ボボボクは元気さ!」

 マヤコと目を合わせようとせず宙に向かって返事をした。

 これはまだ体調悪いな……とマヤコは思った。

 登校中、ススムの様子は明らかにおかしかった。

 マヤコと少し距離を取り、顔を合わせないように必死の様子だ。

「ススムー、私たちはコンビなんだから一緒にいないと」

 マヤコはススムの手を取って引き寄せるとピタっとくっついた。

 ススムの顔はどんどん赤くなり、声にならない悲鳴を上げた。

「ーーーーーーーーーー!」 

「す、ススム!?」 

 登校中の生徒たちがマヤコたちの方を振り向き何事かといった様子で伺っていた。

「あ、あああああ!」

 ススムは学校とは反対の方向に走り出した。

「ちょっとススム! 学校は!?」

 取り残されたマヤコは今、一瞬の出来事が何だったのか理解できずに仕方なく学校へ向かおうとすると人にぶつかった。

「あ、ごめんなさいってヨウ? なんでここに?」

 サングラスをかけ、ジャージを肩にかけチュッパチャップスをくわえたヨウがいた。

「マヤコちゃん、学校よりも大切なものが……あるんじゃーないのかい?」

 ヨウはハードボイルド気どりで全く似ていない洋画のマネをしながら言った。

「学校より大事なもの? 今、なぞなぞに付き合ってる場合じゃないんだけど」

「マヤコちゃん、学校よりも大切なものが……あるんじゃーないのかい?」

 ヨウはさっきと同じセリフを語気を強くして言った。

「えー大事なもの大事なもの……」

「それは友情だよ……」

「それで?」

「つまり、マヤちゃんはススムくんを追いかけろってこと!!!」

 じれったくなりヨウは自分で答えを言った。

「なんだ最初からそう言ってよ!」

 マヤコは鞄をヨウに渡すとススムの走って行った方向へ走り出した。

「へ、マヤコのやつ……わかってるじゃねーか……」

 一人、ハードボイルドを気取るヨウであった。

 マヤコは走った。

 ススムが何で走り出したのか全くわからないが、とにかく走った。

 息を切らせながらだったがススムが行く場所はだいたい見当がついていた。

「ススム―!」

 ススムの家のチャイムを鳴らした。

 玄関が開き、ススムの母親が出てきた。

「あら、マヤちゃん、ススムが叫びながら帰ってきたんだけど何かあったの?」

「あ、いや、とくに無いんですけど、あのお邪魔しても良いですか?」 

「良いけど? 学校は?」

「実は今日、創立記念日で休みだったんですよ! 私もススムちゃんも忘れてたんですよね。あはははは」

 明らかに不自然な嘘だったが、ススムととにかく話をしないといけないとマヤコはススムの部屋へと足を踏み入れた。

「ススム!」

 毛布を被り、部屋の隅っこに丸くなってるススムらしきものに声をかけた。

「ススム! 話を聞かせて!」

「ま、マヤコ? マヤコなの?」

「ススム……」

 毛布を掴んでひっぺがえそうとするもチカラが強く、全く動かない。

「この毛玉岩石め……」 

「なんだよ、毛玉岩石って……」

「毛布が毛玉で頑固なススムは岩石。だから毛玉岩石」

「変な名前を付けないでくれるかな。ボクのイメージが崩れる」

「今の状態でまだイメージ気にしてるのか!」

「うう……マヤコ……」

「とにかく……とにかく、一回、落ち着いて話をしようね!」

「うう……わかった……」

 毛布からススムが出てくると鼻をすすりながら、涙をこぼしながら出てきた。

「ススム、どうしたの?」

「ぼ、ボク、ボク……」

「うん」

「その……最初はね、ヨウさんが好きだったの……」

「うん」

「でも、今はマヤコが好きになっちゃったの」

「うん……うん?」

 マヤコは学校に行かず自分の家にフラフラと帰ってきた。 家にはすでにヨウも帰って来ていた。

「あ、おかえりーススムくんと仲直りでき」 

「もうどうしたらいいかわかんないよ!」

 マヤコは珍しくヨウに泣きついた。

 ちょうど通りかかったリクナがそれを見て

「あ、ヨウがマヤコちゃん泣かしてる」

「違うっつーの!」

「なるほどね……」

「私、告白されたことないし、それにまさかススムからなんて思っても見なかったし」

「今回の話は長引きそうだねー」

「怪獣退治は得意だけど恋愛相談は専門じゃないし」

 ヨウもリクナもお菓子とジュースを食べたりしながら聞いていた。

「二人とも大人なのに冷たい!」

「怪獣なら倒して終了! なんだけど今回違うし」

「はぁーススム、どうして私なんかを……」

「マヤちゃんは自分の魅力に気が付いていないのよ」

「あんまり、いつまでも曖昧あいまいなのはよくないからスパッと決めよう。タイムリミットは明日ね」

「明日!?」

「先延ばししたらススムくんの心の負担が増えるだけだよ」

「わ、わかった……」

「で、マヤちゃん的にススムくんは?」

「友達……」

「じゃ、それでいいじゃん」

「でも、ススムは!」

「傷つけたくなくて嘘を付くとあとで後悔するよ」

「でも、決めるのはマヤちゃんだ」

 ヨウとリクナがいつにも増して大人に見えた。

マヤコはススムを公園に呼びだし、思いを伝えた。

「ススム、あの、念のために確認するけどススムの好きって」

「恋の好き……」 

「私もススムのことは好きだよ……でも、私の好きは……」

「良いんだよマヤコ……ボクがいきなりだったんだ」

「ススム……」

「自分の気持ちに気付いて、すぐにあんなんになっちゃうなんてボクもまだまだ修行が足りないよ」

 ススムは困ったような笑顔を浮かべたが声に涙が混じっていた。

「そっか……あははは」

「マヤコ、ありがとう」

「ススム……」

「マヤコ、これからもコンビ、よろしくね!」

 次の日、ススムとマヤコは手を繋いで学校へ登校した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る