第3話 挟むべきシオリ(3)


 ヨウを追いかけるには月を目指すような遠さをシオリは感じた。

 ヨウが家に帰ってくるとすでに夕飯の匂いを漂わせていた。

「あれ? ママさん帰ってきてないけど、マヤちゃん作ったの?」 

「ううん。リクナさん」

「え!? アイツが!?」

「メニューと材料があれば何でも作れるよ。科学者だからね!」

 白衣の代わりにヒヨコとニワトリの親子がプリントされた子ども用のエプロンを付けて、台所から胸を張ってリクナが出てきた。

「夕飯はカレーか……ベタだな……」 

 ボソッとヨウが呟くとリクナは地獄耳よろしく食いついた。

「何がベタだ! カレーはスパイスの配合で味も風味も変わるまさに化学反応を起こす料理なんだぞ!」

「リクナさん、ヨウがたくさん食べられるように大きい鍋で作ったんだよ」

 マヤコの一言でヨウとリクナはケンカをピタリと止め、お互いボソボソ声で「ありがとう」「ごめん」と仲直りしていた。

「明日から元の私に戻ろう……うん。それが個性ってモノだよね」

 自分を勇気づけるように、おまじないのように小さく呟いて街灯で照らされた夜道を歩いていると街灯の下でうごめく黒い『何か』を見た。

 黒い何かはシオリを包みこむと姿を変貌した。

ママが帰宅するとヨウとリクナに近寄り、何かを話した。

 その話声はマヤコには聴こえなかった・

 ヨウは突然走り出し玄関を飛び出した。

 リクナも左腕の小型端末でどこかに連絡を入れていた。

「厄介なことになった。マヤちゃん、今回はマヤちゃんにも手伝ってもらうよ」

 マヤコは意味がわからなかったがシオリに関係していることだとすぐにわかった。

 場所は先月取り壊されて出来たバッティングセンターの跡地だった。

 真っさらになった跡地のど真ん中に大きな黒い塊がうごめいていた。

 ヨウはたどり着くなり、シオリの名前を叫んだ。

「シオリちゃーーーーーーーん!!!」

 うごめく黒い塊がヨウの方を振り向く。

 顔の真ん中には四枚の喜怒哀楽を表現した仮面が張り付いていた。

 黒い塊から六本の足が飛び出し、ヨウを目掛けてもうスピード走り出した。

 ヨウはすぐさま避けるが、それもギリギリのところだった。 

「リクナさん、今回も怪獣なんですか?」

「ああ。質の悪いやつでね」

 マヤコとリクナは自動バイクでヨウの居場所に向かっていた。

「アイツは人を取り込むんだ」 

「取り込む? 食べるんじゃなくて?」

「人の心の隙間に滑り込んでその人間にの心を吸収するんだ」

「そんなのも怪獣なんですか!」

 ヨウが戦っている姿を確認すると二人はすぐさまバイクから降り、バッグに入っている道具の組み立て作業を始めた。

 ヨウはマヤコたちに怪獣を向かわせないようにとにかく走り続けた。

 怪獣に張り付いていた四枚の仮面が一枚になり、それは『喜』の仮面だった。

「こんなときに何喜んでいるんだよ!」

 走りながらも悪態をつく。

(仮面……アレが顔の可能性があれば!)

 ヨウは走るのをやめ、怪獣目掛けて思い切り地面を蹴り上げた。

 巨大な土煙が上がり、マヤコたちにも多少の被害が出た。

「ったく、こっちのことも考えろよ!」

 砂を払い、二人は作業を続けた。

(あれが仮面じゃなくて顔だとしたら多少の猫だましに……)

 土煙の中から怪獣は何事もなかったかのように出てきた。

 今度の仮面は『怒』だった。

 黒かった身体がどす黒い赤に変貌した。

「やばい、怒らせた……」 

 仮面が人形浄瑠璃の人形のように「ガパッ!」と大きく口を開くと中にシオリがいた。

 シオリは木の根っこに絡めとられているかのように眠っている。

「見つけた!」

 ヨウは怪獣の口目掛けて腕を伸ばしたがヨウの腕を嚙みちぎらんばかりの勢いで口を閉じた。

 間一髪のところで腕を引っ込めることが出来たが危うく、腕を失うところだった。

「どうする……」 

 リクナのロボットラジコンがヨウに近づいてきて、小型通信機インカムと何かを渡す。それは剣の付いた銃だった。

「ヨウ! それは凍結銃だ! それで動きを止めることができる!」

「どこを狙えば良い!」

「どこでも良い! 怪獣そいつは一部分でも熱が下がれば氷のように固まるんだ!」

「銃は苦手なんだけど!」

「だから、念のために剣を付けたんでしょうが!」

「わかったよ!」

 ヨウは苦手と言いつつもライフルをしっかりと持ち、駆けだした。

「リクナさん……」 

「今回のは手強いよ」

 マヤコはシオリも心配だったが、ヨウのことも気が気じゃなかった。

「二人共無事に帰って来て……!」

 ヨウは走りながら銃を構え、狙いを定めるが動きが早くて上手くいかない。

「動き止める前に止めなきゃ意味が無いじゃんよ……」

苦戦しているヨウを見て、マヤコはいても立ってもいられない状態だった。

「リクナさん、他に武器は無いんですか?」 

「うぐぐ……」

 リクナは腕を組んで難しい問題を解くかのように唸っている。

「えーい! しょうがない!」

 リクナはバッグからヨウが持ってる銃と同じものを取り出し、ポケットから取り出した薬を飲んだ。

 大人の姿になったリクナを見て、マヤコは驚きのあまり、思考が停止した。

「ええええええええ!!!」

「マヤちゃんの出番はもう少しだから待ってて!」 

 大人の姿になったリクナはヨウの元へ駆けだした。

「アンタが頼りないから仕方なく駈けつけたよ」

「最初からそれで来いよ」

「薬の効果は十分しかもたないんだよ!」

「て、こんなことしてる場合じゃないな」

「ヨウ、アンタは右を私は左側から狙撃する」

「OK」

 ヨウとリクナは同時に走り出した。

「ヨウを標的にしていたから私の方は狙って来ないはず……!」

 しかし、リクナの予想は外れた。

 怪獣の背中だと思われていた場所に仮面が現れた。

 『哀』の仮面だ。

(私を標的にした!? でも、これでヨウが援護してくれれば!)

 リクナは銃を構え、怪獣に打ち込もうとした。

 そのとき、仮面の口がヨウのとき同様、大きく開いた怪獣は中にいるシオリを盾にしたのだ。

怪獣コイツわかっててやってるのか!?」

 知能を持たないはずの怪獣がリクナたちがシオリを助けるために動いていること、シオリを出せば攻撃してこないというのをわかっていてやっているというのは怪獣を倒してきた経験からもデータにも無かったのだ。

 しかし、怪獣は襲って来なかった。

 ヨウが怪獣の足に銃を撃ち込んでいたからだ。

 リクナはその場でへたり込んでしまった。

「リクナ、へたってる場合じゃないよ!」

 口を大きく開けている怪獣の奥にシオリがいる。

「今、救出しないと」

 ここはどこだろう……。

 憧れなんて持つもんじゃないな……。

 憧れを持つと届かなかったとき、酷く傷つくからね……。

 でも、どうしてだろう。

 今でもヨウさんに憧れちゃうのは。

 ヨウさんの生き方……?

 ヨウさんの見た目?

 違う。

 めちゃくちゃだけど人を惹きつける魅力がうらやましいんだ。

 強くて、優しくて、どんなことにも柔軟にこなしている。

 そういう人に私はなりたいんだ。

 笑いたいときに笑って、悲しいときに泣いて、怒りたいときに怒る。

 そんな素直な人に私はなりたい。 

 ヨウは複雑な気持ちでリクナに言った。

「固まってる今がチャンスだと思う」

 リクナもヨウと同じ気持ちだった。

「あんまりやりたくないんだけど、そのために連れてきたからね……」

 リクナはインカムでマヤコに言った。

「マヤちゃん、出番が来たよ」 

 怪獣を目の前にマヤコは足がすくんだ。

 自分の世界に実在した怪獣。

 それと日夜戦っているヨウとリクナ。

 頭の中は恐怖でいっぱいだった。

 シオリを助けたいという気持ちだけがマヤコを支えていた。

「シオリちゃんに声をかけて。心のそこからシオリちゃんに声をかけてあげて」

「……はい!」

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