第3話 挟むべきシオリ(1)


 春日井シオリは幼稚園の頃から『優しいね』と言われ続けた。

 それは小学校に上がってからも変わらず『春日井さんは優しいから』好きと言われた。

 育ちが良いと言うものもあるが、シオリは人一倍嫌われるのが怖かった。

 シオリは優しいと言われておけば面倒くさいことに巻き込まれずに済むと考えていた。

 だから頼まれたら必ず『はい』と答えた。

 それがイヤなことでもだ。

 クラスメイトや先生たちはシオリをパシリにしている自覚は毛頭なかった。

 シオリにお願いする、シオリが返事をする、それがいつもの流れだった。

 これではまるでロボットだなとシオリは自分の中で笑った。

 でも、いまさらこの流れを変えることはできない。

 どこで変えるべきだったのか、シオリはたまに後悔し泣く。

 身体から感情が溢れ出しそうで、その度に過呼吸を起こして保健室に行く頻度が増えた。

 誰か私を変えてほしい。

 シオリは常にそんなことを考えるようになった。

 そんなときだった。マヤコたちの話が耳に入ってきたのは。

 ヨウという変わった人がマヤコの家にやってきたという。

 髪が真っ赤で野良ロボットを素手で倒してどこかふざけている人。

 シオリはなぜかはわからないがその人が自分を変えてくれるんじゃないかと思った。

 そして、シオリはヨウに出逢った。

 真っ赤な髪に細くて高い背に自分の世界に決して交わらなかったであろう人。

 ヨウを見た瞬間、シオリの世界は変わった。

 いや、シオリ自身がすでに変わっていた。

 (こんな人になりたい)

 シオリはユメから受け取ったヨウの写真を写真立てに入れ、いつでも見られるように机の上に置き、夜は枕の横に置いて、寝た。

 シオリは母親に髪を染めたいと頼んだが、「小学生がバカなことを言うんじゃない」と叱られた。

 学校の規定で髪を染められない。

 代わりにヨウに近づけないか姿見を見ながら考えた。

「髪を染めずにヨウさんみたいになるには……」 

 シオリはヨウの様に背も高くなければ極端に細いわけではなかった。

「……どうしたら……なれるの……そうだ……」

 マヤコはヨウに教えてもらった将棋に思いのほかハマってしまい、うっかり夜遅くまでやってしまい寝不足だった。

 大あくびをしたいところだが、そんなヨウみたいなはしたないことはしたくないと思い、噛みつぶした。

 校門に入り、下駄箱に向かうと後ろから声をかけられた。

「マヤちゃん、おはようニャー!」 

 こんな妙なしゃべりをするやつは自分の周りに一人しかいない。

「ヨウ! 学校まで何しに……? シオリ?」

 そこにいたのはヨウではなくシオリだった。

 カチューシャで前髪を思いっきり後ろにし、鞄にはキーホルダーをジャラジャラと付け、タンクトップに自分で破いたと思われるダメージジーンズを穿いた姿だった。

 マヤコはシオリのめちゃくちゃな変貌にどう反応していいのかわからず。

「お、おはよう……」

 とだけ声に出した。

 シオリが鞄をジャラジャラと鳴らしながら教室に向かうのと入れ違いでススムとユメが登校してきた。

「あんな子、学校にいたっけ?」 

「てか、なんだあの失敗したギャルみたいな格好」

「……シオリ」

 二人は「冗談だろ?」という顔で固まったがマヤコの顔の様子から冗談ではないことを受け入れた。

 教室に入るとシオリの周りに空間でき、ひそひそ声とザワザワ声とが混ざっていた。

 (春日井さんどうしちゃったの?)

 (不良?)

 (何の影響受けたらあんなになるんだ?)

 シオリはどちらかと言えば優等生タイプで、このシオリの変わりっぷりは六年二組の事件と言われた。

 人によってはギャルの幽霊に取りつかれたとムチャクチャなことをいう子もいたがとりあえずそういうことにしておこうと暗黙の結束力で決まった。

 しかし、マヤコ、ユメ、ススムの三人だけはシオリがなぜ変わったのか原因に心当たりがあった。

 (ヨウだ) (ヨウさんだ) (間違いなくヨウの姉貴だ)

 担任の先生は一応、校則に違反してないシオリの格好に口出しができなかった。

「マヤちゃん、マヤちゃんマヤちゃんさー」

 放課後になるとシオリはマヤコの肩をがっしりと掴みつるんできた。

「また、マヤちゃん家行って良いかなー?」

「え、いや、良いけど」 

「ヨウちゃんに会いたいのよねー」

(シオリはヨウのマネをしているんだろうけど、こんなではないよな……)

 と、マヤコは思った。

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