第2話カイロ?回路?海路リクナ(1)
ヨウの一日は六時から六時半のランニングから始まる。
シャワーを浴びた後、朝ごはんをマヤコとママと一緒に食べ、マヤコとママを
見送り、食器の片付け、掃除、洗濯などの家事をやる。
スーパーのチラシは常にチェックして目当ての商品には赤丸を付ける。
真っ赤頭でピアスを付けた長身の女がママチャリに乗ってスーパー行く姿で近所の人を怖がらせていたがヨウの人柄のせいか今ではすっかり町の光景としてすっかり馴染んだ。
さらに、ヨウを見かけると「御利益」があるなどの噂の尾ひれが付いた。
「さーて。今日の夕飯は何にしますかねー」
鼻歌混じりに歌いながら食品を冷蔵庫に入れ、どうするかなーどうするかーと呟いた。
ヨウは天気も良いしと言いながらランニングを始めた。
走っていると近所の人が声をかけるようになった、同じくランニングしている人にも挨拶をかわす。
(このまま、平和が続けば良いな)
ヨウがそう思い笑っていると前方にぶかぶかの白衣を着た女の子が仁王立ちでヨウの進路を塞いでいた。
ヨウは子どもの横を通ろうとするも女の子は両手を広げて通せんぼをする。
「この先、通りたいんだけどダメかな?」
「見つけたぞ。薬尾ヨウ!」
仁王立ちしたまま女の子は叫んだ。
「見つけたってアタシってそんなに有名人?」
「ああ。ある意味では有名人だよ!」
ヨウは照れるなーと頭をかき笑っている。
その姿に女の子の怒りは爆発した。
「私を忘れたとは言わさんぞ! 私は……」
「
「覚えているのか!?」
「アタシ、一度会った人のこと忘れないタイプなのだ」
ヨウは今度はガハガハとわざとらしく笑った。
リクナと呼ばれた女の子は拍子抜けしたが、立ち直って、ヨウに人さし指を突き出した。
「ヨウ、お前のせいで私はこんな姿になったんだぞ!」
「そうだっけ?」
「忘れないって言ったじゃないか!」
「会った相手のことを忘れないだけでそれ以外は案外忘れちゃうんだよー。それにしてもリクナってこんなに小さかったっけ?」
「そう! それだよ!」
リクナとヨウは落ち着いて話すために燐全家の居間を借りた。
「おじゃましまーす」
「いらっしゃーい」
居間に通されたリクナは行儀よくソファに座った。
「もっとくつろいで良いのに」
「お前の家じゃないだろ」
「お茶とジュースどっちが良い?」
「お茶」
「アタシがジュース飲みたいからジュースね」
「なんで聞いたんだよ!」
お互い向かい合い落ち着いたところで、リクナは口を開いた。
「私は本当は長身のスレンダー体型でモデルをやるほどの美しい姿だったんだ」
お煎餅をバリバリと音を立てながらヨウを「ほうほう」と頷きながら聞いた。
「そして私は科学者でもある。実験途中の細胞再生薬、まあ、若返りの薬だな」
「うんうん」
「研究所に遊びに来たというお前は誤ってこの薬を飲もうとした」
「おー思い出してきた」
「私は焦ってヨウから薬を取り上げたのだが勢いで飲んでしまった」
「ジュースみたいだったからね」
「以来、私はチビッ子科学者だの、子役だの、チャイルドアイドルとして暮さなければならない日々が続いた」
「割と楽しんでんじゃん」
「違う! 私は大人の科学者として認められたい!」
「本音は?」
「ちやほやされたい!」
リクナはハッとして咳払いで誤魔化した。
「ところでその薬って完成したの?」
「若返りの方は完成したけど大人に戻す薬はまだなんだよ」
「なんかそういう漫画あるよね」
「とにかく、お前に責任を取ってもらいたい!」
「良いけど? どうやって?」
「私をしばらく匿ってくれ」
「と、いうわけでアタシの友達のリクナちゃんがしばらくお世話になるからよろしくお願いします」
「宜しくお願いします」
ヨウとリクナが居間でくつろいで話をまとめ終えたときにマヤコがちょうど帰ってきた。
「何が、というわけよ……」
「科学のことはおまかせください!」
ぶかぶかの白衣の袖を振り回す形でマヤコの前で土下座した。
「いや、頭上げて下さい。責任はアイツにあるわけですから!」
と鋭くヨウを睨んだ。
ヨウはマヤコと視線を合わせないようにそっぽを向いて口笛を吹いて誤魔化した。
「リクナちゃん……いえリクナさんは
「鬼! 悪魔! マヤちゃん!」
「なんで最後に私の名前を出す!」
「リクナはマッドサイエンティストだよ! 悪魔科学者だよ!」
今度はリクナが言い返した。
「何がマッドサイエンティストよ! 私は善良な正義の科学者よ!」
「マッドサイエンティストはみんなそういうんだ!」
マヤコはマッドサイエンティストという単語が気に入って連発している二人を置いて、自分の部屋へ行った。
「ママに何て説明したら良いんだよ……まあママだったら『あらあら賑やかね』で片付けるんだろうな……」
マヤコの予想は的中し、ママはニコニコとリクナの居候を許可した。
いつの間にかヨウとリクナはいつの間にか仲直りしていた。
「リクナちゃんはこの客間を使ってね」
「ありがとうございます」
「ちょっと! 客間あるならヨウもこっちで良いじゃん!」
「リクナちゃんはお客様だから」
マヤコは無理やり納得してリクナに「おやすみなさい」を言って自分の部屋へ行った。
いつものようにヨウは寝っ転がって本を読んでいた。
「リクナさんとは結局友達なの?」
「さあねー」
「さあねって」
「まあ、友達っちゃ友達かな」
「友達なら友達って素直に言えば良いのに」
ヨウとマヤコが話していると部屋のドアがゆっくり開き、リクナが枕を抱えてやってきた。
パジャマはマヤコのお下がりを着ていた。
「リクナさんどうしたんですか?」
「一人じゃ寂しい……」
ヨウとマヤコはリクナの意外な言葉に顔を見合わせた。
とりあえず、ヨウと同じベッドにリクナは寝ることになった。
「なんで私がコイツと一緒に寝なきゃいけないんだ」
「リクナちゃーん、それはあんまりじゃないの? ほら、腕枕してあげるから」
「そんなものいらない」
マヤコはその光景に懐かしさを感じていた。
(お姉ちゃんがいた頃もあんな会話してたな……傍から見たらこんな風に見えてたのかな)
「パジャマぴったりで良かったです」
「あ、うん、マヤコちゃんありがとうね……」
見た目は年下なのにお姉さんなんて不思議な感じだ。
リクナは一見、マヤコより年下の子どもに見えるが時折見せる顔や落ち着きは大人のそれだった。
よく天才子役を褒めるときに「人生二週目」というのがあるがそれに似たものかも知れない。
もう一度子どもになるというのはどういった世界に見えるのだろう。
次の日、リクナはお姉ちゃんのお下がりの服を着ていた。
それはマヤコも袖を通したことあるものだった。
「子ども服ばかり着せちゃってごめんねー」
ママはリクナに申しわけなさそうに謝っているがリクナはむしろ喜んでいた。
「いえいえ、こんな可愛い服を大人になっても着られるなんて思わなかったんで、むしろ嬉しいです」
(やっぱり、子どもの姿とはいえ、リクナさんは大人だな……それに比べて……)
「リクナ良いなーアタシも着たいー」
「ふん! アンタはデカイから無理だもんね!」
ヨウといるときはリクナも見た目通りの子ども感を出してくる。
「というわけで
「今度は自称科学者を名乗る謎の子ども……いったい、マヤコの周りで何が起きているのか!?」
楽しそうにカメラを向けるユメを気にせず、マヤコはため息をついた。
「突然、お姉さんと妹が出来たみたいな感じ?」
ススムが冷静に尋ねる。
「うーん。リクナさん、薬で子どもになってるって言うし、もうわけわかんないよ」
「マヤコさん、なんかそういう人たちを集めるパワーでもあるんじゃないかな?」
「そんなパワーいらないよ……」
前回と同じ、シオリ、ユメ、ススムを連れてマヤコの家に遊びに来た。
今度はヨウではなく、リクナ目当てで。
「ということでリクナさんお忙しいところ申しわけないですが……て居間で何をやっているのですか?」
居間は映画のセットに出てくるようなビーカーやら謎の管やら謎の機械やら謎のコンセントだらけになっていた。
「元に戻る薬の調合」
「居候が何をやっとんじゃー!」
マヤコの堪忍袋の緒が切れた。
「ああーだから止めろって言ったのに」
台所からヨウがコーラを飲みながらやってきた。
「あ、ヨウさん。なんか賑やかですね」
「マヤコの家がうらやましいわ。破天荒姉さんヨウと謎の子どもサイエンティストとの同居なんて」
「マヤコさん家、大変賑やかですね」
「ならアンタらの家に住まわせたろうか?」
三人はマヤコと視線を合わせるのを拒んだ。
「ちょっとみんな静かにして今、実験中なんだから」
「誰のせいでこうなっとると思ってんじゃ!」
マヤコの言葉がどんどん崩壊していき謎の方言が混じってきた。
「ところでヨウさんとリクナさんはどういう関係なんですか?」
「うん? 大人の関係」
「え?」
「え!」
「え!?」
「誤解するようなこと言わないで!」
リクナは顔を真っ赤にして否定した。
「えっと、つまり、ヨウとは仕事仲間ってわけ」
「ヨウ働いてたの?」
「うん。リクナがやってる研究所の実験体」
その言葉に一瞬沈黙が訪れた。
「も、もしかしてヨウさんの髪が赤いのも……」
「異様な強さも……」
「リクナさんの実験のせい?」
「あちゃーバレちゃった?」
とヨウが頭をかいて軽い返事をしているのとは対象的にリクナは肩を震わせ、髪が逆立つ勢いで怒鳴った。
「アンタの髪が赤いのはアンタの趣味でしょうが! アンタのバカ強さを調べるために私は部屋借りて調べてたの! そしたらアンタが薬飲もうとして」
「こんなんなっちゃった」
ヨウがリクナを指さしながらケタケタと笑う。
「お前のせいじゃー!」
リクナは腕をグルグルと回し、ヨウに一撃をくわえようとするもヨウの長い腕で頭を押さえられてクルクルと腕が空回りしてる状態だ。
その様子を見せつけられ、シオリたち三人はこっそりと帰り、ヨウ一人だけが取り残された。
ママが帰ってくると二人は真面目に「ママさんおかえりなさい」と言い、すごいスピードで居間の実験セットを片付けた。
「リクナちゃんもヨウちゃんも面白い子ねぇー」
「はぁーママの、のん気さがうらやましいよ」
ヨウはエプロンを付けると料理に取り掛かった。
実はヨウが家政婦として機能してるのがマヤコには不思議でしょうがなかった。
「ヨウの料理の上手さは悔しいかな認めざる負えない……」
リクナは悪態をつきながらキレイに平らげる。
常にケンカしてるみたいだけどリクナはヨウのことが好きであることは誰が見ても明らかだった。
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