46 美香に会いたい
運がよかったというのもあると思う。
大成功を収めた人は、もちろん実力もあるのだろうが、運とチャンスをつかみ取る才能も必要だった、運も実力のうちとだと考えれば、実力があったという事になるのだろう。
僕は、自分に実力があるとは、到底思えなかった。
むしろ、絵に生かされている。
絵がなければ、ただのポンコツなのだ。
なのに、こんな事になってしまった。
本当に、偉大かどうかはわからないけれど、世界でも指折りの画家に27歳でなってしまった。
2033年、10月7日、金曜日。
僕は27歳の誕生日を迎えた。
ほとんど、やることもなくなっていた。
故郷の瞳ヶ原街に帰って来て、馴染みの店で飯を食ったり、高校の校門付近に来てみたり、夏祭りの時、賑わう、商店街に来た。
「随分、サビれちまったな。少子化の影響か、にしても地方はもう、マズいな。」
僕は、呟いた。
されど、変わらない風景がそこにはあった。
瞳ヶ原高校の校門も変わっていないし、山々も、空気も同じだった。
「懐かしいな。」
僕は、空を見上げ言った。
僕は、北山義景という男の事を思い出した、確か、瞳ヶ原街で、料理屋をやっていると言っていた。
僕は、義景に会いたくて、歩きだした。
「いらっしゃいませ。」
店員の女は言った。
僕は軽く会釈して席に着いた。
グラタンと、パスタ、サラダ、林檎ジュースを注文した。
注文した料理を食べていた。
美味しい。
しばらく、食べていると、奥から、人が出てきた。
「真七瀬か。俺は義景だ、覚えてるか。」
義景は、自分を指さして言った。
「覚えてるよ。会いに来たんだ、久しぶりに、義景の顔みたくなってね。」
僕は言った。
「ははは。変わらないね。お前は。偉大になっても遠い存在になっちまっても、中身は変わらねえのな。」
義景は笑った。
「偉大じゃあないよ、運がよかっただけさ。」
僕は謙遜した。
いい店だな。
店には、有名人のサインやらが、一杯飾ってあった。
結構有名な店らしい。
「僕も、サイン描くよ。」
僕は適当なサインを描いて、渡した。
「ああ、ありがとう。」
義景は言った。
僕は、鞄から、F20号程度の小さい、最近描いた、瞳ヶ原の海の油画を義景にあげた。
「これ、あげるよ、最近、描いたんだ。」
「いいのか。絵の事はよくわからないが、飾っておくよ。」
義景は、受け取った。
「お、真七瀬か。懐かしいね。」
プロボクサーになって、日本のみならず、世界中で、活躍している、石竹武がいた。
「どうして、こんなところに。」
僕はきいた。
「偶然だよ。本当に凄い偶然だ。今日は、ちょっと故郷が恋しくなってね。帰ってきてたんだ。そしたら、真七瀬え、お前も来てたってわけだ。」
武は、僕に、肘をグイグイしてきて言った。
すごい、偶然だな。
確率的には、一生にあるかないかくらいだと思った。
お腹も一杯になり、店を出た。
歩いてカロリーを消費し、消化しつつ、海を眺めた。
久しぶりに家に帰ろうかな。
僕は、家に帰った。
「ただいまあ。」
玄関の扉を開け、中に入る。
「おかえり。」
母は、出迎えてくれた。
妹たち二人も、もう、旅立ってしまって、時々しか家に帰ってこなくなった。
僕は、家に仕送りはしているが、帰ってきてみて気づいたのは、母をずっと一人にしてしまっていたのだな、という事だった。
随分痩せて、老けてしまっているようにみえた。
僕は、なるべく、街に帰ってくるようにしようと思った。
旅をして、テレビに出て、大学を卒業してから、一度も家に帰ってなかった。
「真七瀬、あんた、すごい人だったのね。うちも助かってるわよ。お金の仕送りとか、ありがとうね。」
母は、笑った。
「いいよ。金はいくらでもあるし。」
僕は言った。
「すごいわね。」
母は、返した。
父は、外国に仕事に行っていて滅多に帰って来ない。
僕は、街に小さなアトリエでも作って、少しの間、瞳ヶ原街で、暮らそうかとも思った。
久しぶりに、師匠の神谷さんに会いに行こう。
瞳ヶ原街の街外れにある、小屋は、あるだろうか。
電車で、街外れの山の麓まで行き、小屋のあった場所を目指す。
懐かしい、電車に乗ってよくいっていた、小屋まで歩くのも懐かしい。
「まだ、あった。」
僕は言った。
相変わらず、師匠は、絵を描いていた。
小屋は、以前より、強化されていて、大きく、綺麗になっていた。
「珍しい客だね。久しぶり、真七瀬くん。」
師匠は、筆を止めて言った。
「え、真七瀬ちゃん、来てるの。嘘でしょ、しゅごい。」
小屋の奥から、谷口さんが出てきて、興奮した様子で言った。
「はは、どうも。」
僕は、恥ずかしくなって、頭を掻いて、会釈した。
小屋の中に入ると、壁のところどころに、布や服が掛けてあった。
以前のように、壁一面が布ではなくなっていた。
というより、広くなっていた。
部屋も4つほど増えていた。
リビングも綺麗になって、風呂場も改装されている。
もう、小屋どころか、小さな家になっていた。
リビングで椅子に座ってコーヒーを啜っていた。
「真七瀬くんの活躍をきいて、師匠は鼻が高いよ。よかった真七瀬くんが、大成功して。ま、するとわかってたけれどね。」
師匠は、言った。
「運がよかっただけですよ。ありがとうございます。」
僕は、答えた。
「謙遜しちゃってさ。変わらないね、真七瀬くんは。」
師匠は、微笑ましそうに、僕をみた。
謙遜なんかでは、ない。
本当に、運がよかっただけなんだ。
「ママ。誰か来たの。」
奥の部屋から、小さい女の子が出てきた。
「え。まさか―。」
僕は口を塞いだ。
「そのまさかだよ。」
師匠は言った。
「あたし達、結婚したのよ。子供も出来たの、この子は、奏。いまは、二歳なの。」
谷口さんは、幸せそうに言った。
「おめでとうございます。」
僕は言った。
「ありがとう、僕も天蓋孤独の身になると思っていたのだが、もうかれこれ、京子とは11年以上一緒に住んでいる。結婚しても変わらないなあと思ったんだ。」
師匠は、言った。
「へえ。」
僕は呟いた。
「僕も、もう、42だからねえ。奏ができたのが、39の時だから、運がいいね。男も女も子供を作るのには、35歳までにするのが、いいよ。僕は少し特別だったらしい。」
師匠は、人生の先輩としてアドバイスをくれた。
僕も考えてみればもう、27だ。
はやくしないと、一生、独身で、結婚したとしても子供はできないかも知れなかった。
「ちょっと、こっち来て、今、寝てるけれど、男の子もいるのよ。」
京子さんは、僕を別の部屋に呼んだ。
入ると、ベッドで、グッスリ眠っている、あかちゃんがいた。
「穣ちゃんよ。今で、生後11か月よ。かわいいでしょう。」
京子さんは、穣ぼうやの、頭を撫でた。
もう、叶う事のない恋だとしても、恋する事はやめられない。
僕にとっては、永遠の人なのだろう。
2033年、10月8日、土曜日。
僕は美香に会いたくて、美香を探していた。
決心を決めたのだ。
しかし、瞳ヶ原街のどこを探しても美香はいなかった。
美香は、もう別の街に住んでいるのかも知れなかった。
美香の情報を探すために、僕は、SNSを利用して、知り合いにきいて回った。
僕の末の妹の紗津貴が、知っているという事だった。
「お兄ちゃん。美香さんの事なにもしらないんだね。」
紗津貴は呆れたように言った。
「うん。」
僕は返事した。
紗津貴は、そこそこ有名なシンガーソングライターになった。
次に来るアーティストだと、巷では、有名だ。
「美香さんは、もう結婚してるんだよ。子供もいるって話。金色街って知ってる。あそこに旦那さんの家があるらしくて、もう3年前くらいに嫁いでるって話よ。」
紗津貴は残酷に言い放った。
紗津貴は知らないのだ、
僕の、片思いを。
「ああ、そう。ありがとう、じゃあ。」
僕は、思わず、通話は切った。
そんな―。
でも、そうか、もう、美香も26だ。
仕方ないか。
あと、三年早かったら、間に合っていたのだろうか。
わからない、でも、美香に会いたい。
美香は、金色街のどこに住んでいるのだろう、も一度、紗津貴に連絡して、きいてみよう。
プルルルル、プルルルルル。
「もしもし、紗津貴。」
僕は、電話を掛けた。
「何、またなんか用。」
紗津貴は、電話にでた。
「美香って金色街のどこあたりに住んでるかわかるか。」
僕は、きいた。
「知らないわよ。」
紗津貴は答えた。
「そうか。ま、いいんだ、ありがとうな。」
僕は、礼を言った。
「うん。いいよ。じゃね。」
紗津貴は、電話を切った。
紗津貴も知らないのか。
花織に、お願いするか。
シュミレーションによって、情報複合体として、存在する、花織だったら、美香の場所も一瞬でわかってしまうだろう。
もしかすると、花織は、すべてを知っているかも知れなかった。
僕の事は全部、花織はみているのかも知れなかった。
「困っているようね。」
スマホから、音がきこえた。
花織の声だ。
「全部、きいてたわよ。まったく、呆れた男ね。」
画面の中の花織はいった。
「ごめん。」
僕は、謝った。
「昔、みたいに蹴りつけてやりたいわ。」
花織は言った。
ありがたい、と思ったが、断った。
「やめてくれ、そういうのはもう、卒業したんだ。」
「強がっちゃって、本当はしてほしい癖に。」
ジト目で、花織は僕をみた。
「ま、いいわ。美香ちゃんの場所教えてあげるわよ。地図に印付けといたから、印の場所が今の美香ちゃんの家よ。」
花織は、地図を指さして言った。
「ありがとう。」
僕は、花織に、感謝した。
本当に、花織には、助けてもらってばっかりだ。
「いいわよ。好きでやってるだけだし。」
花織は、言った。
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