大学生活

43 大学入学から、一年生の9月まで。

 引っ越しは、したことがなかった。 

 

 


 ずっと、育ってきた場所から離れるという事。

  

 

 

 寂しさや不安もあるけれど、新しい生活に胸を弾ませていた。


 

 

 思いは、すれ違ってしまっているまま。

 

 


 2024年、3月15日、金曜日。

  

 


 朝の10時から、国立美大の最終合格発表がある。

 

 

 

 インターネットで、公式サイトを調べると、僕の受験番号が、あった。

 

 

 

 「合格した―。のか。」

 僕は、一人、部屋で呟いた。

 

 

 

 母に、合格した事を伝えた。

 「合格したよ。」

 

 

 

 「よかったじゃなあああいい。」

 母は、僕の事を抱きしめた。

 

 

 

 「にぃに、おめでとう。」 

 末の妹の紗津貴は、僕を祝った。

 


  

 「さすがは、お兄ちゃん、おめでとう。」

 恵真理は、手を叩いた。

 

 

 

 合格した事を、担任教師に伝えようと、学校に行った。

 

 

 

 学校に行くのは、卒業式、以来か。

 

 

 

 職員室に入り、海鳥先生のところに行く。

 

 

  

 「お、どうした真七瀬え。」

 海鳥先生は僕をみつけると、言った。


 

 

 「合格しました。」

 僕は、言った。 


 

 

 「おお。よかったなあ。真七瀬ええ。先生も嬉しいよ。」

 海鳥先生は、目に涙を浮かべ、僕の背中を叩いた。

 

 

 

 「ははは。」

 僕は笑った。

 

 

 

 「ま、大学に行っても大変だろうし、人生はまだまだ続くが、何かあったら、先生にも相談してくれよ。もう、真七瀬の担任ではなくなったが、元担任なんだ。」

 海鳥さんは、言った。

 

 

 

 本当に、お人よしな人だなあ、と思った。

 

 


 神谷さんのいる、町はずれの小屋に行って、合格した事を伝えた。

 

 

 

 「師匠、合格しました。」

 僕は言った。

 

 

 

 「だろうね。街を離れるんだろ、寂しくなるね。」

 師匠は、返した、

 

 

 

 「はい。」

 僕は、答えた。

 

 

 

家から合格した国立美大までは600キロほどの距離がある。

 

 

 

 通うのは、無理だ。

 

 

 

 別の家を賃貸して、住む必要があった。

 

 

 

 街を離れるのである。

 

 


 「真七瀬くん、合格したんだね、よかった。」

 谷口さんが、小屋から出てきて言った。

 

 

 

 会話が、きこえていたらしい。

 

 

 

 「はい。よかったです。」

 僕は返した。

 

 

 

 2024年、3月16日、土曜日。

 

 

 

 国立美大の周辺にある、建物で、賃貸の家で、よさそうな物件を母と、探していた。

 

 

 

 家賃7万程のよさげな1LDKの物件をみつけた。


 

 

 学生が多く住んでいる物件らしい。 

 

 

 

 日当たりもよく、家主も、美術、音楽に、理解のある人らしかった。

 

 

 

 三階建ての、16部屋ある建物の一部屋を賃貸する事にした。

 

 

  

 2024年、3月18日、月曜日。

 

 

  

 引っ越しの準備をした。

 

 

 

 引っ越し会社に、明日、引っ越しに必要な、ベッドだとか、服だとか、椅子だとか、机を、運んでもらうように、注文した。

 

 

 

 料金は、6万くらいだった。

 

 

 

 引っ越しセンターの人達が来て、道具を出して、トラックに詰めた。




 殺風景になった、自分の部屋をみて、少し寂しくなった。

 

 

 

 本当に、僕は引っ越すんだな。

 

 

 

 生まれてからずっと、18年間、過ごしてきて家から離れる事で、感傷に浸っていた。

 

 第41話

 大学生というのに、多少は憧れていた。

 

 

 

 大学は、素晴らしいもので、新しい事が学べて、成長できる場所だと思っていた。

 

 

 

 新しい生活の中でも、幼い頃から、の情熱だけは、決して変わる事はなかった。

  

 

 

 2024年、4月3日、水曜日。

 

  


 国立美大の入学式だ。

 


  

 入学式は、雰囲気にやられて眩暈がした。

 

 

 

 ピアノの演奏やら、バイオリンやら、音楽で歓迎され、映像を見せられ、学長と、理事長が挨拶し、祝辞を述べた。

 

 

 

 まあ、しかし、変人が多くて驚いた。

 


 

 どうやら、芸術大学とは、そういうところらしい、一瞬来るところを間違えたのだろうかと、思った。

 

 

 

 ま、僕は、意外にも、常識人で、世の中、変人で溢れているのだと、実感した。

 

 

 

 いくら絵が上手くても、音楽の演奏が、上手でも、頭のおかしいやつは、頭がおかしいのだ。

 

 

 

 僕は絵を衝動で描くことは出来なかった、僕は、願い、祈って描いた。

 

 

 

 祈りだった。

 

 

 

 好きだから、描いているだけだ。

 

 

 

 教授たちは、僕の絵を褒める事はなかった。

 

 

 

 教授たちは、ただひたすらに、描けと言った。

 

 

 

 僕は、描いた。

 

 

 

 認められる事のない絵を描き続けた。

 

 

 

 次第に、鬱病っぽく成ってきた。

 

 

 

 友達は、出来なかった。

 

 

 

 結局、僕は、絵の才能も、音楽の才能もなかった。

 

 

 

 ただ描く事だけを続けた。 




 二か月ほどが経過して、6月の中頃で、漸く、話す人が、何人かできた。




 和歌城 陽

 

 茶髪の、180Cm越えの高身長で、ピアスをしているアップバンクの青髪の男だ。

 

 テニスが好きで、趣味で、クラブに所属しているらしい。

 

 頭もそこそこ、いいようだ。

 

 

 

 「真七瀬っちの、絵は、目立たないけれど、何かあるよね。わからないけど、本物な感じがする。」

 和歌城さんは、僕の絵を理解しようとしてくれた。

 

 

 

 芸大じゃ、誰も僕の絵を評価してくれなかったが、一部の友達は、僕の絵を愛した。

 

 

 

 「ありがとう。」

 僕は、礼を言った。




 「あたしも、真七瀬ちゃんの、絵好きよ。大人しくて綺麗。」

川中 才は言った。

 



 川中 才


 肩甲骨あたりまで伸びた、ピンク髪した、女装男子だ。

 

 心は、乙女ならしい。


 美人で、男からも女からもモテている。

 

 

 目立つ事のない僕は、人と打ち解けるのに時間が掛かった。




 「ありがとう、川中さん。」

 僕は返した。




 「やっぱ、真七瀬くん、上手いよ。私は、一人だけ、上手すぎて抜けてると思うけれどな。」

 糸川 加奈は言った。

 

 


 糸川加奈

 

 銀髪ポニーテールの女で、身長は160CM程度。

 

 穏やかな人で、将来は、絵の仕事に就きたいらしい。

 

 

 

「糸川さんくらいだよ。僕の絵を、上手すぎる、だなんて評価してくれるの。」

 僕は返した。




同じ油画専攻の人で、絵を描いてる時、ちょっと話したりする程度の友達と呼べるかはわからない知り合いである。



 

 大学というのは、美大に限らず、前期と後期で、学科試験がある




 夏休み前は、テスト期間で、勉強も大変だった。

  

 

 

 夏休みは、ずっと、家で、ゴロゴロ、テレビをみたり、ゲームをしたり、した。

 

 

 

 課題の絵だけ、描いて、絵は殆ど描かなくなった。 

 

 

 

 絵を本気で、描く人ばっかに囲まれていると、息が苦しくて、別の世界に逃げ出したかった。

 

 

 

 友達と、遊んだり、できれば、いいだろうが、遊べる友達もいなかった。


 

 

 夏休みは、長い、7月28日から、9月30日まである。

 

 

 

 ついに、やることもなくなった僕は、絵を描きだした。

 

 

 

 久しぶりに描くと、楽しかった。 

 

 

 

 僕は、インターネットに絵をちょこちょこ上げるようになった。

 

 

 

 NFTとかいう、デジタルの画像に価値を付けて、取引するのをはじめた。 


 

 

 すると夏休み中に、二日ほどで描いた絵が、800万ほどで売れた。 

 

 

 

 正直、頭のおかしい、システムだと思った。

 

 

 

 あの絵に果たして、800万の価値があるのだろうか。

 

 

 

 さらに転売されて、転売料が、10パーセント永続的に、手元に入った。

 

 

 

 気づけば、1億円分程度の仮想通貨が手に入っていた。

 

 

 

 コワくなって、僕は、撤退した。

 

 

 

 大学じゃ、まったく相手にされなかったのに、ネットじゃ、多少の評価を得られたし、NFTに至ってはバブルみたいな感じになった。




 税金とか、のあれこれが面倒で、わからなかったし、コワかったので、税理士にお願いして、どうにかしてもらった。

 

 

 

 もっと、絵が上手くなりたい、ちゃんとした絵を、美術館に飾りたい、キュレーターに認められて出展させてほしいと思った。

 

 


 夏休みの間に、SNSのフォロワーが10万人を超えてしまった。

 

 

 

 ま、吉川さんには、到底かなわないけれど、すごい事だと思う。

 

 

 

 8月13日から16日の盆は、家に帰った。

 

 

 

 2024年、9月6日、金曜日。

 

 

 

 文化祭だった。

  

 

 

 文化祭は、夏休み中にやるのである。

 

 

 

 ほとんど参加する事はなかった、傍観者として、みていた。

 

 

 

 絵を出展していたので、参加していると言えばしているのだが、ほとんど、部外者のようなものだった。

 

 

 

 普通はサークルとか、学科とかで、出し物をするのであろうが、僕は、参加しなかったのだ。

 

 

 

 本当に、お祭り騒ぎであった。




凝ったものを作るものだ、工芸科の、鍛金とか、彫金とか、ガラス工芸とか、染色とか、の作品をみて、すげえなあ、と思った。

 

 

 


 レベルの高い、演奏とか、路上ライブ。

 

 

 

 着ぐるみを来た人達、コスプレをした人たち。

 

 

 

 愉快な祭りではあると思った。

 

 


 大学祭は、三日間ある。

 

 

 

 9月6日から、9日まであった。

 

 

 

 大学祭が終わると、日常に戻った。

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