35 桃花は言った、不死身の君を殺す、薬を、いつか、あなたに口移しで飲ませてあげるわ。

 特別な存在、特異な能力者。

 

 宇宙人。

 

 世界は、不思議と未知で溢れているのかも知れない。

 

 

 

 2023年、9月5日、金曜日。

 

 

 

 花織が、僕の家から帰った後、支度をして、学校へ向かった。

 

 

 

 僕が、別れを告げなくてはならない、人は、もう、雨ノ降桃花、と谷口京子だけになっていた。

 


 

 だんだんと、大事なものを失っていく。

 

 


 寂しいような、悲しいような感覚で、胸が苦しく痛かった。

 

 

 

 昇降口の玄関の靴箱で上履きに着替えて、中に入る。


 


 教室に入る。

 


 

 言い忘れていたが、3年生になっても、僕は2組のままだった。

 

 

 

 二組の中では、成績は上位で、一組昇進の話もあったらしいが、美大志望ということもあって、二組のまま、だったらしい。

 


 

 雨ノ降桃花も二組のままだ。

 

 

 

 星川さんと、吉川さんは三組に昇進していた。

 

 

 

 もちろん、桧と花織は一組だ。

 

 

 

 教室には、もう、すでに、雨ノ降さんが、来ていた。

 


 

 僕は、チラっと視線を送った。

 

 

 

 今日は、雨ノ降さんに、大事な、別れの話をする必要があった。

 


 

 「雨ノ降さん、ちょっと話がある。」

 僕は、雨ノ降さんの席に行って、言った。

 

 

 

 「どうしたの。」 

 雨ノ降さんは困惑した様子だ。

 

 

 

 雨ノ降さんを廊下に連れて行った。

 

 

 

 「今日の放課後、校舎裏に来てくれ、大事な話があるんだ。」

 僕は言った。

 

 

 

 「へえ。校舎裏ね―、わかったわ。」

 雨ノ降さんは、返事した。

 

 

 

 だいたい、雨ノ降さんと、話すときは、校舎裏で、落ち合う。

  

 


 はじめて、雨ノ降さんに呼び出され、話し、告白されたときから、校舎裏は、二人の密会場所になっていた。

 

 


 授業が終わり、放課後になると、僕は、校舎裏へ向かった。

 


  

 校舎裏にはもう、すでに、雨ノ降さんがいた。

 

 

 

 「あ、真七瀬くんだ、おーい。」

 雨ノ降さんは、僕をみつけると、手を振った。

 

 

 

 「来てくれたんだね。ありがとう。」

 僕は、校舎裏に到着すると、言った。

 

 

 

 「当然だよ。話があるんでしょ。」

 雨ノ降さんは、話を切り出した。

 

 


 「うん。大事な話がある。」

 僕は、答えた。

 

 

 

 「きかせてよ。」

 雨ノ降さんは、言った。

 

 


 「思人どうしを、もうやめよう。」

 僕は、別れを切り出した。

 


 

 「なんだ、そんなことか。」

 雨ノ降さんは、落胆した様子で僕をみた。

 

 

 

 「そんなことって。」

 僕はききかえした。

 

 

 

 「あーあっ。残念だったな。君には期待していたのに―。」

 雨ノ降さんは、意味ありげに、声を漏らした。

 


 

 「期待って、どういう。」

 僕は、きいた。

 

 


 「君、気づいていていないの。君が、他とは違う、異常で、特別な存在だってことに。」

 雨ノ降さんは、呆れた様子で僕をみた。

 

 

 

 僕が、異常で特別とは、一体どういうことなのだろうか、雨ノ降さんは知っているのであろうか。

  

 

 

 「僕のどこが、異常で特別なんだ。」

 僕は、首を傾げて、言った。

 


 

 「君は、数千年に一度しか生まれない、特殊体質なんだよ。この前、私の父さんに、ビームを撃たれても君は死ぬどころか、無傷だった。どういうわけかわかるかい。」

 雨ノ降さんは、僕の背中を指でなぞりつつ、耳元で囁いた。

 

 


 確かに、あのビームはすごい威力だった。

 

 

 

 並みの人だったら、死んでいたに違いない、死んで骨さえ残らず、灰になっていたはずだ、なのに、どうして僕は、平気なんだ。

 

 

 

 

 よく、考えてみると、おかしいじゃないか。

 

 

 

 「漸く、自分のおかしな矛盾に気が付いたようね。」

 雨ノ降さんは、ニヤりと、笑って、僕の肩に右ひじを乗せていった。

 

 

 

 「ああ。確かに、おかしい。僕は、僕自身の事がわからなくなった。」

 僕は、ポツリとつぶやいた。

 

 

 

 「君は、生物の中でも時より、稀に見られる、不死身だったのよ。死ねないのね。多少のダメージはすべて回復してしまうし、傷さえつかない。」

 雨ノ降さんは、とんでもない事をさらりといった。

 

 

 

 僕が、不死身だと。

 

 

 

 そんな、バカな話があるだろうか。




 「信じてないのかしら。宇宙人がいれば、不死身がいたっておかしくはないでしょう。宇宙を旅していると、時々、あなたのような、不死身に会うことがあるのよ、父さんは知らないみたいだったけれどね。」

 


 

 おかしい。

 

 

 

 僕が、不死身だなんて、死ぬことができないだなんて、おかしい。

 

 

 

 「僕が不死身だと、どうして君は期待するんだ。」

 僕はきいた。

 

 

 

 「私は宇宙を探検したいのよ。用心棒になってもらおうと思っていたの。一緒に宇宙を旅して、つがい、に成りたかったの。」

 雨ノ降さんは、沈んだ声で言った。

 

 

 

 宇宙を旅するのも楽しそうだと思った。

 

 

 

 「宇宙空間でも、不死身のあなたは、死ぬことはないわ。いわば、ほぼ無敵なのよ。」

 雨ノ降さんは、羨ましそうに僕の身体をみて、ベロりと、顔をなめた。

 

 


 「僕が好きなのは、僕の身体目当て、だったのか。」

 僕は、言った。

 

 

 

 「いいえ。違うわよ。私は、あなたに恋しているわ。地球の事も好きだし、普通に地球で、過ごして死んでいきたい。」 

 雨ノ降さんは答えた。

 

 

 

 「ごめん。僕は、どうしても、好きで恋し恋焦がれている人がいるんだ。だから、君と結ばれることはできない。」

 僕は、告げた。

 

 

 

 「わかってるわよ。ひぐっ。」

 雨ノ降さんは、泣いた。

 

 

 

 「ごめん。」

 僕は、謝った。

 

 

 

 「でも、あたなは、死ねないのよ。100年後には、あなたの愛した人も、みんな死んでいなくなる。テロポン星人の寿命は500年だから、私が500年生きられるといっても、500年あとには、もう誰も君を知る人はいなくなる。」

 雨ノ降さんは、残酷に僕のたどる、運命を告げた。

 

 

 

 「じゃあ、どうすればいいんだ。」 

 僕は言った。

 

 

 

 「死にたくなったら、言ってちょうだい。殺してあげるわ。」

 雨ノ降さんは、舌をなぶって言った。

 

 

 

 不死身の僕を、どうやって殺すのだろう。

 

 

 

 「僕を殺せるのか。」

 僕は、きいた。

 

 

 

 「ああ、殺せるさ。あたしは、宇宙中を探検するうちに、薬を開発したのさ。不死身を殺さしめる薬をねえ。」

 雨ノ降さんは、言った。

 

 


 そういえば、雨ノ降さんは、薬学部にいきたいのだと言っていた。

 

 

 

 もともと、薬には詳しい人なのかも知れなかった。

 

 

 

 「へえ。君が僕を殺してくれるんだ。うれしいな。」

 僕は、ニヤりと笑って言った。

 

 


 「ええ。殺してあげるわ。君に口移しで、薬を投与してあげるわよ。」

 雨ノ降さんは、僕の耳元で、囁いて、ニヤり、と不敵に笑った。

 

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