33 花織が、家に来た。
子供のころの、懐かしい記憶は、何時までたっても消えないものだ。
一緒に過ごしたときが、長ければ長いほどに、愛情は深く、拭えないものになってしまう。
思い返す度に、色がついていく。
再開した暁には、更に、胸が締め付けられる。
2023年、9月4日、木曜日、午前7時。
今日も、また、学校に行く気が重い。
別れを告げなくてはならないからだ。
一人一人、大事な人を傷つけていくのは、心が痛い。
気持ちよさはない。
朝御飯を食い終わり、支度を整え、家を出た。
自転車で、走っていく。
学校へ入り、廊下を歩く。
今日は、竹山花織に、話さなくてはならない事がある。
花織を探して、廊下をうろちょろしていた。
「よっ。真七瀬え。」
廊下を歩いていると、竹川花織が、後ろから声をかけて来た。
「わっ。びっくりしたあ。」
僕は、振り向いていった。
「へへへえ。」
花織は、僕のほっぺたを、指先でつついた。
ちょうどよかった。
花織に話があったんだ。
「おはよう。真七瀬。」
花織はニコりと、笑って僕をみた。
「おはよう。花織。」
僕は挨拶を返した。
「今日の放課後、話がある。」
僕は、話を切り出した。
「急にどうしたの。今じゃ、ダメ。」
花織は、不思議そうに僕をみてききかえした。
「大事な話なんだ、ちゃんと時間をとりたい。」
僕は、答えた。
「へえ。深刻そうな顔をするのね。なんだか、イヤな予感がするわ。」
花織は、訝しむ目で僕をみて言った。
「ごめんね。深刻な顔で。少し疲れているのかも。」
僕は言った。
「あら。そう。で、どこに集まればいいの。」
花織は、きいた。
「空き教室に集まろう。」
僕は提案した。
花織と高校で再会して、閉じ込められて、せまられた、思い出の場所だ。
「いいわね、二人きりで、空き教室は好きなシチュエーションよ。」
星川さんは、ニヤり、と笑って、惚けた。
授業が終わり、放課後になった。
吉川さんには、今日も部活を休むと言ってある。
今週は部活を休んでばかりで、申し訳ない気持ちを覚えたが、僕にとっては、今、花織と話をする事の方がずっと、大切な事だ。
一階の空き教室を目指して、速足で、歩く。
ガチャ、ガラガラガラ。
空き教室の引き戸を開けて中に入る。
「やあ。」
中にはもう既に、花織が、いた。
「どうも、来てくれたんだね。よかった。」
僕は、言った。
「で、話って、何なの。」
花織さんは、僕が、話すのを促した。
「もう、僕と情人どうしになるのをやめよう。」
僕は、残酷にして冷酷、な別れを告げた。
「は。何、言ってんのあんた。」
花織は、ポカンとした様子で僕をみて、怒りと不安を露わにした。
「もう、やめにしよう。」
僕は、はっきりと、繰り返した。
「なんでよ。もしかして、あの、美香とかいう女のせい。」
花織は、不快感を出し、きいた。
「美香が好きなんだ。もう、他の女とは、いられない。」
僕は、言った、言い放った、悲しい音がきこえる。
「死ね。」
花織はボソッと言った。
「ごめん。」
僕は、謝った。
「おまえの事が憎いくらいに好きだ。」
花織は僕の首を絞めた。
「美香って女が、好きだと高校一年の春ごろにきいてから、リサーチしたが、あんな女のどこがいいんだ。なあ。」
花織は僕の耳元に囁いた。
「わからない。好きなんだ、波長が合うんだ。」
僕は、喉元を押さえつけられ、むせぶように言った。
「―、なんでよおぉ、何で私じゃダメなのよお、うわああああん。」
花織は泣き崩れ、地面に座りこんだ。
僕が美香の事が好きだと知っているのは、花織だけだ。
他の女の子にも、友達にも、僕には好きな人がいるとは言っているけれど、美香だとは言っていない。
2021年、4月28日、僕が高校一年生のころに、花織と再開して、美香の事が好きだと、話したのだ。
小学校の頃から、美香に心を奪われていたが、花織の事も同じくらい好きだった。
花織は、僕の幼なじみで、よく遊んでいた、家に来る事もしょっちゅう合った。
「ごめん。」
僕は、花織の頭を、撫でようとした。
「気易く触らないでよ。」
花織は僕の手を払った。
「小学校の頃は好きだった。」
僕は言った。
「どうして、こんな事になっちゃったんだろう。」
花織は天井の虚空を見上げて呟いた。
花織が、小学校6年生の頃に交通事故で一度死んでいる事を僕は知っている。
コンピュータによる、シュミレーションによって、今の花織は存在し、生きているのだ。
中学から、花織は僕を避け始めた、あれが、恋心からだと知ったのは、高校に入ってからだった。
すれ違ったのだ。
お互いの気持ちがすれ違ってしまったのだ。
小学の頃だったら、付き合っていたかもしれなかった。
「ねえ、今日、久しぶりに、あんたの家、泊まりたい―、それで、最後にするよ、終わりにする。」
花織は、消え入りそうな声で、力を振り絞って言った。
静寂の時が流れた。
「わかった。」
僕は、しぶしぶ了承した。
家に年頃の女の子を連れていくって、よく考えたらヤバくないか。
僕は、後悔した。
「エヘヘ。」
花織は、嬉しいのか悲しいのかよくわからないよわよわしい笑みを浮かべた。
もう、断るにも断り切れない、覚悟を決めた。
「ただいまー。」
僕は玄関の扉を開け、中に入った。
「にぃに、おかえりぃ。」
末の妹の紗津貴が、僕の声と玄関の扉の開く音をきいて、出迎えに来た。
「おかえり、真七瀬。」
母も、あとから一緒に来た。
「あ、花織おねえちゃん。」
紗津貴は、びっくりした様子で、花織をみて言った。
「久しぶりね。紗津貴ちゃん。」
花織はニッコりと笑って、紗津貴の頭を撫でた。
妹たちとも、花織はよく昔は遊んでいた。
母は僕と花織を交互にみつめるといった。
「二人は、同じ高校になったんだったわね。」
「はい。久しぶりです、花織です。」
花織は、二っと笑ってお辞儀をした。
「今日は、花織、お泊りさせるよ。」
僕は言った。
「泊まりねえ。付き合ってんの、あなたたち。」
母は訝しそうにきいた。
「付き合ってはないよ。」
僕は答えた。
「ま、いいわ。花織ちゃんの分の夕飯も支度しておくわね。」
母は、台所の奥へ入っていった。
「変わってないね。君の家族も家の中も。」
花織は、家の中を見渡して言った。
リビングの奥から、上の妹の恵真理が出てきて言った。
「花織さん、こんばんは。」
「こんばんは。恵真理ちゃん。」
花織は、挨拶を返した。
部屋に入ると、花織は、いきなり、僕のベッドにダイブした。
ドッスーン。
「真七瀬の部屋だあ。久しぶりいい。」
花織は、僕の枕に顔を押し付けて、匂いを嗅いだ。
「この家に住みたいな。」
花織は、声を漏らした。
「ゲームでもする。」
僕は、テレビをつけ、ゲームをセットしつつ言った。
「うん。」
花織は答えた。
小さいころはよく、花織とゲームで遊んだものだ。
「やっぱ強いね。」
僕は言った。
花織には、昔から、どんなゲームであれ、勝てたことは一度もなかった。
「まあね。私の頭は少し特殊だから、人間相手にゲームでは絶対負けないよ。」
花織は、誇らしげに言った。
「ごはんよお。」
母の呼ぶ声が、きこえた。
時刻は、夕方の6時を過ぎていた。
リビングに出て席に着く。
今日のご飯は、いつもより、豪勢だった。
美味しそうな牛肉のステーキと、キノコのクリームスープ、レタス、トマト、玉ねぎ、水菜、ブロッコリーの芽のサラダで、亜麻仁油のドレッシングがかかっている。
デザートは苺のテリーヌだ。
「やっぱり、真七瀬のお母さんのご飯は、美味しいです。」
花織は、ステークをナイフで切ると、ナイフを机に置いて、言った。
「あら、そう、うれしいわね。」
母は、照れていた。
「もう、高校三年生で、来年は受験なのね。最近は、真七瀬も絵を描いたり、勉強ばっかりで、部屋からも、中々出てこないし、予備校だとか、絵の師匠のところだとかに行って、心配なのよ。はあ。」
母は、ため息をついて、話した。
「ははは。そりゃあ、大変ですね。真七瀬はああみえて、すごいストイックなやつですから。」
花織は、僕を傍目にチラっとみていった。
「真七瀬の事がよくわかってるわね。あの子は、やりはじめると、止まらない子だから、心配なのよ。真七瀬の事、これからもよろしくね。仲良くしてあげて。」
母は、花織をみて、言った。
「はい。もちろんです。」
花織は、惜しげもない笑顔で答えた。
「花織さん、美人さんで、頭がいいって高校で有名で、あたしちょっと憧れてます。」
上の妹の恵真理恥ずかしそうに、俯き加減に言った。
恵真理は、今年で、高校生になり、僕や花織と同じ、瞳ヶ原高校に入学した。
「まあね、恵真理ちゃんは高校楽しい、確か、手芸部に入ったんだってねえ。。」
花織は、きいた。
「ははは。私には物足りない部活ですけれどね。服も作れちゃいますし、ドレーピングもできますから。模型作っているときの方が楽しいですし。」
恵真理は答えた。
「相変わらず、手先器用なんだねえ。頭もいいんでしょ。」
花織は、言った。
「一応、1組ですけれど、花織さんにはかないませんよ。1組の真ん中くらいです。」
恵真理は、照れ隠しに頭を掻いて、言った。
「殊勝だねえ。」
花織は呟いた。
「紗津貴ちゃんは中学校、どう、楽しい。雨傘中に入ったんだってねえ。」
花織はきいた。
雨傘中学校は、僕と花織、恵真理も通っていた中学校だ。
「そこそこ、楽しいよ。」
紗津貴は答えた。
話していると、時間も経って、夜の8時を回っていた。
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